円の面積と円周率

Area of a circle and pi

円周率を 3.2 とする法案が、州の下院を通った。

円の面積は、半径の 2 乗に円周率 π を掛けたもの。周の長さを決める同じ π が、広さも決める。管・木の幹・軌道まで、丸いものの計算の土台。

年代
紀元前1550年ごろ
人物
アーメス、アルキメデス、劉徽、祖沖之、ウィリアム・ジョーンズ、リンデマン
逸話

π を法律で決めかけた州

1897 年 1 月、アメリカのインディアナ州議会に下院法案 246 号が出された。提出したのは州議員テイラー・I・レコード。中身を書いたのは、医師で数学の愛好家だったエドワード・J・グッドウィンである。

法案は、グッドウィンが「見つけた」円の測り方を、州が無償で使えるようにする、という体裁をとっていた。文面には、直径と円周の比は「5/4 対 4」である、という一節がある。計算すると円周率は になる。

下院では運河の委員会に回され、次に教育の委員会が賛成の報告をした。1897 年 2 月 6 日、下院はこの法案を反対なしで可決した。

ちょうどそのころ、パデュー大学の数学者 C・A・ウォルドーが、インディアナ科学アカデミーの予算の件で州議会に来ていた。議員の 1 人が法案の作者に引き合わせようとすると、彼は「おかしな人なら、もう十分に知っている」と言って断った。1916 年にウォルドー自身が書いた回想に、そう残っている。

上院では、禁酒の委員会が賛成の報告をした。しかし議場では法案が笑いものになり、ある議員は、数学の真理を決める力は議会に無いと指摘した。2 月 12 日、上院は審議を無期限に延ばし、法案はそのまま消えた。

円周率を 3 とみなした記録は、もっと古い。旧約聖書の『列王記上』7 章 23 節は、ソロモンの神殿に置かれた「鋳物の海」という大きな水盤を、縁から縁まで 10 アンマ、周りを巻く縄が 30 アンマと書く。比はちょうど 3 である。測り方が粗かったのか、縁の厚みのせいなのか、この数字の読み方は昔から分かれている。

起源

円の面積を求める規則は、紀元前 2000 年紀のエジプトとメソポタミアに残っている。

大英博物館のリンド数学パピルスは、紀元前 1550 年ごろに書記アーメスが写したもので、元の文書は第 12 王朝のアメンエムハト 3 世の時代にさかのぼる。その問題 50 は、直径 9 ケトの丸い畑の面積を、直径から 9 分の 1 を引いた 8 を 1 辺とする正方形の面積として、64 セタトと答える。円周率に直すと で、誤差は 1 % に満たない。古バビロニアの粘土板には、円周の 2 乗を 12 で割って面積とする計算が多く、これは円周率を 3 とすることにあたる。

面積が直径の 2 乗に比例することは、エウクレイデスの『原論』第 12 巻 命題 2 が「円どうしの比は、直径の上の正方形どうしの比に等しい」として証明している。ただし、その比例の定数が何かは書かれていない。

周の長さと面積に同じ定数が出ることを示したのは、紀元前 3 世紀のアルキメデスである。『円の計測』の命題 1 は、円の面積は、直角をはさむ 2 辺が半径と円周に等しい直角三角形の面積に等しい、と述べる。式にすれば である。同じ本の命題 3 では、円に内接・外接する正 96 角形の周を計算し、 を示した。小数では 3.1408 から 3.1429 の間になる。

中国では 263 年、劉徽が『九章算術』の注で、内接する正多角形の辺を倍々に増やしていく割円術を示し、3.1416 にあたる値を得た。5 世紀の祖沖之は と、分数 を求めたと『隋書』律暦志が伝える。 は小数第 6 位まで合う。

π という記号は、1706 年にイギリスのウィリアム・ジョーンズが使ったのが最初で、のちにオイラーが使って広まった。1761 年にランベルトが π は無理数であることを、1882 年にリンデマンが超越数であることを証明した。これで、定規とコンパスだけで円と同じ面積の正方形を作る「円積問題」は、できないことが確定した。

