宝石と呼ばれた式
1961 年から 1963 年にかけて、物理学者リチャード・ファインマンはカリフォルニア工科大学の 1・2 年生に物理学の講義をした。講義録『ファインマン物理学』の第 1 巻 第 22 章「代数」は、数を数えることから話を始め、足し算、掛け算、累乗、対数、虚数へと、数の決まりを一段ずつ広げていく。章の最後に置かれたのがこの式である。ファインマンはこれを「数学で最も驚くべき公式」と呼び、「これが我々の宝石である」と結んだ。
この式を最初に手にしたのは、オイラーではなかった。ケンブリッジ大学のロジャー・コーツは、ニュートンの『プリンキピア』第 2 版(1713)の編集を任された若い数学者だった。コーツは 1714 年、王立協会の『哲学紀要』に載せた論文「ロゴメトリア」で、今の記号で書けば にあたる関係を示した。対数の側から書いた、オイラーの公式と同じ中身である。
コーツは 1716 年、33 歳で亡くなった。ニュートンは「彼が生きていれば、我々はもっと多くを知ることができただろう」と惜しんだと伝えられる。遺稿は従弟のロバート・スミスがまとめ、1722 年に『ハルモニア・メンスラールム』として出版した。
オイラーがこの式を 1748 年に本で示したとき、右目はすでに見えていなかった。1738 年ごろから右目がほとんど見えなくなり、晩年には両目ともほとんど見えなくなった。それでも口述で論文を書き続け、生涯の著作は 800 を超える。式の左辺にある も、右辺にある も、オイラーが使い始めた記号である。
起源
指数関数と三角関数のつながりは、18 世紀の初めに積分の計算から見えてきた。
1702 年、ヨハン・ベルヌーイは を虚数を使って 2 つの分数に分けると、逆正接(arctan)の積分が虚数の対数で書けることに気づいた。円の角度と対数が、虚数を通して同じものの表と裏になっていた。同じころアブラーム・ド・モアブルは、今のド・モアブルの定理 にあたる関係を使って、角を 等分する問題を扱った。
1714 年のコーツの結果は、前の章に書いた通りである。ただしコーツの論文は難解で、広く読まれなかった。
オイラーは 1740 年ごろ、指数関数と三角関数の無限級数を見比べてこの関係にたどり着いた。1748 年の『無限解析序説』第 1 巻 第 8 章で、 と書いている。虚数単位を と書くのは、1777 年のオイラーの論文(1794 年出版)からで、ガウスが使ったことで広まった。
この式は、数学者どうしの古い言い争いにも決着をつけた。ライプニッツは負の数の対数は虚数だと考え、ヨハン・ベルヌーイは だと主張して、手紙で譲らなかった。オイラーは 1747 年に書き 1751 年に出た論文で、公式から となることを使い、どの数にも対数が無限に多くあることを示した。 は , , などで、どれも虚数である。負の数の対数は虚数だというライプニッツの結論が正しく、ベルヌーイの は成り立たない。論文の要は、対数が 1 つの値に決まらないという点にあった。
複素数を平面の点として描き、掛け算を回転として読む見方は、さらに遅れて生まれた。1797 年にノルウェー生まれの測量技師カスパー・ヴェッセルがデンマーク王立科学アカデミーで発表し(1799 年出版)、1806 年にジャン=ロベール・アルガンが独立に、1831 年にガウスが改めて示した。この見方に立つと、オイラーの公式は「 は単位円の上で角 の位置にある点」と読める。
証明
指数関数・余弦・正弦の、どの でも収束する級数を使う。
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指数関数の級数に を代入する。
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の累乗は 4 つごとに同じ値を繰り返す。
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これを入れて、 の付かない項と付く項に分ける(絶対収束する級数なので並べ替えてよい)。
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1 つめの括弧は余弦の級数である。
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2 つめの括弧は正弦の級数である。
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合わせて
級数を使わない確かめ方もある。 を微分すると、積の微分の 4 つの項が打ち消し合って になる。 なので はいつも 1 であり、 が出る。
