すり切れたページ
電卓の無い時代、掛け算や割り算の多い計算をする人は、対数表を引いた。数の対数を表で調べて足し算し、また表で元の数に戻す。天文学者は毎日のようにこの表を使った。
アメリカ海軍の天文暦局にいた天文学者サイモン・ニューカムは、あることに気づいた。対数表は、最初の方のページばかりが早く傷む。1 で始まる数のページがいちばん汚れてすり切れ、後ろの 9 で始まる数のページはきれいなままだった。
1881 年、ニューカムは『アメリカン・ジャーナル・オブ・マセマティクス』に 2 ページの短い覚え書きを載せた。書き出しはこうである。「10 個の数字が同じ頻度で現れないことは、対数表をよく使い、最初のページが最後のページよりずっと早くすり切れることに気づいている人なら、誰にでも明らかなはずだ」。そして、先頭の数字が である確率は だと書いた。2 桁目の数字の割合も計算している。
覚え書きはほとんど読まれず、忘れられた。
57 年後の 1938 年、アメリカのゼネラル・エレクトリック社の物理学者フランク・ベンフォードが、同じ法則を見つけ直した。彼も対数表の傷み方から気づき、川の流域面積、町の人口、物理定数、分子量、新聞に載った数、番地など、20 種類のデータから 2 万 229 個の数を集めて確かめた。論文は『アメリカ哲学協会紀要』に載り、法則には彼の名が付いた。最初に見つけた人の名前が付かない、という科学史でよくある例の 1 つである。
起源
ニューカムの説明は短かった。数の対数の小数部分(仮数)は、0 から 1 の間に一様に散らばっているはずだ、というのである。そうなら、先頭の数字の割合は下の証明のとおりになる。なぜ一様になるのかは、長いあいだ説明されなかった。
1961 年、アメリカのロジャー・ピンカムが 1 つの答えを示した。先頭の数字の割合に普遍的な法則があるなら、それは単位の取り方によらないはずである。長さをメートルで測ってもフィートで測っても、円をドルに換えても、同じ割合でなければならない。この「尺度の不変性」を満たす分布は、ベンフォードの法則しかないことを証明した。
1995 年には、セオドア・ヒルが、別の種類のデータを混ぜ合わせた数の集まりは、それぞれが法則に従っていなくても、全体として法則に近づくことを示した。ベンフォードのデータが 20 種類の寄せ集めだったことと合う結果である。
一方で、すべての数がこの法則に従うわけではない。大人の身長(ほとんどが 1 で始まる)や電話番号、98 円・980 円のように決めて付けた値段は従わない。何桁にもまたがって広がり、掛け算で増えたり減ったりする数で、法則がよく成り立つ。
証明
正の数 を (、 は整数)と書く。先頭の数字が であるのは、 のときである。
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両辺の常用対数をとると、 の整数部分が 、小数部分が になる。
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小数部分を と書く。先頭が である条件は、 についての条件に書き直せる。
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ここで仮定を置く。データが何桁にもまたがって広がっていて、 が から の間に一様に散らばっている。すると確率は区間の長さに等しい。
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対数の差を 1 つにまとめる。
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9 個を足すと、途中が打ち消し合い、合計が になる。確率として矛盾が無い。
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例えば では、 の小数部分である。 は無理数なので、ワイルの定理(1916 年)により、 は から に一様に散らばる。よって の先頭の数字は、 を大きくすると、ちょうどこの法則の割合になる。
手順 3 の仮定が成り立つ理由が、尺度の不変性である。データ全体を 倍すると、 は だけずれる(1 を超えた分は戻る)。どんな でずらしても分布が変わらないのは、一様な分布だけである。
応用
割合の表。 先頭の数字が 1 の割合は 30.1 %、2 は 17.6 %、3 は 12.5 %、4 は 9.7 %、5 は 7.9 %、6 は 6.7 %、7 は 5.8 %、8 は 5.1 %、9 は 4.6 % である。1 は 9 の約 6.6 倍出る。1 と 2 を合わせると、ほぼ半分の 47.7 % になる。 から までの 100 個で数えると、1 で始まるものが 30 個、9 で始まるものが 5 個ある。 まで 1000 個に広げると、1 で始まるものは 301 個で、法則の 30.1 % にほぼ一致する。
作った数は見破られる。 人が数字を作り話でこしらえると、先頭の数字が均等に近くなりやすい。1990 年代、会計学者のマーク・ニグリーニは、帳簿や税の申告の数字の先頭の桁をこの法則と比べ、不自然な偏りから不正の疑いを絞り込む方法を広めた。いまでは監査の道具の 1 つになっている。ただし、外れていることは不正の証拠ではない。詳しく調べる場所の目印として使う。
単位を換えても変わらない。 法則によく合うデータは、単位を換えても合い続ける。国の面積の一覧を平方キロメートルで並べても平方マイルで並べても、先頭の数字の割合はほとんど変わらない。単位を換えることは全体を定数倍することで、対数の目盛りの上では全体を同じだけずらすことにあたる。一様に散らばった点は、ずらしても一様なままである。
図示
計算尺や対数の方眼紙を見ると、目盛りの間隔は 1 と 2 の間が広く、9 と 10 の間は狭い。数が対数の目盛りの上に一様に散らばっていれば、先頭が 1 の数の割合は、この区間の長さ になる。
シミュレーション
円は対数目盛りの物差しを丸めたもので、区画の広さが法則の割合である。「掛け算を続ける」では、数に を掛けるたびに、点が円を だけ回る。点は区画を巡りながら、最初はゆっくり、だんだん速く数を集めていく。棒グラフ(斜線)が、破線の法則の割合に近づく。「1〜999 の一様な数」に切り替えると、先頭の数字はほぼ均等になり、法則は成り立たない。「いくつかの数の積」では、また法則に近づく。
広がる学問
- 経済学 会計の監査や税務の調査で、帳簿の数字の先頭の桁を調べる。2011 年には、ドイツの研究者らが EU 各国の出した経済統計を比べ、ギリシャの数字が法則から最も大きく外れていたと報告した。
- 情報科学 計算機の中の浮動小数点数も、計算を重ねると先頭の桁が対数の分布に近づく。1970 年にベル研究所のハミングはこの点を指摘し、丸め誤差の見積もりに使うべきだと論じた。
- 地球科学 地震の記録や地球物理の観測データの多くが、この法則に従うことが 2010 年に報告された。データの性質の変化を見つける手がかりとして使う研究もある。
- 物理学 ベンフォードが集めた物理定数のように、単位を選んで決まる量の集まりは、法則によく従う。原子核の半減期の一覧も、先頭の数字が法則に近い分布になる。
参考文献
- Simon Newcomb, "Note on the Frequency of Use of the Different Digits in Natural Numbers", American Journal of Mathematics 4 (1881), 39-40.
- Frank Benford, "The Law of Anomalous Numbers", Proceedings of the American Philosophical Society 78 (1938), 551-572.
- Roger S. Pinkham, "On the Distribution of First Significant Digits", Annals of Mathematical Statistics 32 (1961), 1223-1230.
- Theodore P. Hill, "A Statistical Derivation of the Significant-Digit Law", Statistical Science 10 (1995), 354-363.
- Mark J. Nigrini, Benford's Law: Applications for Forensic Accounting, Auditing, and Fraud Detection (Wiley, 2012).
- Bernhard Rauch et al., "Fact and Fiction in EU-Governmental Economic Data", German Economic Review 12 (2011), 243-255.