2 台の時計の「共感」
1665 年 2 月、オランダの物理学者クリスティアーン・ホイヘンスは、数日のあいだ床に就いていた。そばには振り子時計が 2 台、1〜2 フィート離して並べて掛けてあった。眺めているうちに、ホイヘンスは妙なことに気づいた。2 台の振り子は、いつまでも同じ調子で揺れ続け、少しもずれない。わざと揺れをずらしても、30 分ほどで元のそろい方に戻る。一方の時計を 15 フィートほど離して掛け直すと、1 日で 5 秒の差がついた。ホイヘンスは 2 月 26 日、父コンスタンテインへの手紙に、これを「一種の共感」と書いた。
同じことは、いまも机の上で起きる。左右に自由に動く台の上にメトロノームを何台か載せ、ばらばらに鳴らし始めると、やがて同じ拍を刻むようになる。東南アジアなどには、たくさんの雄がいっせいに明滅するホタルがいる。どの例にも、合図を出す指揮者はいない。
1 台ずつの振り子にも、1 匹ずつのホタルにも、それぞれの癖がある。それなのに、なぜそろうのか。どこまで癖が違うと、そろわなくなるのか。この読みものは、1975 年に蔵本由紀が示した簡単なモデルと、そろい具合を 1 つの数で表す秩序変数を使って、この問いに答える。
位相だけを見る
規則正しく繰り返すもの、たとえば振り子の揺れ、心臓の細胞の拍動、ホタルの明滅は、1 周期のどこにいるかを表す角度、位相 で表せる。1 周期で は 進む。円の上を回る点と思えばよい。ひとりで回るときの角速度 を、その振動子の固有振動数と呼ぶ。
振り子の周期の記事にあるとおり、振り子の周期は長さで決まる。メトロノームのおもりの位置がわずかに違えば、固有振動数もわずかに違う。ホタルも 1 匹ずつ違う。
2 つの振動子が弱く影響し合うとき、効くのは相手との位相の差である。遅れている方は少し急かされ、進んでいる方は少し引き止められる。差の正弦 を使うのは、差が 0 なら引く力も 0、差が小さいうちは差に比例し、差が になれば元に戻る、という性質を最も簡単に満たすからである。そろうかどうかは、引き合う強さと、固有振動数のばらつきの比べ合いで決まる。
蔵本モデルと臨界の結合
個の振動子の位相を 、固有振動数を 、結合の強さを とする。固有振動数は、左右対称で山が 1 つの確率密度 からとる。平均の角速度で一緒に回りながら見ることにして、平均を 0 とする。オイラーの公式により、 は単位円の上で角 の位置にある点を表す。
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蔵本モデル。各振動子は、すべての相手から、位相の差の正弦に比例して引かれる。
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秩序変数。単位円の上の 個の点の重心を と書く。 はそろい具合で、ばらばらなら 0 に近く、全員が同じ位相なら 1。 は平均の位相である。
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2 の両辺に を掛けて虚部をとると、1 の和は重心だけで書ける。各振動子は、全体の平均の位相 に強さ で引かれている。
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が一定で、角度を から測るとき、 の振動子は止まる角度 をもち、全体と一緒に回る。それより速い振動子と遅い振動子は、回り続ける。
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回り続ける振動子の寄与は打ち消し合うので、一緒に回る振動子の重心が そのものになるという条件が残る。
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はいつも解である。 の解は、5 の両辺を で割り とした点から現れる。これが臨界の結合である。
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固有振動数がローレンツ分布 なら 5 の積分を計算でき、 として次の形になる。
