
出典: Wikimedia Commons・Niklaus Bernoulli (1662-1716)・Public domain
生涯
1655 年 1 月 6 日、スイスのバーゼルで、香辛料を商う家に生まれた。父の望みで哲学と神学を学び、1671 年に哲学の修士、1676 年に神学の学位を得た。そのかたわら、ひそかに数学と天文学を学んだ。
1676 年からジュネーブで家庭教師をし、フランスに 2 年ほど滞在した。1681 年にオランダ、続いてイングランドを訪れ、ボイルやフックと会った。バーゼルに戻ると 1683 年から力学などを教え、1687 年にバーゼル大学の数学の教授になった。亡くなるまでその職にあった。
弟のヨハンとともに、ライプニッツの微積分をいち早く使いこなした。1690 年の論文では「積分」という言葉が、いまの意味で初めて使われた。無限級数の論文を何本も書き、利息の計算から指数の級数にもたどり着いた。死後の 1713 年に出た『推測法』は、試行を重ねると起こる割合が確率に近づくという大数の法則を収め、確率論の土台になった。弟とは激しく対立し、1697 年には仲が絶えた。1705 年 8 月 16 日、バーゼルで没した。墓には、対数らせんと「変わりながらも同じものとしてよみがえる」というラテン語を刻ませることを望んだ。