バーゼルの難問
と、平方数の逆数を限りなく足していくと、和はいくつになるか。1650 年、イタリアのピエトロ・メンゴリが著書『新しい算術の求積法』でこの問いを出した。
和が限りなく大きくならないことは、すぐに分かった。スイスのバーゼル大学の教授ヤコブ・ベルヌーイは、1689 年の『無限級数論』で、和が 2 を超えないことを示している。しかし、ちょうどいくつになるかは分からなかった。ベルヌーイは本の中でこう呼びかけた。これまで私たちの努力を逃れてきたものを、誰かが見つけて知らせてくれるなら、大いに感謝するだろう。問題はのちに、ベルヌーイ一族の町の名をとって「バーゼル問題」と呼ばれるようになる。
答えを出したのは、同じバーゼルで生まれ、ヤコブの弟ヨハン・ベルヌーイに数学を学んだレオンハルト・オイラーだった。この和は収束がとても遅い。1000 項まで足しても 1.6439… で、小数第 3 位がまだ定まらない。誤差を 100 万分の 1 ほどにするだけでも、そのまま足すなら 100 万項ほど要る。オイラーは 1731 年、この和を、ずっと速く近づく別の級数 に書き換えて、1.644934 という値を計算していた。
そして 1735 年、28 歳のオイラーは、この和がちょうど であることを示した。論文「逆数の級数の和について」は、その年の 12 月 5 日にペテルブルクの科学アカデミーで読み上げられたとされ、1740 年に紀要に載った。円とは何の関係もなさそうな整数の和に、円周率が現れたのである。
師のヨハン・ベルヌーイは、結果を知って「兄が生きていれば」と書いたと伝えられる。兄のヤコブは 1705 年に亡くなっていた。ヤコブが呼びかけてから 46 年、メンゴリが問いを出してから 85 年がたっていた。
オイラーの最初の方法には、当時から疑問が出された。正弦の関数を、多項式のように根の積に分解してよいかどうかが示されていなかったからである。オイラーは数値で何度も確かめ、1741 年には別の方法による証明を書いた。最初の方法が正しいことは、のちに 19 世紀のワイエルシュトラスが無限積の理論で裏付けた。
起源
無限に多くの数を足して有限の値になる例は、古代から知られていた。アルキメデスは放物線の面積を求めるのに を使っている。一方で、逆数の和 は限りなく大きくなる。14 世紀のオレームがこのことを示し、メンゴリも 1650 年の同じ本で別の証明を与えた。平方数の逆数の和は、この 2 つの間にある。
オイラーは、この結果を大きく広げた。1735 年の論文で、4 乗の逆数の和は 、6 乗なら と、偶数乗の逆数の和がどれも の累乗の有理数倍になることを示し、のちにベルヌーイ数という数を使って一般の式を与えた。1737 年には、この和をすべての素数についての積で書き直す「オイラー積」を見つけた。
1859 年、ベルンハルト・リーマンは、 を複素数の まで広げたゼータ関数を考え、その零点の位置が素数の分布を決めることを示した。零点についての予想(リーマン予想)は、いまも解かれていない。
奇数乗の和は、いまも謎が多い。3 乗の逆数の和 について、1978 年にロジェ・アペリーが、分数では表せないことを証明した。それ以上のこと、たとえば を使った簡単な式で書けるかどうかは分かっていない。
証明
オイラーの最初の考えはこうである。 は で 0 になるので、多項式と同じように根の積に分解できると考える。
右辺を展開したときの の係数は で、これが左辺の と等しいので、和は になる。整数の和に円周率が現れるのは、正弦が円から生まれた関数で、その零点が の整数倍にきちんと並んでいるからである。整数の並びと円の一周が、正弦を通してつながっている。
太い線が 、細い線が因子 個の積、破線が最後に掛けた因子 である。つまみで を増やすと、積は根 を 1 組ずつ拾い、原点に近いところから順に太い線へ重なっていく。下の帯は積を展開したときの の係数で、 の分ずつ に近づき、 が大きいと残りの差はおよそ になる。帯の下の目盛りは同じ長さを 倍したもので、 が右端の に近づいていく。
を根の積に分解してよいことを示すには、関数論の準備が要る。ここでは、高校で習う範囲で書ける別の証明を示す。
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では なので、逆数を 2 乗して を使うと
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ド・モアブルの公式で を展開すると、 と の 次の多項式の積になる。()では左辺が 0 なので、 は次の方程式の 個の解である。
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解と係数の関係から、解の和は
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手順 1 に を入れて から まで足し、 を使うと
