ファラオの墓の木
1946 年、シカゴ大学のウィラード・リビーは、ある考えを確かめようとしていた。宇宙線は大気の上の方で窒素から炭素 14 を作る。炭素 14 は二酸化炭素になって植物に取り込まれ、食べ物を通して動物にも入る。生きている間は外と同じ割合で入れ替わるが、死ぬと取り込みが止まり、体の中の炭素 14 は放射性崩壊で一定の速さで減っていく。残りを測れば、死んでからの年数が分かるはずである。
考えが正しいかどうかは、年代の分かっている試料で試すしかない。リビーとジェームズ・アーノルドは、エジプトのサッカラにあるジェセル王の墓から出た木材をはじめ、古代エジプトの墓や遺物、年輪を数えたセコイアの木など、別の方法で年代の決まっている試料を集めた。1949 年に『サイエンス』に出た結果では、炭素 14 から出した年代が、歴史や年輪の年代と誤差の範囲で合った。リビーはこの方法で 1960 年のノーベル化学賞を受けた。
炭素の時計は、すぐに人々の関心の的になった。1988 年には、イタリアのトリノの大聖堂にある、キリストの遺体を包んだと伝えられる布(トリノの聖骸布)から小さな切れ端が取られ、オックスフォード、アリゾナ、チューリッヒの 3 つの研究所が別々に測った。翌年『ネイチャー』に出た結果は、布の亜麻が西暦 1260 年から 1390 年の間のものである、というものだった。
ただし、時計には補正が要る。リビーが 1950 年代に定めた炭素 14 の半減期は 5568 年で、1960 年代のはじめに 5730 年と測り直された。大気の炭素 14 の割合も、時代によって少しずつ変わっていた。いまは、樹木の年輪などで作った較正の曲線を使って、測った値を暦の年代に直している。
起源
1896 年 2 月、パリのアンリ・ベクレルは、ウランの塩を日光に当てると写真乾板を感光させる光が出るのではないか、と調べていた。ところが曇りの日が続き、乾板とウランの塩を引き出しにしまっておいた。3 月 1 日に乾板を現像すると、日光に当てていないのに、くっきりとした影が写っていた。ウランは、自分から目に見えない放射線を出していた。
1898 年、マリー・キュリーはこの性質を「放射能」と名づけ、夫のピエールとともに、ウランより強い放射線を出す新しい元素ポロニウムとラジウムを見つけた。1903 年のノーベル物理学賞は、ベクレルとキュリー夫妻に贈られた。
1900 年、カナダのマギル大学にいたアーネスト・ラザフォードは、トリウムの化合物から出る放射性の気体の強さが、一定の時間ごとに同じ割合で減り、およそ 1 分で半分になることを測った。1902 年、ラザフォードとフレデリック・ソディは、放射性の元素の原子が別の元素の原子に変わっていくこと、そして変わる速さがそのときに残っている原子の数に比例することを示した。元素は変わらないという化学の常識をくつがえす主張だった。ラザフォードは 1908 年に、ソディは 1921 年に、ノーベル化学賞を受けた。
1905 年、エゴン・フォン・シュヴァイドラーは、崩壊は 1 つ 1 つの原子にとって偶然の出来事で、ある時間の間に壊れる確率は、その原子がどれだけ長く存在してきたかに関係しない、と考えた。指数関数の法則は、この確率の考えから出てくる。1928 年には、ジョージ・ガモフらが、アルファ崩壊を量子力学のトンネル効果として説明した。
証明
1 つ 1 つの原子核は、短い時間 の間に、確率 で壊れるとする。 は核の種類ごとに決まった数(崩壊定数)で、核の年齢や周りの温度には関係しない。
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個の核があるとき、 の間に壊れる数の期待値は である。残る数の変化は
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両辺を で割る。
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時刻 0 で 個として積分する。左辺は自然対数になる。
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指数の形に直す。
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半分になる時間 は、 とおいて求める。
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4 を半減期で書き直すと、いつ数え始めても、 ごとに半分になる形になる。
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1 秒あたりに壊れる数(放射能の強さ) も、同じ形で減る。
