墓に刻まれた球と円柱
紀元前 212 年、シチリアの都市シラクサは、2 年あまりの包囲の末にローマの将軍マルケルスの軍に落ちた。この町には、ローマの軍船を投石機や鉤爪で苦しめた老人がいた。数学者アルキメデスである。
彼の最期は、書き手によって違う。ローマの歴史家リウィウスは『ローマ建国史』25 巻 31 節で、砂の上に描いた図形に没頭していたところを、彼が誰かを知らない兵士に殺された、と書く。1 世紀のウァレリウス・マクシムスは、アルキメデスが両手で砂の図を覆い、「頼むから、これを乱さないでくれ」と言ったと書いた。よく引かれるラテン語の「私の円を乱すな」は、古代の書物には見当たらない。誰がいつ言い出したかは分かっていない。
プルタルコスは『マルケルス伝』で、アルキメデスが生前に一つの願いを残していたと伝える。自分の墓の上に、円柱の中に球が収まった形を置き、外の立体が中の立体をどれだけの比で上回るかを刻んでほしい、というものである。数ある発見の中から、彼が墓に選んだのは球と円柱だった。
それから 137 年後の紀元前 75 年、ローマの政治家キケロは財務官としてシチリアに赴いた。彼は『トゥスクルム荘対談集』第 5 巻で、そのときのことを書いている。シラクサの人々は、そんな墓は無いと言った。キケロは墓に刻まれたという詩句を覚えていて、球と円柱が載っているはずだと知っていた。アグリゲントゥム門の近く、茨と藪に覆われた墓の間を探すと、藪から少しだけ頭を出した小さな柱が見えた。そこに球と円柱の形があった。
鎌を持った人夫に藪を刈らせると、碑文が現れた。詩句は後半が削れ、半分ほどしか読めなかった。キケロは、ギリシアで最も名高く、かつては学問の中心でもあった町が、自分たちの最も優れた市民の墓を、アルピヌムから来た男に教えられるまで知らなかった、と書き添えている。
その墓は、いまどこにあるか分からない。シラクサのグロッティチェッリの墓地には「アルキメデスの墓」と呼ばれる墓があるが、アルキメデスの死から少なくとも 2 世紀後のローマ時代のもので、本人の墓ではない。
起源
円錐の体積が、同じ底面と高さの円柱の 3 分の 1 であることは、紀元前 5 世紀のデモクリトスが言い出し、紀元前 4 世紀のエウドクソスが証明した。アルキメデス自身が『方法』の序文でそう書いている。この結果は、エウクレイデスの『原論』第 12 巻 命題 10 にある。同じ巻の命題 18 は、球どうしの体積の比は直径の 3 乗の比に等しい、と述べる。体積が に比例することは分かっていたが、その係数はまだ誰も知らなかった。
それを決めたのが、紀元前 3 世紀のアルキメデスの『球と円柱について』第 1 巻である。命題 33 で球の表面積は大円の面積の 4 倍、命題 34 で球の体積は、底面が大円で高さが半径の円錐の 4 倍、と示した。その系として、球にぴったり外接する円柱は、体積も、底面を含めた表面積も、球の 倍になると述べている。
どうやって見つけたかは、『方法』という別の著作に書かれていた。アルキメデスは、球と円錐の薄い切り口を、てこの片側に吊るして円柱の切り口と釣り合わせる、という想像の実験で、まず答えを見つけた。そのうえで、幾何学の証明を組み立て直したと述べている。この本は長く失われていた。10 世紀の写本が 13 世紀に削られて祈祷書に書き直され、その下に文字が残っていた。1906 年、デンマークの学者ハイベアがコンスタンティノープルでこれに気づいた。写本は 1998 年に競売にかけられて 220 万ドルで落札され、アメリカのウォルターズ美術館で、多くの波長の光を使った撮影によって読み直された。
中国では、1 世紀ごろまでにまとまった『九章算術』の少広章が、球の体積を直径の 3 乗の とする規則を載せていた。263 年に劉徽は注釈でこの誤りを指摘し、2 本の円柱を直角に交わらせた共通部分「牟合方蓋」を考えた。球と牟合方蓋の体積の比は になる。ところが牟合方蓋の体積は求められず、劉徽は後の人に託した。
答えを出したのは、5〜6 世紀の祖暅である。祖沖之の子で、「縁冪勢既同、則積不容異(どの高さでも切り口の面積が等しければ、体積は異なりえない)」という原理を使った。この原理は、ヨーロッパでは 1635 年にカヴァリエリが『不可分者の幾何学』で述べたものと同じで、日本では祖暅の原理、またはカヴァリエリの原理と呼ばれる。
証明
祖暅の原理を使い、半球と「円柱から円錐をくりぬいた立体」を比べる。どちらも底面の半径は 、高さは とする。円錐は頂点を下にして、円柱の底面の中心に置く(図示)。
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半球を底から高さ で水平に切ると、切り口は半径 の円になる。面積は
