
生涯
1701 年ごろ、イングランドの非国教徒の家に生まれた。一族はシェフィールドの刃物業で財をなし、父ジョシュアは長老派の牧師だった。1719 年からエディンバラ大学で論理学と神学を学んだ。ロンドンに戻ると父の礼拝堂を手伝い、1730 年代の前半に、保養地タンブリッジ・ウェルズの長老派の礼拝堂の牧師になった。1752 年に職を退いたのちも、その町に住み続けた。
生きているうちに名前を出して書いた数学の本は無い。1736 年には、バークリー主教の批判からニュートンの流率法を守る小冊子を、名前を伏せて出した。1742 年、王立協会の会員に選ばれた。本人の手紙やノートは、わずかしか残っていない。
1761 年 4 月 7 日、タンブリッジ・ウェルズで没し、ロンドンのバンヒル・フィールズに葬られた。没日を 4 月 17 日とする資料もあるが、墓の碑文と当時の新聞や雑誌の死亡記事は 7 日である。友人のリチャード・プライスが遺稿から確率の論文を見つけ、1763 年に王立協会の紀要に載せた。広く出回っている肖像は、1936 年の保険の歴史の本に出所を示さずに載ったものである。服装も時代に合わず、本人のものかどうかは疑わしい。
関わった公式1
出典
- D. R. Bellhouse, The Reverend Thomas Bayes, FRS: A Biography to Celebrate the Tercentenary of His Birth, Statistical Science 19 (2004), 3-43
- MacTutor History of Mathematics: Thomas Bayes(没日を 4 月 17 日とする)
- University of York, History of Statistics: The Reverend Thomas Bayes, F.R.S. 1701?-1761(肖像の真偽と、没日が 4 月 7 日であることについて)