ヘンリー・ブリッグスの肖像(画像生成 AI で描いたイメージ)
画像生成 AI で描いたイメージ(顔は伝わっていないため想像で描いた)

ヘンリー・ブリッグス

Henry Briggs

10 を底とする常用対数の表を作った

生没年
1561–1630
地域
ロンドン、オックスフォード(イングランド)

生涯

1561 年 2 月、イングランド北部ヨークシャーのハリファックスに近いウォーリー・ウッドで生まれた。1577 年にケンブリッジ大学セント・ジョンズ・カレッジに入り、1581 年に学士となり、1588 年にフェローに選ばれた。1596 年、ロンドンにできたグレシャム・カレッジの最初の幾何学教授となり、23 年間務めた。

1614 年に出たネイピアの対数の本に強く心を動かされた。1615 年 3 月 10 日、ジェイムズ・アッシャーへの手紙に、対数という見事な発明にすっかり打ち込んでいると書いている。その夏と翌 1616 年に、エディンバラのネイピアを訪ねた。2 人は、1 の対数を 0 とし、10 を底とする表に作り直すことで合意した。1617 年、1 から 1000 までの常用対数を『対数の最初の千』としてロンドンで出した。

1619 年、オックスフォード大学に新しく置かれたサヴィル幾何学教授の職に就き、翌年グレシャムを去った。1624 年の『対数算術』では、自然数の対数を小数 14 桁まで計算して載せた。1630 年 1 月 26 日、オックスフォードで没した。三角関数の対数表『ブリタニカの三角法』は、没後の 1633 年にヘンリー・ゲリブランドの手で出版された。

出典

  1. MacTutor History of Mathematics: Henry Briggs
  2. William Lilly, Mr. William Lilly's History of His Life and Times (London, 1715)
  3. Henry Briggs, Arithmetica Logarithmica (London, 1624)

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