正規分布

Normal distribution

ドイツの 10 マルク札には、ガウスの顔と釣り鐘の曲線が刷られていた。

平均のまわりに左右対称に集まる、釣り鐘形の分布。小さな偶然がたくさん足し合わさると、何でもこの形に近づく。

年代
1733年(ド・モアブル)・1809年(ガウス)
人物
カール・フリードリヒ・ガウス、アブラーム・ド・モアブル、ピエール=シモン・ラプラス、アドルフ・ケトレー、フランシス・ゴルトン、カール・ピアソン
逸話

紙幣に刷られた曲線

1991 年 4 月、ドイツ連邦銀行は新しい 10 マルク紙幣を出した。表には、ゲッティンゲンの天文台長だったガウスの肖像と、ゲッティンゲンの古い建物と並んで、釣り鐘の形の曲線が刷られていた。正規分布のグラフである。裏には、ガウスが指揮したハノーファー王国の測量の三角網が描かれた。この紙幣は、ユーロに切り替わる 2001 年の末まで、法定の通貨として使われた。

この曲線の不思議さに打たれた人は多い。イギリスのフランシス・ゴルトンは、板に釘を三角形に並べ、上から小さな玉を落とす装置を作らせた。玉は釘に当たるたびに右か左に落ち、いちばん下の仕切りにたまる。どの玉がどこへ行くかは分からないのに、たまった玉の山は、いつも同じ釣り鐘の形になった。

ゴルトンは 1889 年の『自然的遺伝』でこの装置を説明し、こう書いた。「"誤差の頻度の法則" が表す見事な宇宙の秩序ほど、想像力に強く訴えるものを、私はほとんど知らない。ギリシア人が知っていたら、人の姿を与え、神として祀っただろう」。

フランスのポアンカレの『確率論』には、物理学者リップマンの、少し皮肉な言葉が書き留められている。「誰もがこの法則を信じている。実験をする人は数学の定理だと思い、数学者は実験で確かめられた事実だと思っているからだ」。

名前にも曲折がある。イギリスのカール・ピアソンは 1920 年に、こう振り返った。ラプラスとガウスの曲線を「正規曲線」と呼んだのは、どちらの国の名を付けるかという争いを避けるためだった。だがその名は、ほかの分布はどれも「異常」だと思わせてしまう、と。

起源

最初にこの曲線を書いたのは、ロンドンに住んだフランス生まれの数学者ド・モアブルである。1733 年 11 月の小冊子で、硬貨を何百回も投げたときの表の数の確率を、 の形の曲線で近似した。硬貨を 回投げる計算を、1 本の曲線で置き換えたのである。

ガウスがこの曲線に出会ったのは、天文学の問題である。1801 年 1 月 1 日、イタリアのパレルモでピアッツィが新しい天体ケレスを見つけた。ひと月あまり追ったところで、ケレスは太陽の光に紛れて見えなくなった。わずかな観測から軌道を決める方法を、24 歳のガウスが考え出し、位置を予報した。1801 年の大みそか、ゴータの天文台のツァッハが予報の近くにケレスを見つけ、ブレーメンのオルバースも確かめた。

ガウスは 1809 年の『天体運行論』で、その方法の根拠をまとめた。観測の誤差について「たくさんの観測の平均が、最も確からしい値になる」と仮定すると、誤差の分布はこの曲線になる。そしてこの分布のもとでは、誤差の 2 乗の和を最小にする答え(最小二乗法)が、最も確からしい答えになる。最小二乗法は 1805 年にフランスのルジャンドルが先に発表しており、ガウスが「自分は 1795 年から使っていた」と書いたことで、先取権の争いになった。

ラプラスは 1810 年に、たくさんの小さな独立な誤差を足し合わせると、もとの誤差の形によらず和がこの曲線に近づくことを示した。のちに中心極限定理と呼ばれる結果である。ベルギーのケトレーは 1840 年代、スコットランドの兵士 5738 人の胸囲の分布がこの曲線によく合うことを示し、人の体や社会の数字にも当てはめた。

証明

正規分布の形が出てくる理由を、1850 年にハーシェルが示し、1860 年にマクスウェルが気体の分子の速さに使った方法で導く。的に向かって矢を投げたときの、ずれ を考える。仮定は 2 つ。横のずれと縦のずれは互いに独立で、同じ分布 に従う。そしてずれの起こりやすさは、向きによらず、中心からの距離だけで決まる。

