230 m の円の上で
平らな広場に、1 周 230 m の円が引かれた。その上に 22 台の乗用車が、ほぼ等しい間隔で並ぶ。運転者への指示は 2 つだけである。時速 30 km ほどで走り続けること。前の車に安全についていくこと。
走り出してしばらくは、全員が同じ速さで円を回った。やがて車間に小さなむらが生まれ、少しずつ大きくなっていった。何台かが、ついに完全に止まった。3 分後には 5 台が固まり、その固まりは車の進む向きとは逆に、円を後ろへ回り始めた。固まりの外の車は時速 40 km ほどで走り、固まりそのものは時速 20 km ほどで後ろへ進んだ。
事故も工事もない。坂も合流もない。渋滞の原因と考えられてきた「ボトルネック」が何もない円の上で、渋滞が生まれた。名古屋大学の杉山雄規、東京大学の西成活裕らが 2008 年に New Journal of Physics に発表した実験である。コースは岐阜県坂祝町の中日本自動車短期大学のものだった。
高速道路の渋滞を抜けても、先頭に何も見当たらないことがある。あの渋滞はどこから来たのか。この読みものは、その問いに 3 つの段階で答える。どれだけ車が多いと渋滞は生まれるのか。生まれた渋滞はなぜ後ろへ進むのか。そして、1 台の運転で何が変わるのか。
流量は密度と速さの積
道路の混み具合は、3 つの量で表せる。1 km の区間に何台いるかを表す密度 、車の速さ 、ある地点を 1 時間に何台が通るかを表す流量 である。3 つの間には の関係がある。1 km に 20 台が時速 80 km で走っていれば、1 時間に 1600 台が通る。
車が少ないうちは、増えた分だけ流量も増える。ところが車が増えて車間が詰まると、運転者は速さを落とす。速さの下がり方が密度の増え方を上回ると、車が多いのに流量は減る。密度を横軸、流量を縦軸にとったグラフを基本図という。
杉山らの論文は、日本道路公団が高速道路の 1 地点で 1 か月測ったデータの基本図を載せている。点は 1 km あたりおよそ 25 台を境に 2 つに分かれる。左側は、密度とともに流量がほぼ直線で増える自由な流れ。右側は、流量が下がって大きくばらつく渋滞の流れである。西成は、この 25 台/km を高速道路で渋滞が始まる目安として示している。この境目の密度を臨界密度という。1 km に 25 台は、車の先頭から次の車の先頭まで 40 m にあたる。
臨界密度を越えた道路では、いつもある小さなゆらぎが消えずに育つ。円の実験の台数と時速 30 km という指示は、数理模型で見積もった「一様な流れが不安定になる条件」を満たすように選ばれていた。
直線の仮定から波の速さへ
1935 年、ブルース・グリーンシールズは、速さが密度とともに直線で下がると考えた。 は道が空いているときの速さ、 は車がすき間なく詰まって止まるときの密度である。
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流量は密度と速さの積である。
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速さは密度とともに直線で下がるとする。
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2 を 1 に入れると流量は密度の 2 次関数になり、 で最大になる。
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区間に入る車と出る車の差だけ、区間の中の台数が増える。車は途中で消えない。
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流量が密度で決まる とすると、4 は次の形になる。密度の形は速さ で道路を進む。
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3 の場合、波の速さは車の速さ より だけ遅く、 では負になる。
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密度がとびとびに変わる境目、たとえば渋滞の最後尾は、両側の流量の差を密度の差で割った速さで動く。
グリーンシールズ自身の当てはめでは、2 車線の道路で、空いているときの速さが時速 43.8 マイル(約 70 km)、速さが 0 になる密度が 1 マイルあたり約 198 台(1 km あたり約 123 台)だった。3 の式に入れると最大の流量は 1 時間に約 2170 台で、論文が書いた「最大の容量は約 2200 台/時」と合う。
6 は、車がいつも密度の波を後ろから追い越していくことを表す。車は混んだ区間を通り抜けて前へ出ていく。密度が を越えた区間では、混んだ形そのものは後ろへ下がる。
7 の式で渋滞の端の速さを見積もる。数値は例である。1 km に 20 台が時速 90 km で来る流れ(流量 1800 台/時)が、1 km に 140 台が詰まってほとんど止まった固まり(流量ほぼ 0)にぶつかると、最後尾は 、つまり時速 15 km で後ろへ下がる。先頭からは 1 km に 25 台が時速 80 km で出ていく(流量 2000 台/時)とすると、先頭も で、時速約 17 km で後ろへ下がる。両端が同じ向きに進むので、渋滞の固まりは形を保ったまま後ろへ流れていく。杉山らが円の上で見た時速約 20 km と同じ大きさである。
