15 分の沈黙
1614 年、スコットランドのエディンバラ近くにあるマーキストン城の領主ジョン・ネイピアは、ラテン語の小さな本『驚くべき対数表の記述』を出版した。90 ページほどの表が付いた本である。掛け算と割り算を、足し算と引き算に置き換えられる数表だった。対数(logarithm)という言葉も、ネイピアがギリシア語の「比(ロゴス)」と「数(アリトモス)」から作った。
ネイピアは数学者である前に領主であり、熱心なプロテスタントだった。1593 年には聖書の『ヨハネの黙示録』を読み解く本を書き、自分ではそれを最も大事な仕事と考えていた。土地の人々の間では魔術を使う男という噂もあった。1834 年に子孫のマーク・ネイピアが書いた伝記には、召使いの中から盗人を見つけるために、煤を塗った雄鶏を使ったという話が載っている。
この本を読んで興奮したのが、ロンドンのグレシャム・カレッジの幾何学教授ヘンリー・ブリッグスである。1615 年 3 月 10 日付の手紙に、ブリッグスはこう書いた。マーキストンのネイピア卿が、新しく見事な対数で私の頭と手を働かせている。神の思し召しがあれば、この夏に彼に会いたい。これほど私を喜ばせ、驚かせた本は見たことがない。
その夏、ブリッグスはロンドンからエディンバラまで旅をした。占星術師ウィリアム・リリーの自伝が、2 人を引き合わせた数学者ジョン・マーから聞いた話として、その日の様子を伝えている。ネイピアはブリッグスがもう来ないのではないかと気をもんでいた。門を叩く音がして、マーが急いで降りると、それがブリッグスだった。部屋に通されたブリッグスとネイピアは、互いを感嘆して見つめ合い、最初の一言が出るまでに 15 分近くがたった。
2 人はこの訪問で、1 の対数を 0、10 の対数を 1 とする表に作り直すことで合意した。今の常用対数である。ブリッグスは 1 か月滞在し、翌年も訪ねた。3 度目の訪問を計画していた 1617 年の春、ネイピアは亡くなった。表を作り直す仕事は、ブリッグスが引き継いだ。
起源
「等比数列の掛け算は、番号の足し算になる」という観察は古い。紀元前 3 世紀のアルキメデスは『砂粒を数える者』で、数の位取りを積み上げるとき、順番の番号を足せばよいことを使っている。1544 年、ドイツのミハエル・シュティーフェルは、 の累乗の表と指数の表を上下に並べ、上の掛け算が下の足し算に対応することを書いた。
16 世紀の終わりの天文学者は、膨大な掛け算に苦しんでいた。デンマークのティコ・ブラーエの天文台では、三角関数の積和の公式 を使い、掛け算を足し算と表引きに置き換える方法が使われていた。
ネイピアの対数は、今の対数とは形が違う。正弦の値を扱うために作られ、今の記号で書くと にあたる。値が大きくなると対数は小さくなる。表の作り方を説明した『驚くべき対数表の構成』は、没後の 1619 年に息子が出版した。
スイス生まれの時計職人ヨースト・ビュルギは、プラハの宮廷でケプラーと同じ皇帝に仕え、ネイピアとは独立に同じ考えの表を作っていた。出版は 1620 年で、ネイピアより 6 年遅かった。
ブリッグスは 1617 年に 1 から 1000 までの常用対数の表を、1624 年の『対数算術』で 1 から 20000 までと 90000 から 100000 までの対数を 14 桁で発表した。間の部分は 1628 年にオランダのアドリアン・ブラックが 10 桁で埋めた。ケプラーはこうした表を使って惑星の運行表『ルドルフ表』(1627)を完成させた。のちにラプラスは『宇宙体系解説』(1796)の天文学の歴史を述べた部分で、ネイピアの対数を「数か月の仕事を数日に縮め、いわば天文学者の寿命を 2 倍にした」とたたえている。
道具にもなった。1620 年ごろイギリスのエドマンド・ガンターが対数の目盛りを刻んだ物差しを作り、1622 年ごろにはウィリアム・オートレッドが 2 本の対数目盛りを滑らせて掛け算する計算尺を考えた。計算尺は、1970 年代に電卓が普及するまで技術者の必需品だった。
証明
は底 (, )の対数とし、 を のことと定める。
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, を正の数とし、それぞれの対数を , とおく。
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掛けると、指数法則で指数が足される。
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対数の定義に戻すと
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同じ手順で、割り算と累乗の法則も出る。
