やけっぱちの行為
1900 年 10 月 7 日の日曜日、ベルリン大学の教授マックス・プランクの家を、実験物理学者ハインリヒ・ルーベンスが夫妻で訪ねた。ルーベンスは、同僚のフェルディナント・クールバウムと測ったばかりの結果を話した。波長 51 µm ほどの、目に見えない長い波長の熱放射では、放射の強さが温度にほぼ比例して増える。当時もっとも信頼されていたヴィーンの式とは合わない。
客が帰ったあと、プランクは、短い波長ではヴィーンの式に、長い波長ではルーベンスの結果に合う式を考え、その晩のうちに葉書に書いてルーベンスに送った。10 月 19 日、ドイツ物理学会でクールバウムが測定を報告したあと、プランクはこの式を発言として紹介した。ルーベンスはすぐに式を自分たちの測定と比べ、どの測定ともよく合うと知らせた、と伝えられている。
式は合った。だが、なぜその式になるのかは分からなかった。1920 年のノーベル賞の講演でプランクは、そこから数週間を「生涯でいちばん骨の折れる仕事」と呼んでいる。たどり着いた答えは、熱放射を出したり吸ったりする振動子のエネルギーは、ある大きさ の整数倍の値しかとれない、という仮定だった。12 月 14 日、プランクはドイツ物理学会でこの導き方を発表した。量子論の誕生日とされる日である。
プランク自身は、この仮定を自然の本当の姿とは考えていなかった。31 年後の 1931 年 10 月 7 日、アメリカの物理学者ロバート・W・ウッドに宛てた手紙で、当時をこう振り返っている。要するに、あれはやけっぱちの行為だった。自分は生まれつき穏やかで、危うい冒険は好まない。だが、理論の説明はどんな代償を払っても見つけねばならなかった。熱力学の 2 つの法則だけは守り、それ以外は何でも手放す覚悟だった。
起源
熱い物体が出す光の色と強さは、物体の材料によらず、温度だけで決まる。1859 年、ドイツのグスタフ・キルヒホフはこれを示し、どの波長にどれだけのエネルギーが出るかを表す関数を見つけることを、物理学の課題として残した。
1879 年にヨーゼフ・シュテファンが、放射の全体の強さは絶対温度の 4 乗に比例することを実験から見つけ、1884 年にボルツマンが熱力学から導いた。1893 年、ヴィルヘルム・ヴィーンは、温度が上がると最も強い波長が短い方へずれる法則(ヴィーンの変位則)を導き、1896 年には分布の式も提案した。ベルリンの帝国物理工学研究所では、ルンマーとプリングスハイムらが精密に測り、長い波長ではヴィーンの式が合わないことが、1899 年から 1900 年にかけて見えてきた。
1900 年 12 月のプランクの式には、新しい定数が 2 つ入っていた。のちのボルツマン定数 と、作用量子 である。プランクは測定から J·s と求めた。いまの値より 1 % ほど小さいだけである。
を、光そのものの粒の大きさと考えたのはアインシュタインである。1905 年の論文で、光は のエネルギーをもつ粒(光量子)として振る舞うと考え、金属に光を当てると電子が飛び出す光電効果を説明した。飛び出す電子のエネルギーは、光の強さではなく振動数で決まり、ある振動数より低い光では、どんなに強く当てても電子は出ない。
アメリカのロバート・ミリカンは、この説が間違っていることを示すつもりで、10 年近く精密な実験を続けた。1916 年の論文で、結果はアインシュタインの式のとおりであり、そこから求めた はプランクの値とよく合うと報告した。アインシュタインのノーベル賞(1921 年)の理由は、相対性理論ではなく、光電効果の法則の発見だった。
2019 年からは、 J·s と値を決め、これをもとに質量の単位キログラムが定義されている。
証明
プランクの導き方の筋をたどる。温度 の空洞の中で、振動数 の振動子(または放射の 1 つの振動の型)が持つエネルギーの平均を求める。
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エネルギーは の整数倍 だけをとり、エネルギー の状態の起こりやすさはボルツマンの因子 に比例するとする。平均は
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とおくと、分母は等比級数で
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分子は分母を で微分して を掛けたものなので、計算すると
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空洞の中で、振動数が から の間にある振動の型の数は、1 m³ あたり
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2 つを掛けると、放射のエネルギーの分布は
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熱力学から導かれるヴィーンの変位則は、 が と の関数の積の形であることを求める。そのためには が に比例しなければならない。 とおくと