  1. 2 つの仮定を 1 つの式にする。

  2. と置くと、手順 1 は、足し算が足し算に移るという式になる。連続な解は比例の形だけで、遠くほど起こりにくいので係数は負である。

  3. よって分布は次の形に決まる。

  4. 全体の確率は である。ガウス積分から なので、

  5. ばらつきの大きさを分散 で表す。(手順 4 の式を で微分して得る)を使うと、

  6. を代入し、中心を にずらすと、正規分布の式になる。

自然の中で正規分布がよく現れる、より深い理由は中心極限定理である。独立な小さな要因をたくさん足し合わせると、和の分布は正規分布に近づく。この定理の厳密な証明は、1901 年にロシアのリアプノフが特性関数を使って与えた。長くなるので、ここでは道筋だけ示した。

応用

68・95・99.7。 平均 から の範囲に全体の 68.3 %、 に 95.4 %、 に 99.7 % が入る。この数を覚えておくと、外れた値がどのくらい珍しいかがすぐに分かる。

偏差値。 日本の模擬試験の偏差値は、得点を平均 50・標準偏差 10 に換算したものである。偏差値 50 がちょうど真ん中である。得点が正規分布に近ければ、偏差値 60 以上は上位 15.9 %、70 以上は上位 2.3 %、75 以上は上位 0.6 % になる。

測るほど正確になる。 同じものを 回測って平均をとると、ばらつきは になる。100 回測れば、1 回だけのときの 10 分の 1、1 万回なら 100 分の 1 である。ガウスが天体の位置を決めたときの考えが、いまも実験の誤差の計算の基本になっている。

工場の品質管理。 1924 年 5 月、アメリカのウェスタン・エレクトリック社の技師シューハートは、1 ページほどの覚え書きで管理図を示した。シューハートは翌年、新しくできたベル研究所に移る。管理図は、製品の寸法を作った順に点で打ち、平均から の所に線を引いたものである。線の外に出るのは 1000 個に 3 個ほどなので、それを超えたら、偶然ではなく機械の異常を疑う。

図示

釣り鐘形の曲線の下を、平均から 1σ・2σ・3σ ごとに区切る。中央の 2 区画に 68.3 %、その外側を合わせて 95.4 %、さらに外側まで 99.7 %。

曲線は平均 で最も高く、 で曲がり方が変わる(変曲点)。 を 2 倍にすると、曲線は横に 2 倍広がり、高さは半分になる。面積はいつも である。曲線はどこまで行っても にはならないが、急に小さくなる。平均から より外に出るのは、10 億回に 2 回ほどである。

シミュレーション

ゴルトンの板である。玉は釘に当たるたびに、確率 で右へ、 で左へ落ちる。玉がたまるにつれて、山は破線の正規分布の曲線に近づいていく。段の数 を増やすと山は広がり、 を変えると山の中心が へ動く。どちらの場合も、形は釣り鐘のままである。

広がる学問

  • 天文学 ガウスがケレスの軌道を決めたときから、観測の誤差を正規分布で扱い、最小二乗法で軌道や星の位置を求めることが標準になった。
  • 物理学 気体の分子の速度の各成分は、正規分布に従う(マクスウェル分布)。花粉の微粒子が水の中でふらつくブラウン運動の位置も、時間とともに広がる正規分布になる。
  • 生物学 身長のように、多くの遺伝子と環境の小さな効果が足し合わさる形質は、正規分布に近い。ゴルトンとピアソンは、親と子の身長の関係を調べる中で、回帰と相関の考えを作った。
  • 心理学 知能検査の点数は、平均 100・標準偏差 15 の正規分布になるように作られている。テストの点の換算や、2 つの集団の差が偶然かどうかの検定にも使う。
  • 工学 製造のばらつきの管理や、通信の雑音の計算は、正規分布を前提にする。部品のずれが に収まるように設計の余裕を決める。

参考文献

  1. Abraham de Moivre, The Doctrine of Chances, 2nd ed. (London, 1738).
  2. C. F. Gauss, Theoria motus corporum coelestium in sectionibus conicis solem ambientium (Hamburg, 1809).
  3. Francis Galton, Natural Inheritance (Macmillan, 1889).
  4. Karl Pearson, "Notes on the History of Correlation", Biometrika 13 (1920), 25-45.
  5. Henri Poincaré, Calcul des probabilités, 2nd ed. (Gauthier-Villars, 1912).
  6. Stephen M. Stigler, The History of Statistics: The Measurement of Uncertainty before 1900 (Harvard University Press, 1986).

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