イカの神経と手回しの計算機
1936 年、イギリスの動物学者ジョン・ザカリー・ヤングは、ヤリイカの体の中を走る太い管が、血管ではなく 1 本の神経の繊維(軸索)であることを示した。太さは 0.5 mm を超え、ときに 1 mm に近い。人の神経の繊維の数十倍から数百倍の太さである。細い針金なら、中に差し込める。
1939 年の夏、イギリス南西部プリマスの臨海実験所で、ケンブリッジの若い生理学者アラン・ホジキンと、学生のアンドリュー・ハクスリーは、ガラスの細い管でつくった電極をイカの軸索の中へ縦に差し込んだ。神経の内側の電位を直接測ったのである。同じ夏、アメリカのウッズホールでも、カーティスとコールが同じ方法で測っていた。静かなとき、内側は外より約 45 mV 低かった。信号が通ると、電位は約 90 mV はね上がり、内側が外より高くなるところまで行き過ぎた。膜が一時的に壊れて差が 0 になる、という当時の考えでは説明できない結果だった。
その年の 9 月、第二次世界大戦が始まった。結果は短い報告として、その秋の『ネイチャー』に載った。ホジキンは航空機に積むレーダーの開発に、ハクスリーは高射砲の照準の研究に移った。実験の再開は戦後になる。
戦後の 2 人は、膜の電位を一定に保ったまま流れる電流を測る「電圧固定法」で、ナトリウムとカリウムの電流を分けて測った。1952 年、5 本の論文の最後に、測った値から組み立てた式を発表した。ハクスリーの回想によると、ケンブリッジ大学の電子計算機は改修中で使えなかった。ハクスリーは手回しの機械式計算機ブルンスヴィガで、時間を少しずつ刻んで式を解いた。ノーベル賞の講演では、膜全体が一斉に動く場合の計算に数日、神経を伝わる信号 1 つの計算に数週間かかったと述べている。
計算で得た伝わる速さは秒速 18.8 m で、実測の 21.2 m に近かった。2 人は 1963 年、オーストラリアのジョン・エクルズとともにノーベル生理学・医学賞を受けた。ハクスリーは、小説『すばらしい新世界』の作家オルダス・ハクスリーの異母弟でもある。
起源
神経と電気の関わりは、18 世紀の終わりに、イタリアのルイージ・ガルヴァーニがカエルの脚の筋肉が金属に触れて縮むのを見て「動物電気」を唱えたところから始まる。1850 年には、ドイツのヘルマン・フォン・ヘルムホルツがカエルの神経で、信号が伝わる速さを初めて測り、秒速数十 m という値を得た。思ったよりずっと遅く、信号は電線の中の電気とは違う仕組みで伝わることを示していた。
1902 年、ドイツのユリウス・ベルンシュタインは、神経の膜はカリウムを通しやすく、それで内側が負になる、と説明した。信号が通るときは、膜がすべてのイオンを一時的に通して、電位の差が消えると考えた。1939 年のホジキンとハクスリーの「行き過ぎ」は、この考えの修正を迫った。
1949 年、ホジキンとカッツは、信号の立ち上がりで膜が急にナトリウムを通しやすくなる、と考えた。外に多いナトリウムが流れ込めば、内側は正になる。その後カリウムが流れ出て、もとに戻る。残る問題は、この「通しやすさ」が電位と時間でどう変わるかを数で書くことだった。電圧固定法は、アメリカのケネス・コールらが開発した方法を、ホジキンが学んで改良したものである。
イオンの濃さの差がつくる電位は、19 世紀の終わりにヴァルター・ネルンストが導いた式で決まる。 である。
証明
膜を電気回路として組み立てる。 は内側の電位(外を 0 とする)、 は外から加える電流である。
-
膜は薄い絶縁の層で、両側に電荷をためるコンデンサーとしてはたらく。電荷 が変わると電流が流れる。
-
加えた電流は、コンデンサーを充電する分と、イオンが膜を通る分に分かれる(キルヒホッフの法則)。
-
それぞれのイオンの電流は、通しやすさ(コンダクタンス)と、電位とネルンストの電位の差の積になる(オームの法則)。
-
電圧固定の測定で、カリウムの通しやすさは S 字の遅れを伴って上がった。これは、確率 で開く 4 つの独立な扉が全部開いたときだけ通る、と考えると合う。ナトリウムは、速く開く扉 3 つと、遅れて閉じる扉 1 つで表せた。
-
扉が開く割合は、閉から開へ速さ 、開から閉へ速さ で移るとして と書く(, も同じ形)。
-
電位を固定すると と は定数なので、 は指数関数で一定の値に近づく。
-
各電位で測った と から , の形を決め、手順 2〜5 を合わせると、上の式と 3 つの扉の式の、4 つの連立の微分方程式になる。