6 によれば、 を決めるのは 、つまり平均の近くにどれだけの振動子が集まっているかである。ばらつきが 2 倍になれば は半分になり、そろうのに要る結合は 2 倍になる。7 は、 が を少し越えただけで が平方根の形で急に立ち上がることを示す。 なら 、 なら である。
シミュレーションでは、固有振動数を標準偏差 の正規分布からとる。 なので になる。 rad/s なら rad/s である。 rad/s のとき 5 の式を数値で解くと で、同じ のローレンツ分布の 0.58 より大きい。正規分布は裾が細く、平均から大きく外れた振動子が少ないからである。
円の上の 160 個の点
160 個の振動子を点で描き、角度が位相、中心からの距離が固有振動数の順(内側ほど遅い)、塗りつぶした点が を満たして全体と一緒に回る点、矢印が秩序変数 (点線の円まで届けば )を表す。結合の強さ を臨界の値 より下げると点は円じゅうに散って は 0 の近くでゆれ、 を越えると点が集まり始め、一緒に回る点の列は 4 の式のとおり を中心に左右 までの弧をつくる。点は位相が 1 周するたびにホタルのように光り、そろうと多くの点がほぼ同時に光る。「ばらばらにする」で位相を乱すと、 のグラフが 0 の近くから理論の値(点線)へ戻っていき、 と のグラフでは を動かすたびに丸が理論の曲線に沿って動く。
時計からホタル、橋まで
ホイヘンスは手紙で、振り子が動かす空気が 2 台を結んでいるのだろうと推測している。
集団の同期を数学で扱おうとした最初の人は、ノーバート・ウィーナーだった。脳のアルファ波もこうして生まれると考えたが、フーリエ積分を使う方法は先へ進まなかった。1967 年、大学院に入る直前のアーサー・ウィンフリーは、最初の論文で別の道を開いた。たくさんの振動子を位相だけで表し、それぞれが集団全体のリズムに反応するとみなしたのである。計算と近似から、固有振動数のばらつきを小さくしていくと、あるしきい値で一部の振動子が突然そろうことを見つけた。ストロガッツは、これを相転移の時間の版と呼んでいる。
1975 年 1 月、京都大学で数理物理学の国際会議が開かれた。蔵本由紀はその報告集に、3 ページの短い論文を寄せた。すべての振動子が同じ強さで正弦によって引き合う、最も簡単な場合を選び、臨界の結合 と、ローレンツ分布のときの を厳密に求めたものである。数値計算の助けを借りずに、対称性の議論と直観で長い時間のふるまいを言い当てていた。一方で、そろった状態やばらばらの状態が安定かどうかの証明は難しく、2000 年のスティーヴン・ストロガッツの総説でも、まだ解けていない問題が挙げられている。
ホタルについては、アメリカの生物学者ジョン・バックが 1938 年と 1988 年に、いっせいの明滅についての報告をまとめた総説を書いている。1968 年にはエリザベス・バックとともに、タイの Pteroptyx malaccae の群れが本当にそろって光ることを、光の測定で示した。1988 年の総説は、そろった明滅が地域にも種にも広く見られ、雄の求愛に関わることを述べつつ、その働きはまだ確かめられていないとしている。
1990 年、レナート・ミロロとストロガッツは、チャールズ・ペスキンが 1975 年に心臓のペースメーカーを表すために考えたモデルをもとに、同じ性質の振動子が「発火すると相手を引き上げる」形で結ばれていれば、ほとんどどんな始め方からでも全員がそろって発火することを証明した。2002 年、ジェームズ・パンタレオーネは、動く台に載せたメトロノームがふつうは同じ向きにそろって揺れること、この装置が蔵本モデルの力学的な実例になることを示した。
橋の揺れもある。1993 年、藤野陽三らは、日本の混雑した歩道橋が横に大きく揺れたときのビデオを解析し、歩行者の 20% 以上の歩みが橋の横揺れにそろっていたと報告した。2000 年 6 月 10 日に開通したロンドンのミレニアム・ブリッジは、渡り始めた人々の歩みで横に揺れ、南の径間で最大 50 mm、中央の径間で 70 mm 動いて、12 日に閉鎖された。改修では揺れを吸い取る減衰装置が加えられた。2005 年、ストロガッツらは Nature で、橋を減衰のある振動子、歩行者を位相の振動子とみなし、人数がある数を越えると、揺れと歩みのそろいが同時に始まることを示した。
そろうものと、そろって見えるもの
