立方体倍積問題

Doubling the cube

神託は、祭壇を 2 倍の大きさにせよと告げた。

体積がちょうど 2 倍の立方体を作る問題。辺は 2 の 3 乗根倍になるが、定規とコンパスだけでは作図できないことが 1837 年に証明された。

年代
紀元前5世紀
人物
キオスのヒッポクラテス、アルキュタス、メナイクモス、エラトステネス、プラトン、ピエール・ヴァンツェル
神話・言い伝え

デロスの神託

エーゲ海の小島デロスは、アポロンが生まれた島とされ、古代ギリシアの聖地だった。ある年、島を疫病が襲った。デロスの人々が神にうかがいを立てると、神託は、いまある祭壇の 2 倍の祭壇を作れば疫病はやむ、と告げた。

祭壇は立方体の形をしていた。職人たちは困った。辺を 2 倍にすれば、体積は 倍になってしまう。形を変えずに体積だけを 2 倍にするには、辺を何倍にすればよいのか。人々はアテナイのプラトンのもとへ使いを送った。プラトンは、神が求めているのは 2 倍の祭壇ではない、ギリシア人が数学を軽んじ、幾何学を侮っていることを恥じさせようとしているのだ、と答えた。

この話を伝えるのは、2 世紀のテオン(スミルナの人)である。彼は紀元前 3 世紀の学者エラトステネスの著作『プラトン学派の人』からの引用として書いている。1〜2 世紀のプルタルコスは別の書き方をしていて、プラトンはデロスの人々に、クニドスのエウドクソスとキュジコスのヘリコンを訪ねるよう勧めた、とある。

6 世紀のエウトキオスは、アルキメデスの著作の注釈の中に、エラトステネスがエジプト王プトレマイオス 3 世に宛てたという手紙を書き写している。そこでは、話はもう 1 つ古くなる。昔のある悲劇作家が、クレタの王ミノスに、息子グラウコスの墓を見て「1 辺が 100 フィートでは王の墓に小さすぎる。形はそのままに 2 倍にせよ。各辺を 2 倍にするのだ」と言わせた。詩人は間違えた、と手紙は指摘する。この手紙が本当にエラトステネスのものかどうかは、研究者の間で意見が分かれている。

神託の話がどこまで史実かは分からない。この疫病を、紀元前 430 年ごろにアテナイを襲った疫病と結びつける解説もあるが、プラトンが生まれたのは紀元前 427 年ごろで、年代が合わない。確かなのは、遅くとも紀元前 5 世紀には、この問題がギリシアの数学者たちの間で知られていたことである。問題は島の名をとって「デロスの問題」と呼ばれるようになった。

起源

最初の大きな一歩を踏み出したのは、紀元前 5 世紀のキオスのヒッポクラテスである。彼は、1 辺 の立方体を 2 倍にする問題を、 と の間に 2 つの比例中項 を見つける問題、すなわち となる を求める問題に言い換えた。このとき が求める辺になる。

紀元前 4 世紀の前半、ピタゴラス学派のアルキュタスは、円柱・円錐・トーラスという 3 つの曲面の交わりから比例中項を求めた。平面の作図に頼らない、3 次元の解法である。紀元前 4 世紀のメナイクモスは、2 本の放物線、または放物線と双曲線の交点から答えを出した。円錐を平面で切った曲線、つまり円錐曲線は、この問題を解く途中で見つかったと伝えられる。

エラトステネスは、3 枚の板を滑らせて比例中項を測る道具「メソラボン」を作り、その作り方と献辞の詩を柱に刻んで奉納した。エウトキオスは、プラトン(に帰された方法)、ヘロン、フィロン、アポロニオス、ディオクレス、パッポス、スポロス、メナイクモス、アルキュタス、エラトステネス、ニコメデスによる、合わせて 12 の解法を書き残している。

どの解法も、定規とコンパスのほかに、曲線や動く道具を使っていた。プルタルコスによれば、プラトンは、エウドクソスやアルキュタスやメナイクモスが機械的な手段に頼ったことを、幾何学の良さを損なうものだと非難したという。

定規とコンパスだけでは解けないことは、2000 年以上たった 1837 年、フランスの若い数学者ピエール・ヴァンツェルが証明した。同じ論文で、任意の角の 3 等分も作図できないことが示された。ギリシアの 3 大作図問題のうち、残る円積問題は、1882 年にリンデマンが決着をつけた。