振動数が低いとき()は から となり、古典物理学の答え(レイリー・ジーンズの式)に戻る。振動数が高いときは で急に小さくなり、ヴィーンの式に戻る。エネルギーを連続とした古典物理学では、高い振動数でも平均が のままで、全体のエネルギーが無限大になってしまう。
応用
光の粒のエネルギー。 で、 eV·nm を使うと計算が速い。緑の光(550 nm)の光子 1 個は約 2.25 eV、赤(650 nm)は約 1.91 eV、日焼けを起こす紫外線(300 nm)は約 4.13 eV である。炭素どうしの結合を切るのに要るエネルギーは約 3.6 eV なので、紫外線の光子 1 個は分子を壊せるが、赤い光の光子は何個あっても 1 個ずつでは壊せない。強い赤い光より弱い紫外線のほうが日焼けするのは、このためである。
レーザーポインターの光子の数。 出力 1 mW、波長 650 nm のレーザーポインターでは、光子 1 個のエネルギーは J なので、1 秒に約 個の光子が出ている。
太陽電池と LED。 シリコンの太陽電池は、1.12 eV より大きいエネルギーの光子で電子を動かす。波長に直すと約 1107 nm より短い光である。LED は逆に、電子が失うエネルギーを 1 個の光子として出す。青い光(約 460 nm、2.7 eV)を出すには大きなエネルギーの差をもつ材料が要り、その実現に 2014 年のノーベル物理学賞が贈られた。
電子レンジのマイクロ波。 2.45 GHz の光子 1 個のエネルギーは約 eV で、紫外線の数十万分の 1 しかない。分子の結合は切れず、水の分子をたくさんの光子で揺さぶって温めている。
図示
シミュレーション
左のランプから光子が飛び、右の金属の板に当たる。光子 1 個のエネルギー が金属の仕事関数 より大きいときだけ、電子が飛び出す。波長を短くすると電子は速くなり、光を強くすると電子の数だけが増える。 のときは、どれだけ強くしても電子は出ない。下のグラフの点は、いまの光の振動数と、電子の最大の運動エネルギー を示す。
広がる学問
- 物理学 は量子力学の出発点である。原子が決まった色の光だけを出すこと(線スペクトル)は、原子のエネルギーの差が に等しいことで説明された。不確定性原理にも、同じ定数 が現れる。
- 化学 光で起こる化学反応(光化学)では、反応を起こせるかどうかが光子 1 個のエネルギーで決まる。物質がどの波長の光を吸うかを測る分光法は、分子の種類を調べる基本の道具である。
- 工学 太陽電池、LED、デジタルカメラの撮像素子は、光子 1 個と電子のエネルギーのやり取りを設計している。
- 天文学 宇宙マイクロ波背景放射の分布は、温度 2.7 K のプランクの式にきわめてよく合う。星の色からは、表面の温度がわかる。
- 医学 紫外線が皮膚の DNA を傷つけるのも、X 線が体を通り抜けて写真を撮れるのも、光子 1 個のエネルギーの大きさによる。
- 生物学 目の網膜の細胞は、光子 1 個を感じとれるほど敏感である。光合成は、決まった波長の光子のエネルギーを使って水を分解する。
参考文献
- M. Planck, "Zur Theorie des Gesetzes der Energieverteilung im Normalspectrum", Verhandlungen der Deutschen Physikalischen Gesellschaft 2 (1900), 237-245.
- M. Planck, "Ueber das Gesetz der Energieverteilung im Normalspectrum", Annalen der Physik 4 (1901), 553-563.
- Max Planck, "The Genesis and Present State of Development of the Quantum Theory", Nobel Lecture, June 2, 1920.
- A. Einstein, "Über einen die Erzeugung und Verwandlung des Lichtes betreffenden heuristischen Gesichtspunkt", Annalen der Physik 17 (1905), 132-148.
- R. A. Millikan, "A Direct Photoelectric Determination of Planck's h", Physical Review 7 (1916), 355-388.
- Thomas S. Kuhn, Black-Body Theory and the Quantum Discontinuity, 1894-1912 (Oxford University Press, 1978).