基本図の上の 3 つの傾き
点 1 は空いた流れ、点 2 は渋滞の中である。点 2 が点 1 より右下にあるので は負になり、渋滞の端は後ろへ進む。
4 行の規則
2 の式は、ひとりひとりの運転を平均した形である。渋滞がどう生まれるかを見るには、車を 1 台ずつ動かす模型がいる。1992 年、カイ・ナーゲルとミヒャエル・シュレッケンベルクは、道路をマスに区切り、車を簡単な規則で動かすセルオートマトンを示した。1 マスは渋滞で詰まった車 1 台分の 7.5 m、1 段は約 1 秒とみなすのがふつうで、最高速度 は 5 マス/段(時速 135 km)とすることが多い。 は前の車までの空きマスの数である。すべての車に、同時に次の 4 つを当てはめる。
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加速する。
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前の車にぶつからないよう減速する。
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確率 で、理由なく 1 だけ減速する。
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マス進む。
規則 3 が無い()と、密度が 1 マスあたり (1 km あたり約 22 台)までは、全員が最高速度で走り続ける。規則 3 は、坂や天気といった道路の条件や、空いた道でも速さがふらつく運転者の心理を、1 つの確率にまとめたものである。ケルン大学のアンドレアス・シャドシュナイダーは、この減速がブレーキの踏みすぎを持ち込み、渋滞が自然に生まれるために欠かせないと書いている。次の段の状態は今の状態と乱数だけで決まるので、この模型はマルコフ連鎖の一種である。
円周の道路で動かす
1 周 900 m(120 マス)の円を上の 4 つの規則で車が回り、時空図には、横に道路の位置(左端が円のいちばん上)、縦に時間(下ほど新しい)をとって車の居場所を積み重ねていく。台数 とゆらぎ のつまみを動かすと、円の中の基本図の丸が動き、流量が最大になる密度を越えたあたりから、時空図に左下へずれていく太い筋、つまり後ろへ進む渋滞が現れる。「1 台だけブレーキ」は印のついた車を 2 秒止め、台数が少なければ乱れは消え、多ければ止まった車の固まりが残って後ろへ流れ続ける。「等間隔に並べ直す」で、円の実験と同じ一様な流れから始め直せる。
牛の牧場から時空図まで
1934 年 6 月、オハイオ州道路局の交通課は、道路が何台の車をさばけるかを調べ始めた。グリーンシールズは 16 mm の映画用カメラを道路から約 350 フィート(約 107 m)離して据え、メトロノームの振り子が端まで振れて接点に触れるたびに、シャッターが切れるようにした。1 分に 88 コマで撮ると、1 コマの間に車が進んだフィートの数が、そのまま時速何マイルかになる。1935 年の論文は 100 台ずつ 1180 組の速さを調べ、密度と速さの点がほぼ直線に並ぶことを示した。
混んだ側の点の 1 つは、オハイオ州デラウェアの北の国道 23 号線で取られた。その夏、国は観測地点の北およそ 4 分の 1 マイルに牛の牧場を開いていた。論文は、運転者の多くは目的地に着くことより牛を見ることに関心があったらしい、と書いている。論文の図で直線の混んだ側の端を決めているのは、この場所の点である。論文の見立てのとおりなら、グリーンシールズの直線を支えた点の 1 つは、よそ見で落ちた速さだったことになる。
1955 年、イギリスのマイケル・ジェームズ・ライトヒルとジェラルド・ウィザムは、長い川の洪水の伝わり方を扱った論文の続編として、混んだ長い道路の交通の理論を発表した。流量を密度の関数とみなし、車の数の保存から密度の波と、密度がとびとびに変わる衝撃波を導く理論である。1956 年には、アメリカのポール・リチャーズも同じ形の理論を「高速道路の衝撃波」という論文で示した。3 人の頭文字をとって LWR モデルと呼ぶ。トレイテラーとマイヤーズが 1967 年に空から撮った写真で車の動きをたどった記録には、後ろへ進む渋滞が写っていた。杉山らはそこに時速 20 km の線を重ね、円の実験の渋滞と同じ速さであることを示している。
1992 年にナーゲルとシュレッケンベルクのセルオートマトンが出ると、渋滞は計算機の上で何度でも生み出せるようになった。1995 年には、坂東昌子、杉山雄規らが、1 台ごとの運動方程式で書いた最適速度模型を発表し、ボトルネックが無くても、密度が高ければ一様な流れが崩れて渋滞が生まれることを計算で示した。この予言を本物の車で確かめたのが、冒頭の円の実験である。
小さなむらが育つ理由
確かめられていることは 3 つある。ボトルネックが無くても、密度が高ければ渋滞は生まれる。高速道路の基本図は、1 km あたりおよそ 25 台を境に分かれる。生まれた渋滞は、時速 20 km 前後で後ろへ進む。
