アレニウスの式

Arrhenius equation

砂糖が分解する速さは、温度が 1 度上がるだけで 1 割以上増えた。

反応の速さが温度でどう変わるかを表す式。山を越えるエネルギーを持つ分子の割合が、温度とともに指数関数で増える。食品の保存から生き物の体、岩石の年代まで。

年代
1889年
人物
スヴァンテ・アレニウス、ヤコブス・ファントホッフ、ヴィルヘルム・オストヴァルト、ペール・テオドール・クレーベ、エイモス・ドルベア、ヘンリー・アイリング
逸話

低い評価の学位論文

1884 年 5 月、スウェーデンのウプサラ大学で、25 歳のスヴァンテ・アレニウスが学位論文の審査を受けた。題は『電解質の電気伝導度の研究』。ストックホルムの科学アカデミーで塩や酸の溶液の電気の通しやすさを測り、その結果をフランス語でまとめたものである。

結論は大胆だった。水に溶けた電解質の一部は「活性な部分」になっていて、電流を運ぶのも、化学の反応を起こすのも、この部分だという。論文はまだ「分かれる」とは書いていないが、溶けた塩が電気を帯びた粒(イオン)に分かれるという、のちの電離説のもとになる考えである。

評価は低かった。『科学者伝記事典』によれば、論文は 4 番目の等級「non sine laude approbatur(称賛なしにではなく合格)」、口頭の審査は 3 番目の等級「cum laude approbatur(称賛をもって合格)」で、当時の慣例では大学で教える資格に足りなかった。最低の評価とする資料もある。

ストックホルムの化学の教授オットー・ペッテルソンは、その年の 12 月、雑誌『ノルディスク・レヴィ』の書評にこう書いた。「教授会はこの論文に non sine laude の評価を与えた。たいへん慎重な、しかしたいへん不幸な選択である。慎重さだけからでも、重大な誤りは起こりうる。アレニウスの論文には、それだけで教授会が与えうる評価のほとんどすべてに値する章がある」。

アレニウスは論文の写しを各地の学者に送っていた。その 1 人、リガのヴィルヘルム・オストヴァルトは深く感心し、1884 年 8 月にウプサラまで会いに来て、リガで教える職を申し出た。ウプサラの化学の教授ペール・テオドール・クレーベは、このときオストヴァルトに「塩化カリウムの溶液の中で塩素とカリウムが離れているなどと考えるのはナンセンスだ」と話したと伝えられる。オストヴァルトの訪問もあって、アレニウスはその年の 11 月、ウプサラ大学の物理化学の講師になった。

それからの数年、アレニウスは科学アカデミーの奨学金で、リガとライプツィヒのオストヴァルト、ヴュルツブルクのコールラウシュ、グラーツのボルツマン、アムステルダムのヤコブス・ファントホッフのもとを回った。この記事の式は、その旅の途中で生まれた。ショ糖が酸で分解する速さについての論文の末尾には、「ライプツィヒ、第 2 (物理)化学研究所。1889 年 7 月」とある。

1903 年、アレニウスはノーベル化学賞を受けた。理由は「電離の理論によって化学の進歩にもたらした並外れた貢献」で、温度の式は入っていない。12 月 10 日の祝宴で、クレーベが祝辞を述べた。「20 年前、私の研究室に 1 人の若い学士が現れ、『先生、私は新しい化学の理論を立てました』と言った。…正直に言えば、その考えは私にはまったく理解できなかった」。そして、この理論は化学者からは化学と認められず、物理学者からは物理学と認められなかったが、実は 2 つの間に橋を架けたのだ、と続けた。アレニウスは返礼の言葉の中で、クレーベを「わが敬愛する師」と呼んでいる。

起源

1 度で 1 割

反応が温度で速くなることは、19 世紀の化学者たちが測っていた。分からなかったのは、その速くなり方の式である。

1884 年、ファントホッフは『化学動力学の研究』で、熱力学から手がかりを引き出した。行きと帰りの反応が釣り合う化学平衡では、平衡の定数の温度による変わり方が、反応の熱で決まる。平衡の定数は行きと帰りの速さの定数の比なので、速さの定数 も

