友人への手紙
1905 年の夏、スイスのベルンの特許局で技術審査官として働いていた 26 歳のアルベルト・アインシュタインは、友人コンラート・ハビヒトに手紙を書いた。ハビヒトは、ベルンで本を読み合い議論した小さな集まり「アカデミー・オリンピア」の仲間である。
手紙には、その年の 6 月に投稿した「動いている物体の電気力学について」(特殊相対性理論の論文)から、もう 1 つの帰結を思いついたとある。相対性原理とマクスウェルの方程式を合わせると、質量は物体に含まれるエネルギーの直接の尺度でなければならない。光は質量を運ぶ。ラジウムでは、目に見えるほど質量が減るはずだ。
そして、こう続ける。この考えはおもしろく、心を誘う。だが、神様がこれを笑っていて、自分を鼻先で引き回しているのかどうかは、わからない。
アインシュタインは同じ年の 9 月 27 日、3 ページの短い論文「物体の慣性はそのエネルギーの量によるのか」を『物理学年報』に送った。結論は 1 文である。物体がエネルギー を放射として出すと、その質量は だけ減る。 は光の速さで、いまの記号では にあたる。論文の最後には、エネルギーが大きく変わる物体、たとえばラジウムの塩で、この理論が確かめられるかもしれない、と書き添えた。
という、いまおなじみの形の式は、この論文には出てこない。
起源
電磁気のエネルギーが質量のようにふるまうことは、アインシュタインより前にも論じられていた。1900 年、フランスのアンリ・ポアンカレは、電磁波のエネルギーを、質量 をもつ仮想の流体のように扱うと、重心の運動の法則が保たれることを示した。1904 年には、オーストリアのフリードリヒ・ハーゼンエールが、熱放射を閉じ込めた箱は、放射のエネルギーに比例して重くなるという計算を発表した。ただし、どちらも電磁気の現象に限った話で、比例の係数も今の値とは違っていた。
アインシュタインの 1905 年の論文は、相対性原理だけを使い、放射に限らず、どんな形のエネルギーでも質量と結びつくと示した点で新しかった。1906 年には、箱の中を光が進む思考実験で、重心が動かないためには光が質量 を運ばなければならないことも示している。
実験で確かめられたのは 1930 年代である。1932 年、ケンブリッジのジョン・コッククロフトとアーネスト・ウォルトンは、加速した陽子をリチウムに当て、原子核を 2 つのヘリウム原子核に割った。反応の前後で減った質量と、飛び出したヘリウムの運動エネルギーの関係は、この式で説明された。2005 年には、原子核が中性子を取り込むときに出るガンマ線のエネルギーと、取り込む前後の質量の差を精密に比べる実験で、式が 1000 万分の 4 の精度で確かめられた。
1938 年の暮れ、オットー・ハーンらがウランの原子核が分裂することを見つけた。亡命中のリーゼ・マイトナーと甥のオットー・フリッシュは、分裂の前後の質量の差から、1 回の分裂で約 2 億電子ボルトのエネルギーが出ると見積もった。この知識は、数年のうちに原子爆弾につながった。
証明
アインシュタインの 1905 年の導き方をたどる。静止している物体が、互いに反対の向きへ、エネルギー ずつの光を出す。反対向きに同じだけ出すので、物体は止まったままである。この様子を、物体に対して速さ で動く人から見る。 とする。
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止まって見る人にとって、光を出す前後の物体のエネルギーを 、 とすると、エネルギーの保存から
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動く人から見ると、2 つの光のエネルギーはドップラー効果でそれぞれ になり( は光の向きと、人が動く向きとのなす角)、合計は になる。前後の物体のエネルギーを 、 とすると
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2 から 1 を引くと
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は、同じ物体を動く人と止まった人が見たエネルギーの差である。定数の違いを除けば、動く人から見た物体の運動エネルギー にあたる。その定数は光を出す前と後で変わらないので、差をとると消える。
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が よりずっと小さいとき、 なので
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物体の速さ は光を出す前後で変わらない。運動エネルギー が減ったのは、質量が減ったためである。
