テイラー展開

Taylor series

テイラーより 44 年早く、式は本屋の手紙の裏に書かれていた。

何回でも微分できる関数を、1 点での微分の値だけから多項式で近づける。電卓の sin から物理の近似まで、計算の土台になる展開。

年代
1715年(源流は14〜15世紀のインド)
人物
ブルック・テイラー、ジェームズ・グレゴリー、マーダヴァ、アイザック・ニュートン、コリン・マクローリン、ジョゼフ=ルイ・ラグランジュ
逸話

本屋の手紙の裏

1671 年 2 月 15 日、スコットランドのセント・アンドルーズ大学で数学を教えていたジェームズ・グレゴリーは、ロンドンのジョン・コリンズに手紙を書いた。コリンズは学者どうしの手紙を取り次ぎ、新しい結果を広める世話役だった。

手紙には、 や などの関数を、 の累乗の無限の和で表す式がいくつも並んでいた。どうやって導いたかは、書かれていなかった。コリンズの返事には、ケンブリッジのニュートンも似た方法を見つけている、とあった。グレゴリーは、ニュートンが発表するまで自分の発表を待つことにした。ニュートンもなかなか発表しなかった。

1675 年 10 月、エディンバラ大学に移って 1 年ほどのグレゴリーは、夜、学生たちに望遠鏡で木星の衛星を見せていたときに脳卒中で倒れ、目が見えなくなった。数日後、36 歳で亡くなった。

導き方のメモは、1671 年 1 月 30 日付でエディンバラの本屋から届いた手紙の裏に残っていた。1930 年代、数学者ハーバート・ターンブルがセント・アンドルーズ大学の図書館で遺稿を調べ、そこに、関数を何回も微分した値を係数に使う計算を見つけた。いまテイラー展開と呼ぶものそのものである。ターンブルは 1939 年に、遺稿と手紙をまとめて刊行した。

名前に残ったブルック・テイラーが一般の形を発表したのは 1715 年で、グレゴリーのメモから 44 年後である。テイラーは王立協会の書記を務め、ニュートンとライプニッツの先取権を調べた委員会にも加わっていた(微分積分学の基本定理)。私生活では 2 人の妻をどちらもお産で亡くし、1731 年に 46 歳で世を去った。「テイラー級数」という呼び名は、彼の死後、1780 年代にスイスのリュイリエが使ったのが最初とされる。

起源

関数を累乗の無限の和で表す考えの、確かな記録で最も古いものは、南インドのケーララ地方にある。14〜15 世紀の天文学者マーダヴァは、・・ を無限の和で表す式を得ていたとされる。本人の数学の著作は残っていない。その仕事は、約 100 年後のニーラカンタら、ケーララの後の数学者の書物を通じて伝わる。1550 年ごろのジェーシュタデーヴァ『ユクティバーシャー』は、マーダヴァが級数をどう導いたかを書いている。 を使うと、 が出る。この知識がヨーロッパに伝わったという確かな記録は無い。

ヨーロッパでは 17 世紀後半に動きが重なる。ニュートンは 1669 年の草稿『無限個の項をもつ方程式による解析について』で などの級数を示し、グレゴリーは 1671 年に、何回も微分した値から係数を決める一般の方法にたどり着いた。

ブルック・テイラーは 1715 年の『増分法』で、どの関数にも使える形として発表した。出発点は、表の値の差を使う補間の公式である。差をとる間隔を限りなく小さくすると、差は微分に変わり、この展開になる。1742 年にはスコットランドのマクローリンが『流率論』で の場合を詳しく扱った。 のときをマクローリン展開と呼ぶのはこのためである。

ラグランジュは 1772 年にこの展開を「微分学の基本原理」と呼び、1797 年の『解析関数の理論』で、途中で打ち切ったときのずれ(剰余項)を表す形を示した。一方でコーシーは 1820 年代に、( では と決める)という関数を挙げた。原点で何回微分しても なので、展開はすべての係数が になる。しかし関数そのものは ではない。テイラー展開は、いつでも元の関数に戻るとは限らない。