の形で温度とともに変わるはずだ、とファントホッフは論じた。 と は定数、 は絶対温度である。モノクロロ酢酸が水の中で分解する反応には、 とした を当てはめている。

1889 年、アレニウスは、ほかの研究者が測った 7 つの反応のデータを集めた。ショ糖の分解(ウレッヒ、シュポーア)や、酢酸エチルのけん化(ウォーダー)などである。そして、どれも 1 つの形

で表せることを示した。高めの温度で測られた 3 組のうち 2 組は式からずれたが、アレニウスは、高い温度では温度計が 1 度狂うだけで速さが 10〜15 % 変わることを挙げ、測定の難しさによるものと考えた。

次に、なぜこれほど速くなるのかを考えた。ふつうの温度で、反応の速さは 1 度ごとに 10〜15 % 増える。ところが気体分子運動論(理想気体の状態方程式)によれば、分子の速さは絶対温度の平方根に比例するので、1 度で約 1/6 % しか変わらない。分子どうしがぶつかる回数も同じ割合でしか増えない。液体の粘り気が減る割合も 1 度で約 2 % にすぎない。分子の動きが活発になるだけでは説明できない。

アレニウスの仮説はこうである。溶けたショ糖の大部分は反応しない「不活性なショ糖」で、そのごく一部が、熱を吸って「活性なショ糖」に変わり、両者は平衡にある。反応するのは活性なショ糖だけで、その量は 1 度ごとに約 12 % 増える。活性なショ糖の割合は平衡の定数なので、ファントホッフの平衡の式に従い、そこから上の式が出てくる。5 年前の学位論文の「活性な部分」と同じ発想である。

式の定数 (アレニウスの記号では )は、活性なショ糖ができるときに吸う熱 の半分で、シュポーアのショ糖の測定からは が求まった。2 で割るのは、カロリーで測った気体定数がほぼ 2 だからである。いまの書き方では で、活性化エネルギー は約 107 kJ/mol にあたる。論文の大半は、塩などを加えたときの分解の速さの議論である。活性なショ糖は、その土台として最初の節で持ち出された考えだった。

1896 年に出たファントホッフの本の改訂版(エルンスト・コーエン改訂)は、 の形に「アレニウス」と名前を添えた。そして、0 °C から 184 °C までで調べられた多くの反応で、温度が 10 度上がると速さが 2〜3 倍になることを表にまとめた。

「活性な分子」は、20 世紀に統計力学と量子力学が整ってから読み直された。反応する分子は、原子の並びが組み変わる途中で、エネルギーの山を越えなければならない。1935 年、ヘンリー・アイリングと、メレディス・エヴァンズとマイケル・ポランニーは、ほぼ同時に、山の頂上の状態(遷移状態)にある分子の割合を統計力学で数えて速さを計算する理論を発表した。そこから出てくる式 は、アレニウスの式とほぼ同じ形をしている。

証明

分子のエネルギーの分布から導く。簡単のため、分子が平面の上を動くとする。

  1. 温度 で、エネルギー を持つ状態に分子がいる確率は、ボルツマン因子に比例する。 はボルツマン定数である。

  2. 質量 の分子の速度を とする。速さが と の間にある速度は半径 の細い輪の上にあり、その面積は である。 から なので、輪の面積は によらない。

  3. したがって、エネルギーが と の間にある分子の割合は、 だけに比例する。全体を 1 にそろえると

  4. 山の高さ 以上のエネルギーを持つ分子の割合は

  5. 反応の速さの定数を、分子が出会う回数を表す因子と、山を越えられる割合の積と考える。エネルギーを 1 mol あたりで測って を気体定数 に替え、出会う回数の因子を と書くと

