
生涯
735 年ごろ、イングランドの名家に生まれた。ヨークの大聖堂付属学校で学び、そのまま教師として残って、778 年に学校の長になった。ヨークで集めた書物は、ヨーロッパでも指折りの蔵書だったという。
781 年、フランク王国の王カール(のちのカール大帝)の招きを受け、アーヘンの宮廷学校の長になった。782 年から 790 年と、793 年から 796 年の 2 度にわたってアーヘンに住み、王の友として、その 2 人の息子の教育も受け持った。算術・幾何・天文の初歩の教科書を、問いと答えの形で書いた。796 年に宮廷を離れてトゥールのサン・マルタン修道院の院長になり、804 年 5 月 19 日にトゥールで没した。
問題集『若者を鍛えるための問題』は、アルクインがまとめたものと考えるのが、歴史家のほぼ一致した見方である。800 年にカールへ送った手紙に、楽しみのために算術の巧みな問題を添える、と書いていることが手がかりになっている。写本によって 53 問のものと 56 問のものがあり、100 段のはしごにとまる鳩を数える問題もその 1 つである。生前の肖像は伝わっていない。