生涯
780 年ごろに生まれ、850 年ごろに没したとされる。名前は、アラル海の南のホラズムの地とのつながりを示すとも言われるが、生まれた場所ははっきりしない。生涯について確かなことは少ない。
813 年にカリフとなったマアムーンは、バグダードに「知恵の館」を開き、ギリシアの学術書をアラビア語に訳させた。フワーリズミーは、バヌー・ムーサーの兄弟たちと共に、ここで働いた学者の 1 人である。代数・幾何・天文について書き、代数の書と天文表の書をマアムーンに献じた。
代数の書『ジャブルとムカーバラの計算の要約の書』は序文で、遺産の分割、売買、土地の測量、運河の掘削など、人々が日々必要とする計算のために書いたと述べる。方程式を 6 つの型に分け、記号を使わず、言葉だけで解き方を示した。インドの位取りの数字による計算を説いた本は、アラビア語の原本が失われ、手の加わったラテン語の版で伝わる。ほかに、プトレマイオスの『地理学』をもとに 2402 の地点の緯度と経度を並べた地理の書や、アストロラーベについての書もある。生前の肖像は伝わっていない。
関わった公式1
出典
- MacTutor History of Mathematics: Abu Ja'far Muhammad ibn Musa Al-Khwarizmi
- Frederic Rosen (ed. and trans.), The Algebra of Mohammed ben Musa (London, 1831)