  6. 両辺の自然対数をとると、 は の 1 次式になる。

  7. 温度 と の速さの比では が消える。

  8. 25 °C(298.15 K)から 35 °C(308.15 K)で速さがちょうど 2 倍になるのは、7 の比を 2 と置いて

6 の式から、 を に対して描くと直線になり、その傾き から活性化エネルギーが読み取れる。この描き方をアレニウス・プロットという(図示)。指数の式は、対数をとると直線になる(対数の法則)。

アレニウス自身の筋は違った。活性な分子と不活性な分子の平衡の定数 が、ファントホッフの式 に従うとし、熱 を一定として積分して を得た。速さが活性な分子の量に比例するなら、 も同じ形になる。 を と読めば、2 つの筋は一致する。

3 次元の気体では 2 の輪が球の殻になり、4 の割合にほぼ に比例する因子が付く。分子が出会う回数も に比例して変わる。どちらも指数の部分よりずっとゆっくり変わるので、狭い温度の範囲では を定数とみなしてよい。広い範囲では のように のべきを掛けた形が使われる。

応用

ショ糖は 10 度で 4 倍。 アレニウスの定数 K を 7 の式に入れると、25 °C から 35 °C で速さは 倍になる。シュポーアが 1888 年に発表した速さの値は、25 °C で 9.67、55 °C で 491 だった。30 度で 50.8 倍である。式からは 倍が出る。

「10 度で 2 倍」が成り立つ条件。 よく言われるこの目安は、いつでも成り立つわけではない。証明の 8 のとおり、25 °C 付近で 2 倍になるのは が約 53 kJ/mol の反応で、84 kJ/mol なら 3 倍、ショ糖の 107 kJ/mol なら 4 倍になる。同じ 53 kJ/mol でも、0 °C から 10 °C では 2.3 倍に上がり、100 °C から 110 °C では 1.56 倍に下がる。指数の中の が、温度が高いほど小さくなるからである。

コオロギの温度計。 1897 年、アメリカの物理学者エイモス・ドルベアは『アメリカン・ナチュラリスト』に「温度計としてのコオロギ」という短い記事を書いた。夜、野原のコオロギはそろって鳴き、その速さは温度だけで決まるように見える。華氏 60 度(15.6 °C)で 1 分に 80 回、70 度(21.1 °C)で 120 回。ドルベアはこれを、華氏の温度 と 1 分あたりの回数 の 1 次式 にまとめた。

この 2 つの点をアレニウスの式に当てはめると、 から kJ/mol が出る。1972 年、カナダの化学者キース・レイドラーは、木にすむコオロギの鳴く速さやアリの歩く速さなどにアレニウスの式を当てはめ、コオロギでは約 51 kJ/mol を得たとされる。室温で 10 度上がるとほぼ 2 倍になる値である。1 次式と指数の式は、華氏 60 度から 70 度の間ではほとんど重なり(65 度で 100 回と 98 回)、外では離れていく(80 度で 160 回と 177 回)。

冷蔵庫。 が 53 kJ/mol の反応なら、25 °C から冷蔵庫の 5 °C に移すと速さは約 4.7 分の 1、冷凍庫の −18 °C では約 37 分の 1 になる。ただし食品が傷むのは微生物が増えることや水が凍ることにもよるので、日持ちはこの計算どおりにはならない。

図示

反応の進み方とエネルギー。反応する前の分子は、エネルギーの山を越えて初めて反応した後の状態に移れる。山の高さが活性化エネルギー Ea である。触媒は別の道筋をつくり、山を低くする。
平面を動く分子のエネルギーの分布。実線は 25 °C、破線は 35 °C。ほとんどの分子は低いエネルギーにいる。Ea = 52.9 kJ/mol の山の近くを縦に約 2.8 億倍に拡大すると、山を越える分子(斜線)は 25 °C でおよそ 19 億個に 1 個で、35 °C ではその 2.0 倍になる。
シュポーアが 1888 年に発表したショ糖の分解の速さ(点)を、縦は対数の目盛り、横は絶対温度の逆数で描いたもの(アレニウス・プロット)。5 つの点は、アレニウスが求めた傾き −12820 K の直線に乗る。