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全体に を掛けると
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を大きくすると、両側の分数はどちらも 1 に近づくので
数で確かめると、 では、和 は左端の と右端の の間にある。 では、和 が と にはさまれ、はさむ幅はどんどん狭くなる。
この証明は、ヤグロム兄弟の 1954 年の問題集に載り、その後も何人もの数学者が独立に見つけ直している。
応用
2 つの整数が互いに素である確率。 でたらめに選んだ 2 つの整数が、1 のほかに公約数を持たない確率は % である。2 つとも素数 で割り切れる確率は なので、どの素数でも割り切れない確率は で、これはオイラー積からちょうど になる。1 から 1000 までの整数の組 100 万通りを数えると、互いに素な組は 608383 通り(60.84 %)で、ここから逆算すると になる。確率の形では、1881 年にチェザロが示した。木を格子状に植えた果樹園の角に立つと、手前の木に隠されずに見える木は、座標が互いに素な木だけである。見える木の割合も同じ になる。
遅い和を速くする。 1 から 10 までの項を足すと 1.5497… にしかならない。ところが、残りの部分をおよそ と見積もって足すと、 でも 1.6449344 となり、小数第 6 位まで正しい。この見積もりは、オイラーが 1730 年代に見つけた和の公式(のちにオイラー・マクローリンの公式と呼ばれる)から出る。和の残りを見積もって計算を速める方法は、いまも数値計算の基本である。
図示
ヤコブ・ベルヌーイが示した「和は 2 を超えない」は、この並べ方で目に見える。ただし、ちょうどいくつかは、この図からは分からない。
シミュレーション
「部分和」では、足す項の数が 1 から 1 万まで、すっと増えてから止まる。生の和(実線)はなかなか に届かないが、残りを見積もって足した値(破線)は、10 項ほどで線に重なる。下の段は との差を桁で表したもので、生の和は項を 10 倍にしてやっと 1 桁縮むのに対し、見積もりを足した値は一気に縮む。「互いに素な点」では、格子点のうち座標が互いに素なものだけを点で示し、その割合が 60.8 % に近づく様子と、そこから逆算した の値を表示する。
広がる学問
- 数学 バーゼル問題は、リーマンのゼータ関数 の での値である。素数全体についての積と整数全体についての和が等しいというオイラー積は、素数定理の証明や、素数が無限にあることの別証明につながった。
- 物理学 熱い物体が放つ光の強さは温度の 4 乗に比例する(シュテファン・ボルツマンの法則)。その比例定数をプランクの式から計算すると、積分 が出てくる。これは である。
- 音楽 のこぎり波の音では、 番目の倍音の振幅が に比例する。波のエネルギーは振幅の 2 乗の和なので、倍音をすべて合わせたエネルギーの計算に が現れる。
- 情報科学 互いに素な組の割合 は、乱数から を見積もる例としてよく使われる。また、ランダムな分数がすでに約分されている割合や、互いに素な整数の組を作る計算の手間の見積もりにも使われる。
参考文献
- Leonhard Euler, "De summis serierum reciprocarum"(E41), Commentarii Academiae Scientiarum Petropolitanae 7 (1740), 123-134.
- Leonhard Euler, "De summatione innumerabilium progressionum"(E20), Commentarii Academiae Scientiarum Petropolitanae 5 (1738), 91-105.
- William Dunham, Euler: The Master of Us All (Mathematical Association of America, 1999), Chapter 3.
- Martin Aigner, Günter M. Ziegler, Proofs from THE BOOK (Springer), "Three times π²/6".
- R. Apéry, "Irrationalité de ζ(2) et ζ(3)", Astérisque 61 (1979), 11-13.
- Jakob Bernoulli, Tractatus de seriebus infinitis (Basel, 1689).
- A. M. Yaglom, I. M. Yaglom, Challenging Mathematical Problems with Elementary Solutions, Vol. 2(ロシア語の原書は 1954 年)