この式は、測定に使っていない現象を予言した。わずかに弱い刺激では何も起きず、少し強いと全力の信号が出る「全か無か」。信号の直後にしばらく次の信号が出ない「不応期」。そして、軸索に沿った電流の流れを足して解いた、信号の形と伝わる速さである。ホジキンとハクスリーは、電位と扉の割合の変化を表すこれらの関数を、物理的な実体を知らないまま、測定に合う形として決めた。扉の正体が膜のたんぱく質の通り道(イオンチャネル)であることは、1970 年代以後のパッチクランプ法や、たんぱく質の立体構造の解析で確かめられていく。
応用
ネルンストの電位の計算。 イカの軸索では、カリウムの濃さは内側が約 400 mM、外側が約 20 mM、ナトリウムは内側が約 50 mM、外側が約 440 mM とされる。18.5 ℃ では mV なので、 mV、 mV になる。静かなときの電位はカリウムの値に近く、信号の山はナトリウムの値に向かって上がる。
フグの毒と麻酔。 フグの毒テトロドトキシンは、ナトリウムの通り道をふさぐ。1909 年に田原良純が名づけたこの毒が神経の信号を止める仕組みは、1964 年に楢橋敏夫らが、ロブスターの神経で、ナトリウムの電流だけが消えることで示した。歯科などで使う局所麻酔薬も、ナトリウムの通り道をふさいで痛みの信号を止める。式の上では を小さくすることにあたる。
心臓のリズム。 1962 年、デニス・ノーブルはこの式の形を、心臓のプルキンエ線維(拍動の信号を伝える心筋の細胞)に当てはめ、ひとりでにリズムを刻む電位の変化を計算で再現した。いまは、新しい薬が心臓のリズムを乱さないかを、こうした細胞のモデルで前もって調べる取り組みも進んでいる。
図示
シミュレーション
ホジキンとハクスリーの式を、時間をおよそ 120 分の 1 の速さにして解いている。静かな膜に 1 ms の刺激が加わると、電位がすっと立ち上がり、ゆっくり戻る。刺激の強さを約 6.6 μA/cm² より下げると、信号はまったく出なくなる(全か無か)。信号の直後に「いま刺激する」を押しても、しばらくは信号が出にくい(不応期)。続けて流す電流を約 6.3 μA/cm² より上げると、刺激の合間にも信号が出て、リズムを刻み始める。「フグの毒」を選ぶと、ナトリウムの扉が使えなくなる。
広がる学問
- 生物学 神経科学の基礎の式である。脳の神経細胞のモデルは、扉の種類を増やしたこの形の式で作られ、細胞の形まで含めた計算に使われる。
- 医学 てんかん・不整脈・痛みの研究で、どの通り道の働きが変わると信号がどう乱れるかを計算する。麻酔薬や抗不整脈薬の作用の説明にも使う。
- 物理学 膜をコンデンサーと抵抗で表す電気回路の考え方と、ネルンストの式の熱力学が、生き物の信号の説明にそのまま使われた例である。
- 工学 1962 年、南雲仁一らは、この式を 2 変数に簡単にしたフィッツフュー・南雲のモデルを、トンネルダイオードを使った電子回路で実現した。神経のように信号を出す回路の研究の始まりの 1 つである。
- 情報科学 信号の山(スパイク)の時刻で情報を運ぶスパイキング・ニューラルネットワークや、脳をまねた計算機の研究の出発点になっている。
参考文献
- A. L. Hodgkin, A. F. Huxley, "A quantitative description of membrane current and its application to conduction and excitation in nerve", The Journal of Physiology 117 (1952), 500-544.
- A. L. Hodgkin, A. F. Huxley, "Action Potentials Recorded from Inside a Nerve Fibre", Nature 144 (1939), 710-711.
- J. Z. Young, "Structure of nerve fibres and synapses in some invertebrates", Cold Spring Harbor Symposia on Quantitative Biology 4 (1936), 1-6.
- A. F. Huxley, "The quantitative analysis of excitation and conduction in nerve", Nobel Lecture (1963).
- J. Nagumo, S. Arimoto, S. Yoshizawa, "An Active Pulse Transmission Line Simulating Nerve Axon", Proceedings of the IRE 50 (1962), 2061-2070.
- Bertil Hille, Ion Channels of Excitable Membranes, 3rd ed. (Sinauer, 2001).