温度を 10 度上げても、分布の見た目はほとんど変わらない。変わるのは山の向こうの細いすそで、反応の速さを決めるのはその面積である。

シミュレーション

「分子のエネルギーの分布」では、山の印のドラッグかつまみで山の高さ と温度 を変える。拡大した窓の中で、山を越える分子(斜線)の面積が温度の上げ下げとともにふくらみ、縮む。「10 °C で何倍か」では、山の高さと倍率の関係が温度ごとの直線で見え、「2 倍になる山にする」を押すと、いまの温度で 2 倍になる高さに合わせる。「アレニウス・プロット」では線をドラッグして傾け、シュポーアのショ糖の 5 つの点に重ねると、傾きから が読める。

広がる学問

  • 化学 触媒は、別の道筋をつくって山を低くする。25 °C で が 10 kJ/mol 下がれば、速さは 倍になる。工場の反応の温度や、薬の使用期限の見積もりにもアレニウス・プロットが使われる。
  • 生物学 体の中の反応も温度で速くなる。10 度あたりの倍率は温度係数 と呼ばれる。1896 年のファントホッフの本は、クラウゼンの測定として、0 °C から 25 °C の間で 10 度上がると小麦の呼吸で出る二酸化炭素が平均 2.46 倍になることを挙げている。酵素の反応(ミカエリス・メンテン式)も温度で速くなるが、高すぎるとたんぱく質の形が崩れて止まる。
  • 物理学 ボルツマン因子 は統計力学の基本である(ボルツマンのエントロピー)。1940 年、ヘンドリック・クラマースは、液体の中でブラウン運動をする粒子が、山を越えて隣の谷へ移る速さを計算し、アレニウスの形を導いた。
  • 地球科学 鉱物の中を原子が動く速さ(拡散係数)も、 の形で温度に強く依存する。冷えていく岩石では、ある温度を下回ると、放射性の元素からできた原子が鉱物の外へ逃げなくなり、年代の時計が動き始める。1973 年、マーティン・ドッドソンは、この閉鎖温度を冷え方の速さと拡散の定数から求める式を示した。
  • 工学 製品を高い温度に置いて劣化を早め、寿命を見積もる加速試験の土台になる。医療機器の包装の加速劣化の指針 ASTM F1980 は、10 度あたりの倍率 を控えめに見積もることを求めている。 と置けば、55 °C での 46 日が 25 °C での約 1 年にあたる。

参考文献

  1. S. Arrhenius, "Über die Reaktionsgeschwindigkeit bei der Inversion von Rohrzucker durch Säuren", Zeitschrift für physikalische Chemie 4 (1889), 226-248.(抄訳 M. H. Back, K. J. Laidler eds., Selected Readings in Chemical Kinetics, Pergamon, 1967)
  2. J. H. van 't Hoff, Études de dynamique chimique (Amsterdam, 1884); Studies in Chemical Dynamics, revised by E. Cohen, translated by T. Ewan (Amsterdam, London, 1896).
  3. H. A. M. Snelders, "Arrhenius, Svante August", in C. C. Gillispie ed., Dictionary of Scientific Biography Vol. 1 (Scribner, 1970).
  4. Svante Arrhenius: Facts, Biographical, Banquet speech, NobelPrize.org(Nobel Lectures, Chemistry 1901-1921, Elsevier, 1966)
  5. A. E. Dolbear, "The Cricket as a Thermometer", The American Naturalist 31 (1897), 970-971.
  6. K. J. Laidler, "Unconventional applications of the Arrhenius law", Journal of Chemical Education 49 (1972), 343.(コオロギの値は I. A. Leenson, J. Chem. Educ. 76 (1999), 504 による)
  7. H. Eyring, "The Activated Complex in Chemical Reactions", Journal of Chemical Physics 3 (1935), 107-115; M. G. Evans, M. Polanyi, Transactions of the Faraday Society 31 (1935), 875-894.

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