証明

が と の間で 回微分でき、その導関数が連続だとする。微分積分学の基本定理から出発し、部分積分を繰り返す。

  1. 基本定理で、 を での値と変化の積み重ねに分ける。

  2. 積分を部分積分する。 で微分すると になる関数として を選ぶのがこつである。

  3. 同じことをもう 1 回行うと、2 次の項が出る。

  4. 回繰り返すと、多項式と残り(剰余項) に分かれる。

  5. と の間で なら、残りの大きさは次の数で抑えられる。

  6. 、 では、どの導関数も なので にとれる。 は よりずっと速く大きくなるので、 で となり、次の式が成り立つ。

同じ評価で、 と もすべての で展開と一致する。どの導関数も絶対値が 以下だからである。

応用

電卓の sin。 で を計算すると、2 項で 、3 項で となり、正しい値 と小数第 10 位まで合う。電卓やコンピュータは、角度を の近くに引き戻してから、こうした多項式(実際には誤差がさらに小さくなるよう係数を調整したもの)で値を出す。

平方根の暗算。 を のまわりで展開すると になる。 は で、正しい値 と小数第 3 位まで合う。

の値。 を入れると になる。 までの 10 項を足すと で、ネイピア数の値 に小数第 6 位まで合う。

振り子の近似。 を 1 項目で打ち切ると になる。この近似を使うと、振り子の周期は振れ幅によらない になる。振れ幅 (0.1745 rad)では で、ずれは 0.5 % ほどである。

相対性理論から古典力学へ。 速さ の物体のエネルギー を について展開すると、 となる。最初の項が静止エネルギー、次の項がニュートン力学の運動エネルギーである。速さが光より十分遅いとき、2 つの理論が一致する理由がここにある。

図示

太い曲線が sin x。0 を中心にした 1 次・3 次・5 次・7 次の多項式を重ねる。次数が上がるほど、sin x に沿う範囲が左右に広がる。

1 次の多項式は直線 で、原点のすぐ近くでしか合わない。項を 1 つ足すごとに、曲がり方の情報が 1 つ加わり、合う範囲が外へ伸びる。3 次は原点での曲がり方の変化まで、5 次・7 次はさらに細かい形まで写し取る。どの多項式も、遠くへ行けば必ず上か下へ飛び出していく。多項式は が大きくなると最高次の項が勝つからである。 は何次の多項式でも表しきれず、全体を写すには無限の項が要る。中心 を動かせば、別の点のまわりでも同じことができる。

シミュレーション

中抜きの太い線が元の関数、細い線がテイラー多項式である。次数 が 1 つずつ上がり、多項式が関数に沿う範囲が広がっていく。グラフをドラッグすると中心 が動く。 と では、次数をいくら上げても、点線の外(収束半径の外)では多項式が暴れる。 は実数の上ではなめらかなのに収束半径が で止まる。複素数の で分母が になるからである。

広がる学問

  • 物理学 小さな振動・小さな傾き・遅い速さの近似は、どれも展開を 1〜2 項で打ち切ったものである。ばねのフックの法則も、位置エネルギーを釣り合いの位置のまわりで 2 次まで展開した形とみなせる。
  • 工学 非線形の装置を設計するとき、動作点のまわりで 1 次まで展開した線形モデルを作り、制御の計算に使う。測定の誤差がどう伝わるかの計算も、1 次の展開による。
  • 情報科学 方程式の解を求めるニュートン法は、関数を 1 次まで展開して 0 になる点へ進む方法である。機械学習の最適化でも、損失を 1 次・2 次まで展開して次の一歩を決める。
  • 経済学 債券の値段が金利の変化でどれだけ動くかは、値段を金利について展開した 1 次の係数(デュレーション)と 2 次の係数(コンベクシティ)で見積もる。

参考文献

  1. Brook Taylor, Methodus Incrementorum Directa et Inversa (London, 1715).
  2. H. W. Turnbull (ed.), James Gregory Tercentenary Memorial Volume (G. Bell and Sons for the Royal Society of Edinburgh, 1939).
  3. Ranjan Roy, "The Discovery of the Series Formula for π by Leibniz, Gregory and Nilakantha", Mathematics Magazine 63 (1990), 291-306.
  4. Colin Maclaurin, A Treatise of Fluxions (Edinburgh, 1742).
  5. J.-L. Lagrange, Théorie des fonctions analytiques (Paris, 1797).
  6. MacTutor History of Mathematics, "Brook Taylor" / "James Gregory" (University of St Andrews).

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