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もう一方を同じ高さで切ると、円錐の切り口は半径 の円なので、切り口は半径 の円から半径 の円を抜いた輪になる。面積は
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のどの高さでも 。祖暅の原理から、2 つの体積は等しい。
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円柱の体積は 、円錐はその なので
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球は半球 2 つなので
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球を、中心を頂点とし表面の小さな面を底とする細い錐に分ける。錐の体積は 底面積 なので、すべてを合わせると
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外接する円柱は半径 ・高さ 。体積は 、表面積は側面 と底面 2 枚 で 。比はどちらも
手順 6 は、円の面積で円を三角形に分けたのと同じ考えを、1 つ上の次元で使ったものである。積分で書けば、切り口の面積を足し合わせて となり、 を で微分すると表面積 が出る。
応用
半径が 2 倍なら体積は 8 倍。 半径 12 cm のボールの体積は cm³、約 7.2 L である。半径を 2 倍の 24 cm にすると、体積は 8 倍の約 58 L になる。表面積は 4 倍にしかならない。
地球の中身を推し量る。 地球の平均半径 6371 km から体積を求めると、約 km³ になる。地球の質量 kg をこれで割ると、平均の密度は約 5.5 g/cm³ である。地表の岩石は 2.7〜3 g/cm³ ほどしかない。差を埋めるには、地球の奥に、鉄のような重いものが集まっていなければならない。
体の中の大きさを測る。 超音波の検査では、甲状腺の結節や膀胱の中の尿の量を、縦・横・奥行きの 3 方向の長さから楕円体の体積として見積もる。楕円体の体積は で、直径で書けば約 縦 横 奥行きになる。
細胞が小さい理由。 球の表面積と体積の比は で、半径に反比例する。半径 10 μm の細胞と 100 μm の細胞では、体積あたりの表面積が 10 倍違う。細胞は表面から物を出し入れするので、大きくなりすぎると中まで行き渡らない。
図示
シミュレーション
つまみで切る高さ を変えると、左の円と右の輪の面積がいつも同じ数になる。下から までの体積も、2 つの立体で同じ数のまま増えていく。「円柱に水を移す」に切り替えると、球と同じ量の水が、外接する円柱をちょうど 3 分の 2 の高さまで満たす。
広がる学問
- 数学 祖暅の原理は、切り口の面積から体積を求める積分の考えの先駆けである。表面積の決まった立体の中で体積が最大になるのは球で、平面での等周不等式を 3 次元にしたものにあたる。
- 地球科学 地球や月の体積と質量から平均の密度を求め、内部の層の重さを推し量る。地震波の伝わり方と組み合わせて、鉄の核の大きさが決められてきた。
- 生物学 体積あたりの表面積 は、細胞の大きさや、小さな動物ほど体の熱を失いやすいことを説明する。
- 化学 同じ大きさの球を最も密に詰めたときに空間を占める割合は % である。銅やアルミニウムの結晶の原子の並び方は、この詰め方になっている。
- 医学 超音波や CT の画像から、腫瘍や臓器の体積を楕円体の式で見積もり、大きさの変化を追う。
参考文献
- アルキメデス『球と円柱について』第 1 巻 命題 33・34、『方法』(T. L. Heath, The Works of Archimedes, Cambridge University Press, 1897; 補遺 The Method of Archimedes, 1912)
- プルタルコス『マルケルス伝』17 節(『プルタルコス英雄伝』)
- キケロ『トゥスクルム荘対談集』第 5 巻 64〜66 節
- リウィウス『ローマ建国史』第 25 巻 31 節、ウァレリウス・マクシムス『著名言行録』第 8 巻 7 章 外 7
- 『九章算術』少広章 開立円術と劉徽注・李淳風注
- Reviel Netz, William Noel, The Archimedes Codex (Weidenfeld & Nicolson, 2007).
- Chris Rorres, "Tomb of Archimedes: Sources", Archimedes Home Page(Drexel University、https://math.nyu.edu/Archimedes/Tomb/Cicero.html)