出したエネルギーが光であることは使っていない。物体がどんな形でエネルギーを失っても、質量は だけ減る。逆に、止まっている物体は、質量 に相当するエネルギー をもっている(静止エネルギー)。
はとても大きい。1 g の質量は J、約 2500 万 kWh にあたる。
応用
太陽が軽くなる速さ。 太陽は毎秒 J の光を出している。これを で割ると、毎秒約 kg、つまり 1 秒に 430 万トンずつ軽くなっている。46 億年続けても、失った質量は太陽全体の約 0.03 % である。
核融合。 太陽の中では、4 個の水素の原子核が、いくつかの段階を経て 1 個のヘリウムの原子核になる。原子の質量で比べると、反応前の 4.0313 u に対し、ヘリウムは 4.0026 u で、約 0.7 % が消える。この 0.0287 u が、26.7 MeV のエネルギーになる。
原子力発電。 ウラン 235 が中性子を取り込んで分裂すると、反応の前後で質量の約 0.08〜0.09 % が減り、1 回あたり約 2 億電子ボルトのエネルギーが出る。
化学反応では測れない。 メタンを燃やすと 1 mol あたり約 800 kJ の熱が出る。これを質量に直すと約 kg で、燃える前の物質の 100 億分の 1 ほどにすぎない。化学では質量が保存されると考えてよいのは、このためである。
PET 検査。 がんの検査に使う PET では、体に入れた薬から出る陽電子が、まわりの電子と出会って消える。電子 1 個の質量は 0.511 MeV にあたり、2 つの質量がそっくり、反対向きに飛ぶ 2 本のガンマ線になる。装置はこの 2 本を同時に捉えて、出た場所を割り出す。
図示
シミュレーション
反応を選ぶと、反応の前と後の質量が棒で並ぶ。画面は止まったあと、すっと拡大し、ふだんは見えない棒の先の小さな差 を見せる。必要な拡大の大きさが、反応ごとのエネルギーの違いを表している。化学反応では 40 億倍ほどに拡大して、ようやく差が見える。電子と陽電子の対消滅では、2 つの粒子の質量がすべて光のエネルギーに変わる。反応する物質の量を変えると、出るエネルギー が変わる。
広がる学問
- 物理学 陽子や中性子の質量の大部分は、その中の粒子の質量ではなく、粒子を結びつける強い力のエネルギーから来ている。素粒子の加速器では、衝突のエネルギーから新しい粒子の質量が生まれる。
- 天文学 恒星の寿命は、核融合で失える質量の量で決まる。重い星ほど速く燃え尽き、最後に超新星爆発を起こす。
- 医学 PET 検査は、電子と陽電子の質量がガンマ線に変わることを使って、がんの広がりや脳のはたらきを画像にする。
- 工学 原子力発電所は、ウランの核分裂で減る質量を熱に変えて発電する。核融合炉の研究も、同じ式で出るエネルギーを見積もっている。
- 化学 原子核の質量と、ばらばらの陽子と中性子の質量の和の差(質量欠損)から、原子核のつながりの強さ(結合エネルギー)がわかる。鉄のあたりで最も強く、軽い元素は融合で、重い元素は分裂でエネルギーを出す。
参考文献
- A. Einstein, "Ist die Trägheit eines Körpers von seinem Energieinhalt abhängig?", Annalen der Physik 18 (1905), 639-641.
- A. Einstein, コンラート・ハビヒトへの手紙(1905 年 6〜9 月), The Collected Papers of Albert Einstein, Vol. 5, Doc. 28 (Princeton University Press, 1993).
- J. D. Cockcroft and E. T. S. Walton, "Experiments with High Velocity Positive Ions. II. The Disintegration of Elements by High Velocity Protons", Proceedings of the Royal Society A 137 (1932), 229-242.
- S. Rainville et al., "A direct test of E=mc²", Nature 438 (2005), 1096-1097.
- L. Meitner and O. R. Frisch, "Disintegration of Uranium by Neutrons: a New Type of Nuclear Reaction", Nature 143 (1939), 239-240.
- Abraham Pais, 'Subtle is the Lord...': The Science and the Life of Albert Einstein (Oxford University Press, 1982).