証明

まず、メナイクモスが 2 本の放物線で を作る方法を示す。

  1. ヒッポクラテスの言い換えで、求める と補助の は

  2. 1 つ目の等号から、 と は放物線の上にある。

  3. 2 つ目の等号から、もう 1 本の放物線の上にもある。

  4. 手順 2 の両辺を 2 乗し、手順 3 を入れると

  5. で割ると

2 本の放物線の交点の横の座標が、体積 2 倍の立方体の辺になる(図示)。

次に、定規とコンパスだけでは作れないことを、ヴァンツェルの考えに沿って示す。長さ 1 から始めて作れる長さは、有理数から、平方根をとる操作を有限回くり返して得られる数に限られる。

  1. 定規とコンパスの 1 回の作図は、直線と円の交点を求めることで、高々 2 次の方程式を解くことにあたる。作れる数 を含む数の範囲 は、有理数の範囲 を 2 次ずつ 回広げたものになり

  2. は の解である。この式に有理数の解は無い( を入れても 0 にならない)ので、有理数の係数では因数分解できず

  3. もし が作図できれば、 は に含まれ、次数は掛け算で積み重なるので

  4. 左辺は 3 で割り切れないので、これは矛盾である。よって は定規とコンパスだけでは作図できない。

一方で、目盛りを付けた定規を滑らせる方法や、紙を折る方法なら作図できる。紙を折って を作る方法は、1986 年にピーター・メッサーが発表した。

応用

形を変えずに 2 倍の量にする。 立方体でも球でも、形を変えずに体積を 2 倍にするには、長さを 倍にすればよい。直径 20 cm の鍋と同じ形で 2 倍の量が入る鍋は、直径約 25.2 cm である。逆に、長さを 2 倍にすると体積は 8 倍、表面積は 4 倍になる。

ピアノの長三度。 いまの鍵盤楽器が使う十二平均律では、1 オクターブ(周波数 2 倍)を 12 等分し、半音ごとに周波数を 倍にする。半音 4 つ分の長三度は 倍で、ド(261.63 Hz)とミ(329.63 Hz)の比はちょうどこの値になる。純正律の長三度 との差は約 13.7 セントで、平均律の和音がわずかに濁って聞こえる理由の 1 つである。

大きな生き物の骨。 ガリレオは 1638 年の『新科学対話』で、動物を形を変えずに大きくすると、重さは長さの 3 乗で増えるのに、骨の断面は 2 乗でしか増えないことを指摘した。体重を 2 倍にすると、長さは 1.26 倍、骨の断面積は 倍にしかならない。大きな動物の骨が、体の割に太い理由である。

図示

2 本の放物線 x² = ay と y² = 2ax の交点の横の座標が、∛2 a になる。右は、1 辺 a の立方体と、体積がその 2 倍の立方体。

シミュレーション

つまみで体積を何倍にするか を変えると、放物線 が開き、交点が の位置へ動く。右の立方体は、その交点の長さを辺にして育ち、体積がちょうど 倍になる。「ミノスの間違い」に切り替えると、辺を 2 倍にした墓が、元の立方体 8 つ分になることが分かる。

広がる学問

  • 数学 作図できる長さを数の範囲の広がり方で調べるヴァンツェルの方法は、ガロア理論の考えにつながる。メナイクモスの解法は、円錐曲線の研究の出発点になった。
  • 音楽 十二平均律の長三度は 、短三度は である。和音の響きを整数の比に近づけるか、どの調でも同じ響きにするかは、調律の歴史をつらぬく問題だった。
  • 工学 模型から実物を作るとき、長さを 倍にすると重さは 倍、断面は 倍になる。この比の違いを考えずに大きくすると、構造が自分の重さを支えきれなくなる。
  • 生物学 ガリレオが示した 2 乗と 3 乗の違いは、体の大きさと形の関係を調べる研究の出発点の 1 つになった。
  • 哲学 プラトンは、曲線や道具に頼る解法を幾何学の堕落とみなしたと伝えられる。どんな道具で作れば「解いた」と言えるのかという問いは、数学の証明とは何かという問いにつながっている。

参考文献

  1. エウトキオス『アルキメデス「球と円柱について」第 2 巻への注釈』(エラトステネスの手紙と 12 の解法を含む)
  2. スミルナのテオン『プラトンを読むために役立つ数学』序(エラトステネス『プラトン学派の人』の引用)
  3. プルタルコス『デルポイの E について』6、『ソクラテスのダイモニオンについて』7、『食卓歓談集』第 8 巻 2 問
  4. Thomas L. Heath, A History of Greek Mathematics, Vol. 1 (Oxford, 1921), 244-270.
  5. P. L. Wantzel, "Recherches sur les moyens de reconnaître si un Problème de Géométrie peut se résoudre avec la règle et le compas", Journal de Mathématiques Pures et Appliquées 2 (1837), 366-372.
  6. Peter Messer, "Problem 1054", Crux Mathematicorum 12 (1986), 284-285.
  7. ガリレオ・ガリレイ『新科学対話』(1638)第 2 日

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