面積を使った見方。 17 世紀には、双曲線 の下の面積が同じ法則を満たすことが見つかった(1647 年のグレゴワール・ド・サン=ヴァンサン、1649 年のアルフォンス・アントニオ・デ・サラサ)。自然対数を と定めると、
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面積を 2 つに分ける。
-
2 つめで と置き換えると、 で が打ち消し合う。
-
したがって
横に 倍引き伸ばし、縦に 倍縮めても面積は変わらない。双曲線のこの性質が、対数の法則の正体である。
応用
表で掛け算する。 を対数表で計算する。、 を足すと で、表を逆に引くと になる。正しい値は 13.2678 である。計算尺は、この足し算を目盛りの長さの足し算で行う。
桁数を数える。 の桁数は、 から 31 桁と分かる。
音の大きさ。 音の強さのレベルは、基準の強さとの比の常用対数を 10 倍したデシベルで表す。強さが 2 倍になると dB 上がり、100 倍で 20 dB 上がる。
地震の規模。 マグニチュードが 1 上がると、地震のエネルギーは 倍になる。マグニチュード 9 の地震は、7 の地震の約 1000 倍のエネルギーを出す。
酸性度。 pH は水素イオンの濃度の常用対数に負の符号を付けたものである。中性の水(pH 7)とレモン汁(pH 2 前後)では、水素イオンの濃度が約 10 万倍違う。
片対数のグラフ。 一定の割合で増える量 は、縦軸を対数の目盛りにすると で直線になる。感染症の患者数や細菌の数をこのグラフに描けば、直線の傾きから 2 倍になるまでの日数 を読み取れる。
図示
シミュレーション
上の帯(C 尺)をドラッグして左右に滑らせると、C 尺の 1 が下の D 尺の に合う。縦の線(カーソル)は C 尺の の位置にあり、その真下の D 尺の目盛りが である。積が 10 を超えるときは、本物の計算尺と同じく C 尺の右端の 10 を に合わせて読む。「自動」では、いくつかの掛け算を順に計算してみせる。
広がる学問
- 数学 対数は指数関数の逆の関数で、自然対数は の積分として定義される。かけ算の世界と足し算の世界を行き来する写像として、群の同型の最も身近な例でもある。
- 天文学 星の明るさの等級は、5 等級の差がちょうど明るさ 100 倍になるように、1856 年にノーマン・ポグソンが対数で定めた。1 等級の差は 倍である。
- 化学 水素イオン濃度を pH で表すのは、1909 年にセーレン・セーレンセンが始めた。反応の速さと温度の関係(アレニウスの式)も、対数をとると直線になり、実験の値から活性化エネルギーを読み取れる。
- 心理学 感じる強さは刺激の強さの対数に比例する、というウェーバー・フェヒナーの法則(1860 年のフェヒナー『精神物理学原論』)は、音や明るさの感じ方を近似する。人が数の大小を思い浮かべるときの「心の数直線」も、対数に近い目盛りを持つという研究がある。
- 地球科学 地震のマグニチュードは、1935 年にチャールズ・リヒターが地震計の揺れの幅の対数で定めた。何桁も違う量を 1 本の物差しに並べられるので、地震・火山・洪水の規模の比較に対数の尺度が使われる。
参考文献
- John Napier, Mirifici Logarithmorum Canonis Descriptio (Edinburgh, 1614).
- Henry Briggs, Arithmetica Logarithmica (London, 1624).
- William Lilly, Mr. William Lilly's History of His Life and Times, from the Year 1602 to 1681 (London, 1715).
- Mark Napier, Memoirs of John Napier of Merchiston (Edinburgh, 1834).
- J. J. O'Connor and E. F. Robertson, "John Napier", MacTutor History of Mathematics Archive, University of St Andrews.
- Eli Maor, e: The Story of a Number (Princeton University Press, 1994).
- Pierre-Simon Laplace, Exposition du système du monde, tome 2 (Paris, 1796).