獅子の爪
1696 年 6 月、オランダのフローニンゲン大学にいたスイス出身の数学者ヨハン・ベルヌーイは、ライプツィヒの学術誌『アクタ・エルディトルム』に問題を出した。
高さの違う 2 点 、 があり、 は の真下ではない。重力だけで動く玉が、 から へ最も短い時間で降りるには、どんな曲線の道に沿えばよいか。
ライプニッツはすぐに解き、外国の数学者にも考える時間を与えるよう、ベルヌーイに期限を延ばすことを勧めた。ベルヌーイは 1697 年の初め、問題を刷り物にしてあらためて各地へ送り、「世界で最も優れた数学者たち」に呼びかけた。
刷り物はロンドンにも届いた。当時のニュートンは王立造幣局の監事で、国じゅうの硬貨を作り直す大事業に追われていた。のちに姪の夫ジョン・コンデュイットが残した覚え書きによると、ニュートンは 1697 年 1 月 29 日、造幣局のあるロンドン塔から午後 4 時にくたくたになって帰り、届いた問題を見て、解き終わるまで寝なかった。解けたのは朝の 4 時だったという。
ニュートンは答えを、名前を伏せて王立協会の会長モンタギューに送った。答えは『フィロソフィカル・トランザクションズ』に無署名で載った。曲線の名前と作り方だけで、導き方は書かれていなかった。
ベルヌーイはこの短い答えを読み、作者がニュートンだと見抜いた。1697 年 3 月、フランスのバナージュに宛てた手紙に、名前が無くても「爪で獅子が分かるように」(ex ungue leonem)作者が分かる、と書いている。よく引かれる tanquam ex ungue leonem の形は、1855 年のブルースターによるニュートンの伝記から広まったものである。
1697 年 5 月の『アクタ・エルディトルム』には、ヨハン本人、兄のヤコブ、ライプニッツ、フランスのロピタルの解答と、ニュートンの答えの転載が並んだ。答えはどれも同じ曲線、サイクロイドだった。兄ヤコブは解答と一緒に、弟へ別の難問を突き付けた。周の長さが決まった曲線の中で、ある面積を最大にするものを求める、等周不等式の仲間の問題である。兄弟の仲は、この応酬でいっそう悪くなった。
起源
最も速い道は直線ではない。このことに最初に気づいたのはガリレオである。1638 年の『新科学対話』で、円の弧に沿って 2 本の弦をつないだ折れ線の方が、1 本の弦をまっすぐ降りるより早く着くことを示した。そこから彼は、最も速い道は円の弧だと考えた。これは誤りだった。
サイクロイドは、転がる円の周の 1 点が描く曲線である。17 世紀には多くの数学者がこの曲線を調べた。フランスのロベルヴァルは、1 回転分の曲線の下の面積が円の面積の 3 倍であることを、イギリスのレンは、1 回転分の長さが円の半径の 8 倍であることを示した。オランダのホイヘンスは 1673 年の『振り子時計』で、逆さにしたサイクロイドの上では、どの高さから玉を放しても、いちばん下に着くまでの時間が同じになること(等時性)を証明し、振り子の糸をサイクロイドの板ではさんで、振れ幅によらず周期が同じになる時計を設計した。
ヨハン・ベルヌーイの解き方は、光の進み方を借りたものだった。光は、速さの違う層を通るとき、かかる時間が最も短くなる道を選ぶ(フェルマーの原理)。その結果、スネルの法則に従って曲がる。落ちる玉の速さは深さとともに増える。そこで、空間を薄い水平の層に分け、層ごとに速さが違う媒質を光が進むと考えれば、玉の最速の道は光の道と同じになる。
この問題をきっかけに、「関数の中から、ある量を最小にするものを選ぶ」問題が数学の 1 つの分野になった。オイラーが 1744 年に一般の方法をまとめ、ラグランジュが 1755 年に記号を整えた。オイラーは 1766 年にこれを「変分法」と名づけた。
証明
を原点とし、 を下向きにとる。玉は摩擦なしで滑るものとし、ベルヌーイの光の方法で道を求める。
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玉の速さは、落ちた高さだけで決まる。運動エネルギーと位置エネルギーの和が保存されるからである。
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薄い層を進む光に、フェルマーの原理とスネルの法則を当てはめる。道が鉛直となす角を とすると、層をまたいでも次の量が変わらない。
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道の傾きを とすると、鉛直となす角の sin は、傾きで書ける。