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4 を について解くと、残りの割合から経過した時間が分かる。年代測定の式である。
1 の「期待値」が大事である。核の数が少ないと、実際に壊れる数は期待値のまわりでばらつく。数が多いほど、ばらつきの割合は で小さくなり、なめらかな指数関数に近づく。
この法則は実験で何度も確かめられてきた。ラザフォードとキュリーの時代から、温度・圧力・化学の状態を大きく変えても、崩壊の速さはほとんど変わらないことが調べられてきた。原子の周りの電子を取り込む型の崩壊で、化学の状態によって 0.1 % ほどの差が測られている程度である。
応用
炭素 14 の年代。 木炭の炭素 14 の割合が、いまの生きた木の 60 % だったとする。8 から 年になる(較正の前の値)。25 % なら半減期のちょうど 2 回分で、約 1 万 1500 年である。半減期の 10 倍ほど、約 5 万年を超えると残りが少なすぎて測れない。
地球の年齢。 ウラン 238 は半減期約 45 億年で、いくつもの段を経て最後に鉛 206 になる。岩石や隕石の中のウランと鉛の比から、それができてからの時間が分かる。1956 年、クレア・パターソンは隕石の鉛を測り、地球の年齢を約 45 億 5000 万年と求めた。いまの値 45 億 4000 万年とほとんど変わらない。
PET 検査の薬。 がんを写す検査に使うフッ素 18 の半減期は約 110 分である。病院の近くの加速器で作り、4 時間後には 、つまり 22 % ほどに減る。速く減るので体に長く残らないが、作ってから使うまでの時間の勝負になる。
原子力の後始末。 セシウム 137 の半減期は約 30 年で、量が 1000 分の 1 になるまでにはその約 10 倍、300 年かかる。 だからである。
図示
シミュレーション
格子の 1 つ 1 つの丸が原子核で、中が抜けた丸が壊れた核である。核は止まってそろったところから、一斉に壊れ始める。どの核がいつ壊れるかは偶然で決まるが、全体の数は破線の に沿って減る。核の数を 16 個にすると、ばらつきが大きく、毎回違う曲線になる。2500 個にすると、ほとんど破線に重なる。半減期のつまみを変えると、減る速さが変わる。
広がる学問
- 物理学 崩壊の確率が年齢によらないことは、量子力学の確率の考えの最初の例の 1 つになった。アルファ崩壊は、シュレーディンガー方程式のトンネル効果で説明される。
- 化学 ラザフォードとソディの仕事は、元素が別の元素に変わることを示し、同位体という考えを生んだ。放射性の同位体で印をつけた分子は、反応の道筋を追う道具になった。
- 考古学 炭素 14 の年代測定は、遺跡や化石の年代を数で決められるようにし、先史時代の年表を書き直した。
- 地球科学 ウランと鉛、カリウムとアルゴンなどの組み合わせで、岩石の年代を数十億年までさかのぼって測る。
- 医学 PET やシンチグラフィーの検査、甲状腺のがんの治療に、半減期の短い放射性の薬が使われる。
参考文献
- H. Becquerel, "Sur les radiations invisibles émises par les corps phosphorescents", Comptes rendus de l'Académie des sciences 122 (1896), 501-503.
- E. Rutherford, "A radio-active substance emitted from thorium compounds", Philosophical Magazine 49 (1900), 1-14.
- E. Rutherford, F. Soddy, "The cause and nature of radioactivity", Philosophical Magazine 4 (1902), 370-396, 569-585.
- J. R. Arnold, W. F. Libby, "Age determinations by radiocarbon content: checks with samples of known age", Science 110 (1949), 678-680.
- P. E. Damon et al., "Radiocarbon dating of the Shroud of Turin", Nature 337 (1989), 611-615.
- C. Patterson, "Age of meteorites and the earth", Geochimica et Cosmochimica Acta 10 (1956), 230-237.