運動として読むこともできる。 を で微分すると になる。 を掛けると向きが 90° 変わるので、速度はいつも位置に直角で、大きさは 1 である。位置に直角な速度で動く点は、中心からの距離を変えずに回り続ける。
なので、 の大きさはいつも 1 である。 が増えると、点は単位円の上を反時計回りに進む。指数法則 は、回転を 2 回続けると角度が足されることを言っている。
応用
三角関数の加法定理。 の右辺を展開し、実部と虚部を比べると と正弦の加法定理が同時に出る。暗記していた公式が、指数法則の 1 行に収まる。
回転の計算。 平面の点 を複素数 とみなし、 を掛けると で、点は原点のまわりに 90° 回る。60° 回すなら を掛ければよい。
交流回路。 1893 年、電気技術者チャールズ・スタインメッツは、交流の電圧と電流を複素数で表す計算法を国際電気会議で発表した。周波数 50 Hz の交流で、100 Ω の抵抗と 0.5 H のコイルを直列につなぐと、コイルの働きは Ω になる。回路全体のインピーダンスは Ω で、大きさは Ω、電流は電圧より約 57.5° 遅れる。100 V をかけると流れる電流は約 0.54 A である。微分方程式を解く代わりに、複素数の割り算で答えが出る。
音を周波数に分ける。 録音した音を、どの高さの音がどれだけ含まれるかに分けるには、データに を掛けて足し合わせる(離散フーリエ変換)。1024 個のデータをそのまま計算すると、掛け算は約 105 万回になる。1965 年にクーリーとテューキーが広めた高速フーリエ変換(FFT)は、 の周期性を使って計算を半分ずつに分け、約 5000 回で済ませる。音楽アプリの周波数表示も、MRI の画像の再構成も、この計算の上にある。
図示
シミュレーション
「円と波」では、点が単位円の上を回り、その縦の位置が正弦の波、横の位置が余弦の波を描く。点をドラッグすると角 を自分で動かせる。「級数」にすると、、、 と、項を 1 本ずつ矢印でつないでいく。矢印は毎回 90° 向きを変える。 が大きいと初めは長くなるが、やがて短くなり、単位円の上の点 に巻き付くように近づく。
広がる学問
- 数学 オイラーの等式 は、この式に を入れたものである。フーリエ級数は、関数を の重ね合わせとして書く。複素関数論は、この式を出発点に、実数だけでは見えない関数の性質を調べる。
- 物理学 振動や波は の形で書くと、微分が掛け算に変わって計算が簡単になる。シュレーディンガー方程式の解は本質的に複素数で、時間とともに の速さで位相が回る。
- 工学 交流回路・電動機・電力網の設計は、電圧と電流を複素数(フェーザ)で表す方法の上に成り立っている。制御工学の伝達関数も、 を入れて周波数ごとの応答を調べる。
- 情報科学 高速フーリエ変換(FFT)は、 を掛けて足す計算を高速に行う方法で、音声・画像・通信の処理の中心にある。2 次元の回転を複素数の掛け算で書く方法は、3 次元では四元数に広がり、ゲームやロボットの姿勢の計算に使われる。
参考文献
- Leonhard Euler, Introductio in analysin infinitorum, Tomus 1 (Lausanne, 1748), Caput VIII.
- Richard P. Feynman, Robert B. Leighton, Matthew Sands, The Feynman Lectures on Physics, Vol. I, Chapter 22 (Addison-Wesley, 1963).
- Roger Cotes, "Logometria", Philosophical Transactions of the Royal Society 29 (1714), 5-45.
- Leonhard Euler, "De la controverse entre Mrs. Leibnitz et Bernoulli sur les logarithmes des nombres négatifs et imaginaires", Mémoires de l'académie des sciences de Berlin 5 (1751), 139-179.
- Paul J. Nahin, Dr. Euler's Fabulous Formula: Cures Many Mathematical Ills (Princeton University Press, 2006).
- Eli Maor, e: The Story of a Number (Princeton University Press, 1994).