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1〜3 を合わせると、道の満たす式が出る。 と置く。
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サイクロイド 、 を入れて確かめる。 だから、
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かかる時間も求まる。、 なので、
時間は に比例して進み、いちばん下()までは かかる。手順 2 の「層に分けて光とみなす」部分は、オイラーとラグランジュの変分法(オイラー・ラグランジュ方程式)で厳密に導き直せる。結果は同じ式 になる。
応用
直線より 16 % 速い。 半径 m のサイクロイドで、 から水平に m、下に 2 m の点 まで降りる。サイクロイドなら 秒。同じ 2 点を直線で結ぶと、長さ m、斜面に沿った加速度は で、かかる時間は 秒になる。ガリレオの円の弧(いちばん下が の円)では約 秒で、サイクロイドにわずかに負ける。
どこから放しても同じ時間。 逆さのサイクロイドの上では、いちばん下から道に沿って測った長さを とすると、 で、坂の向きの加速度は になる。ばねにつないだおもりと同じ形の式なので、どの高さから放しても周期は 、いちばん下までは で着く。 m なら約 1 秒である。ホイヘンスはこの性質を振り子時計に使った。ふつうの円の振り子は、振れ幅が大きいと周期がわずかに長くなる(振り子の周期)。サイクロイドの振り子なら、振れ幅によらない。
光の道との対応。 ベルヌーイの解き方は逆向きにも使える。深さによって屈折率が変わる媒質の中で、光がどう曲がるかは、同じ形の式で計算する。海の中の音の伝わり方や、蜃気楼の光の道も、この考えで求める。
図示
サイクロイドは、はじめに真下へ急に落ちて速さを稼ぎ、その速さで長い道を一気に進む。直線は道が短いが、ずっと緩い坂なので速さが出ない。
シミュレーション
3 つの玉が同時に を出て を目指す。太い線がサイクロイド、破線が円の弧、細い線が直線である。 の丸をドラッグすると、3 本の道が作り直される。 が から遠く浅いときは、サイクロイドは より深く潜ってから上ってくる。それでもいちばん早い。「等時性」にすると、高さの違う所から放した玉が、同じ時刻にいちばん下で出会う。
広がる学問
- 物理学 「ある量を最小にする道を選ぶ」という考えは、のちに最小作用の原理として力学全体の土台になった。ラグランジュの力学や、光学のフェルマーの原理は、どちらも変分法の言葉で書かれる。
- 工学 ロケットや航空機を、燃料や時間が最も少なくなるように飛ばす軌道の計算は、変分法を発展させた最適制御の問題である。
- 経済学 1928 年にラムジーは、国がどれだけ貯蓄すれば将来までの満足の合計が最大になるかを、変分法で解いた。1931 年のホテリングは、石油のような使えば無くなる資源を、どの速さで掘るのが最適かを同じ方法で論じた。
参考文献
- Johann Bernoulli, "Problema novum ad cujus solutionem Mathematici invitantur", Acta Eruditorum (June 1696), 269.
- Acta Eruditorum (May 1697): solutions by Leibniz (201-205), Johann Bernoulli (206-211), Jacob Bernoulli (211-214), l'Hôpital (217-220), and Newton (reprint, 223-224).
- [Isaac Newton], "Epistola missa ad praenobilem virum D. Carolum Montague", Philosophical Transactions 19 (1697).
- Christiaan Huygens, Horologium Oscillatorium (Paris, 1673).
- Herman H. Goldstine, A History of the Calculus of Variations from the 17th through the 19th Century (Springer, 1980).
- Richard S. Westfall, Never at Rest: A Biography of Isaac Newton (Cambridge University Press, 1980).