確かめられていることから先に書く。 が十分に大きく、固有振動数の分布が左右対称で山が 1 つなら、臨界の結合は で決まる。計算機で解くと、 では が小さなゆれにとどまり、 では一部の振動子がそろって が大きくなる。メトロノームの実験は、この絵と合う。
急にそろう理由は、3 の式にある。何人かがそろうと重心の矢印が長くなり、全員を引く強さ が増す。強くなった引きがさらに仲間を集め、矢印はもっと長くなる。ストロガッツはこれを、結合とそろい具合のあいだの正のフィードバックと呼んでいる。 が より小さいと、この輪は回り始めない。
数が有限だと、 でも は 0 にならない。でたらめに散った 個の点の重心は、およそ の大きさでゆれる。シミュレーションの 160 個では約 0.08 である。
一方で、そろって見えるものが、すべて蔵本モデルのしくみでそろっているとは限らない。ミレニアム・ブリッジについては、2021 年にベリフらが Nature Communications で別の見方を出した。歩行者の足の運びがそろうのは揺れの原因ではなく結果で、ばらばらに歩く人でも、揺れる床の上で釣り合いを保とうとする歩き方が、平均すると揺れを強める向きに働く(負の減衰)、という説明である。揺れが群衆の人数のしきい値を越えて始まる点では 2 つの説明は一致し、何が引き金かで分かれている。
ホタルにも注意がいる。アメリカのグレート・スモーキー山脈国立公園で 2020 年 6 月に行われた観察では、Photinus carolinus を 1 匹だけにすると、光の束を出す間隔は数秒から数分、長いときは数十分までばらばらで、決まった周期を持たなかった。群れでは約 12 秒の周期がはっきり現れる。この論文は 2025 年に一部のデータの取り違えを訂正したが、結論は変わらないとしている。蔵本モデルは各振動子が自分の固有振動数を持つと仮定する。このホタルでは、周期そのものがモデルの外の別のしくみで生まれていると考えられる。
心臓、電力網、歩道橋
心臓。 心臓の拍動は、右心房の洞結節にある数千のペースメーカー細胞から始まる。マイケルズらは 1987 年、結ばれた洞結節の細胞の計算から、1 つの特別な細胞が全体を率いるのではなく、全員の位相の引き合いで、いわば民主的に拍動がそろうという仮説を示した。1 つずつの細胞のリズムは、ホジキン・ハクスリーのモデルと同じ形の式で書ける。
電力網。 交流の電力網につながった発電機は、同じ周波数で回り続けなければならない。東京電力パワーグリッドの解説によると、使う電気と発電の釣り合いが崩れると周波数が変わり、多くの発電機が同時に止まると周波数が下がり続けて、ほかの発電機まで止まるおそれがある。50 Hz の東北電力ネットワークと東京電力の地域は交流でつながり、両方を合わせて周波数を制御している。発電機を振動子とみなすと電力網は蔵本モデルに似た式で書け、全体がそろって回れる条件が、送電網のつながり方と結びつけて研究されている。
歩道橋。 ストロガッツらの式は、人がどれだけ集まると揺れが始まるかを見積もる。著者らは、ほかの混み合う歩道橋で揺れを抑えるのに要る減衰を見積もるのにも役立つと書いている。ミレニアム・ブリッジの改修も、減衰を足すことで揺れを止めた。
読んだあとにできることを挙げる。
- メトロノームを 2〜5 台、同じテンポに合わせて軽い板に載せ、板を空き缶のような転がる筒の上に置く。ばらばらに鳴らし始め、そろうまでの時間を測る。板を机に直接置くとそろいにくいことも確かめる。台が動かなければ、メトロノームどうしを結ぶものがほとんど無いからである。
- シミュレーションで を 0.5 から 1.0 にして、 が 0.80 から 1.60 rad/s に 2 倍になることを確かめる。 を のすぐ上と下で行き来させ、 の変わり方の急さを見る。
- 振動子の密度を、車の密度と同じように連続な量とみなすと、保存則 で書ける。同じ形の式が道路の上で何をするかは、事故も工事もないのに、渋滞はなぜ起きるのかで読める。
- 秩序変数の Σ と、臨界の結合を導く ∫ の式の読み方はΣ と ∫ の読み方に、このシミュレーションのように時間を刻んで微分方程式を解く方法はオイラー法とルンゲ=クッタ法にある。
参考文献
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