証明

アルキメデスの命題 1 を、内側と外側の正多角形ではさむ形で示す。円周率は「円周 ÷ 直径」と定める。

  1. 円周率の定め方から、半径 の円の円周は

  2. 円に内接する正 角形を、中心から 個の二等辺三角形に分ける。周を 、中心から各辺までの距離を とすると、面積は

  3. 円に外接する正 角形では、中心から各辺までの距離が になる。周を とすると

  4. 円は内接する多角形を含み、外接する多角形に含まれるので、円の面積 は

  5. を大きくすると、 と は円周 に、 は に近づく。両側の値はともに同じ数に近づくので

  6. したがって

アルキメデス自身は極限という言葉を使わない。「面積が より大きいとしても、小さいとしても矛盾が起きる」と、二重の背理法で示した。手順 5 にあたる部分を、多角形の辺を十分に増やせば差をいくらでも小さくできる、という議論で置き換えている。

同じ結論は、円を細い輪の重なりとみなしても出る。半径 の輪の長さは なので、 となる。輪を切り開いて並べると、底辺 ・高さ の三角形になる。これは命題 1 の直角三角形そのものである。

応用

直径が 2 倍なら面積は 4 倍。 直径 30 cm のピザ 1 枚の面積は cm² である。直径 20 cm のピザ 2 枚は cm² で、大きな 1 枚のほうが広い。面積は直径の 2 乗で増えるので、直径の数字だけで比べると見誤る。

管を流れる量。 管を流れる水の量は、断面積 × 流速で決まる。内径 10 cm の管の断面積は約 78.5 cm²、内径 5 cm の管は約 19.6 cm² である。直径が半分になると、同じ速さで流せる量は 4 分の 1 になる。

木の幹の太さ。 森林の調査では、胸の高さ(日本では地面から 1.2 m、多くの国では 1.3 m)で幹の周りを巻き尺で測り、断面積を で求める。周りが 1 m の幹なら約 0.080 m² になる。1 ha あたりの合計は胸高断面積合計と呼ばれ、森の混み具合を表す。

何桁あれば足りるか。 NASA のジェット推進研究所(JPL)は、惑星間を飛ぶ探査機の最も精密な航法計算でも、π を小数第 15 位までの 3.141592653589793 で使うと説明している。直径 400 億マイルの円の周を計算しても、それによる誤差は約 1.5 cm にとどまる。

図示

円を 16 枚の扇形に切り、向きを交互に変えて並べる。横の長さは円周の半分の πr、高さは半径 r の平行四辺形に近づき、面積は πr² になる。

斜線の扇形は円の上半分、白い扇形は下半分である。枚数を増やすほど、上下の波打ちは平らになり、両端の傾きは垂直に近づく。

シミュレーション

つまみで扇形の枚数 を変えると、並べ直した形が平行四辺形に近づき、上下の波打ちが消えていく。「アルキメデスの多角形」に切り替えると、円の内側と外側の正多角形が 6 角形から倍々に増え、2 つの周が を両側からはさみ込む。96 角形は、アルキメデスが計算したのと同じ多角形である。

広がる学問

  • 数学 π が超越数であることから、円積問題は定規とコンパスでは解けないと確定した。同じ π は、バーゼル問題の やガウス積分のように、円の見えない式にも現れる。
  • 工学 管の流量、軸やボルトの断面積、円柱の容器の容量など、丸い断面を持つ部品の計算は から始まる。
  • 天文学 探査機の軌道や惑星の位置の計算では、円と楕円の周と面積が繰り返し出てくる。JPL の例のとおり、必要な桁数は 15 桁ほどで足りる。
  • 情報科学 π の桁の計算は、計算機の速さと記憶装置の確かさを試す課題になっており、2025 年には 300 兆桁を超えた。正方形に乱数で点を打ち、円に入る割合から π を見積もる方法は、モンテカルロ法の入門の例として使われる。ビュフォンの針も、偶然から π を測る実験である。
  • 生物学 森林生態学では、幹の周りから求めた断面積の合計で、森の混み具合や木の成長を比べる。

参考文献

  1. アルキメデス『円の計測』命題 1・3(T. L. Heath, The Works of Archimedes, Cambridge University Press, 1897)
  2. エウクレイデス『原論』第 12 巻 命題 2(中村幸四郎・寺阪英孝・伊東俊太郎・池田美恵 訳『ユークリッド原論』共立出版、1971)
  3. The British Museum, Rhind Mathematical Papyrus(EA 10057, EA 10058)
  4. C. A. Waldo, "What Might Have Been", Proceedings of the Indiana Academy of Science (1916), 445-446.
  5. Lennart Berggren, Jonathan Borwein, Peter Borwein (eds.), Pi: A Source Book (Springer, 1997).
  6. NASA/JPL Edu, "How Many Decimals of Pi Do We Really Need?"(2016 年初出、のちに改訂)
  7. 『旧約聖書』列王記上 7 章 23 節

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