なぜ小さなむらが育つのか。最適速度模型は、前の車との車間が の車 の動きを次のように書く。
は車間で決まる「ちょうどよい速さ」、 はその速さに合わせようとする感度である。力の代わりに速さのずれが加速度を決める、運動方程式の形をしている。ヘルビングの総説によると、この模型では、車間が少し変わったときの の変わり方 が より大きいと、一様な流れは不安定になる。車間の小さな変化に強く反応し、しかも速さを合わせるのに時間がかかると、前の車の減速は後ろへ伝わるたびに大きくなる。シミュレーションのゆらぎ も、同じ踏みすぎを確率の形で入れている。
シミュレーションで確かめると、 では、900 m の円に 15 台以下なら、1 台を 2 秒止めても乱れは消える。18 台を越えるあたりからは、ブレーキを押さなくても、ゆらぎだけで止まった車の固まりが生まれたり消えたりする。24 台では、ほぼいつも固まりが残る。流量が最大になるのは 1 km あたり 18〜20 台のあたりで、およそ 2200 台/時である。時空図の筋は 1 秒におよそ 0.7 マス、時速にして約 18 km で後ろへ進む。 を 0.1 にすると筋は時速約 22 km、0.3 にすると約 15 km になる。模型の数字は実際の道路の 25 台/km とは違うが、臨界密度を越えると乱れが育つという形は同じである。
ここからは推測である。反応の遅れ、加速のためらい、ブレーキの踏みすぎのどれがいちばん効いているかを、渋滞の観測だけで決めるのは難しいと考えられる。原因の置き方が違う模型が、どれも似た基本図と後ろへ進む波を再現するからである。
NEXCO東日本は、上り坂やサグ部では無意識のうちに速さが落ちる車があり、後ろの車との車間が縮まって、後続の車が次々にブレーキを踏むことで渋滞が生まれる、と説明している。最初に速さを落とした車は、自分が渋滞の原因になったことに気づかない。円の実験と合わせて読むと、サグは渋滞の原因そのものというより、密度が臨界密度を越えた道路で最初の減速が起きやすい場所だと考えられる。
運転で車間をあける意味
NEXCO東日本の解説では、渋滞の約 7〜8 割は交通の集中によるもので、そのうち上り坂とサグ部(下り坂から上り坂に変わるくぼみ)が約 6 割、インターチェンジの合流部が約 1 割を占める。
7 の式は、渋滞を短くする方法も示す。先頭から出ていく流量が増えるほど、先頭は速く後ろへ下がり、固まりは縮む。2007 年 5 月 5 日、NEXCO東日本は東北道上り線の羽生パーキングエリア付近で、渋滞の先頭付近に「速度回復願います」などの表示を出した。交通の状況が似た 2005 年 5 月 1 日と比べると、先頭付近の速さは時速 26 km から 36 km に上がり、渋滞の中を 1 時間に通った台数は 3870 台から 4000 台に増えた。交通量は 5.7% 多かったのに、最大の渋滞の長さは 30 km から 16 km に縮み、渋滞の長さと時間を掛けた渋滞量は 36% 減った。
西成は、渋滞に入るときはゆっくり、出るときは速くという「スローイン・ファストアウト」を渋滞を減らす走り方として挙げ、実際には逆の走り方をする人が多いと指摘している。中央自動車道の小仏トンネルでは、渋滞を吸収する走り方をする車の隊が通ったあと、地点の平均の速さが戻った実験の結果を示している。
読んだあとにできることを挙げる。
- 混んできたら、前の車との間を詰めない。前の車がブレーキを踏んでも軽い減速で済む距離を残すと、乱れを大きくして後ろへ渡さずに済む。NEXCO東日本も、余計なブレーキを踏まないよう十分な車間距離を、と呼びかけている。
- 上り坂やサグに入ったら速度計を見て、知らないうちに落ちた速さを戻す。
- 渋滞の先頭に来たら、安全な範囲ですみやかに加速して抜ける。渋滞の中の必要以上の車線変更は、渋滞をさらに悪くするので控える。
- シミュレーションで を 0.1 と 0.3 にして、流量が最大になる台数と、時空図の筋の傾きがどう変わるかを比べる。
- ナビエ・ストークス方程式の記事は、密度が変わらない流体の質量の保存を と書く。密度が変わる車の流れでは、4 の式 になる。見比べると、車の流れが押し縮められる流体として扱われていることが分かる。
- ばらばらの個体の相互作用から全体のふるまいが生まれる、もう 1 つの例としてホタルとメトロノームはなぜそろうのかを読む。
- 時空図のように、時間を 1 段ずつ進めて計算するときに何が起きるかは、オイラー法とルンゲ=クッタ法で読む。
参考文献
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- 西成活裕「自然に学ぶ交通政策 ソフト・ハード・人」国土交通政策研究所 政策課題勉強会 配布資料(2015 年 2 月 4 日)
- 東日本高速道路「お盆時期の高速道路における渋滞予測【東日本高速道路版】」別添 2「渋滞緩和の取り組み」(2007 年 7 月 13 日)、「年末年始期間の高速道路における渋滞予測について【東日本版】」(2023 年 11 月 28 日)
- 東日本高速道路 ドラぷら「渋滞予報士がゆく 第 2 回 サーパとドラみち、渋滞の原因を教えてもらう」