大聖堂のランプ
ピサの大聖堂の高い天井から、長い鎖でランプが吊り下がっている。医学を学んでいた若いガリレオ・ガリレイは、ある日そこで、揺れるランプを見上げていた。
揺れは大きくなったり小さくなったりする。それでも、1 往復にかかる時間は変わらないように見えた。時計の無い時代である。ガリレオは自分の手首の脈を数えて、揺れの時間を測った。大きく揺れても小さく揺れても、脈の数は同じだった。
この話を書き残したのは、晩年のガリレオのそばで助手を務めたヴィンチェンツォ・ヴィヴィアーニである。ガリレオの死から 12 年後の 1654 年、メディチ家のレオポルド公子に宛てて書いた『ガリレオ伝』(出版は 1717 年)に出てくる。ヴィヴィアーニによれば、ガリレオはこの発見から、脈の速さを測る道具を考え、医者たちに使われたという。
ただし、これはガリレオ自身が書いたことではない。ガリレオの著作や手紙に、大聖堂のランプは一度も出てこない。年は 1583 年ごろと言い伝えられているが、いま大聖堂に下がっている「ガリレオのランプ」は、銘によれば 1584 年から 1587 年にかけて作られたもので、その年にはまだ無かった。イタリアの文化財の目録は、隣の墓所(カンポサント)の礼拝堂にある真鍮のランプのほうが確からしいとしている。別のランプだったのか、細部が後から付け加わったのかは分からない。
記録で確かめられるのは、その後のガリレオである。1602 年 11 月、ガリレオは友人の数学者グイドバルド・デル・モンテに宛てた手紙で、同じ長さの 2 つの振り子を大きさの違う振れ幅で放すと、長く揺らしても揃ったまま往復することを報告した。晩年の 1641 年、目が見えなくなっていたガリレオは、振り子で時を刻む時計の仕組みを考え、息子のヴィンチェンツォと相談した。その仕組みは、のちにヴィヴィアーニが描いた図で伝わっている。時計は完成しなかった。
起源
ガリレオは 1638 年の『新科学対話』で、振り子について 2 つのことを書いた。1 つは、同じ長さの振り子は振れ幅によらず同じ時間で往復するということ。もう 1 つは、往復の時間が長さの平方根に比例するということである。往復の時間を 2 倍にするには、長さを 4 倍にすればよい。
1 つめは、厳密には正しくない。振れ幅が大きくなると、往復の時間は少しずつ長くなる。これをはっきり示したのは、オランダのクリスティアーン・ホイヘンスである。
ホイヘンスは 1656 年、振り子で動く時計を作り、翌年に特許を取った。時計の誤差は、それまでの 1 日に何分という大きさから、1 日に 1 分より小さいところまで縮んだ。1673 年の著作『振り子時計』では、おもりが円ではなくサイクロイドという曲線に沿って動くようにすれば、振れ幅によらず完全に同じ時間で往復することを証明した。あわせて、小さな振れの片道にかかる時間と、振り子の長さの半分の高さから物が落ちる時間の比が、円周と直径の比 に等しいことを示した。これを書き直すと になる。
振り子は、地球を測る道具にもなった。1672 年、フランスの天文学者ジャン・リシェは南米のカイエンヌへ観測に出かけ、パリで合わせた振り子時計が 1 日に約 2 分半遅れることに気づいた。赤道に近いほど重力がわずかに弱いからである。ニュートンは『プリンキピア』でこの観測を取り上げ、地球が赤道の方向にふくらんだ形をしていることの証拠とした。
1851 年、レオン・フーコーはパリのパンテオンの天井から、長さ 67 m のワイヤーで 28 kg のおもりを吊るした。振り子の揺れる向きが時間とともにゆっくり回っていく様子から、地球が自転していることを、空を見ずに示した。
証明
長さ の軽いひもの先に、質量 のおもりを吊るす。鉛直からの角度を 、重力の加速度を とする。
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おもりは半径 の円の上を動く。円に沿った道のりは で、円に沿った加速度は である。円に沿った向きの力は重力の成分 だけなので、運動方程式は
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両辺の が消える。おもりの重さが周期に関係しない理由はここにある。
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角度が小さいとき、 と近似できる( はラジアン。 で誤差は 0.5% ほど)。
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2 回微分すると元の関数の 倍になる関数は である。角度 で静かに放すと、
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は が 進むと元に戻るので、1 往復の時間は
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この式には が入っていない。振れ幅が小さい限り、周期は振れ幅によらない(等時性)。振れ幅が大きいときは が使えない。エネルギーの保存から正確な周期を求めると、第 1 種完全楕円積分 を使って
正確な式で計算すると、周期は振れ幅 で 0.2%、 で 1.7%、 で 7.3%、 で 18% 長くなる。ガリレオが「振れ幅によらない」と書いたのは、小さな振れの範囲では誤差が脈では測れないほど小さかったからである。
応用
秒振り子。 片道がちょうど 1 秒、往復 2 秒の振り子の長さは、 m である。18 世紀のフランスでは、この長さを長さの単位にする案が議論された。重力が場所で違うため採用されず、メートルは地球の子午線の長さから決められた。
重力を測る。 長さ 1.000 m の振り子が 20 往復するのに 40.12 秒かかったとする。 s から m/s² が求まる。20 世紀の前半には、地下の資源を探すための重力の測定にも、精密な振り子が使われていた。
ぶらんこと月。 ひもの長さ 2.5 m のぶらんこの周期は約 3.2 秒である。同じ 1 m の振り子でも、重力が地球の約 6 分の 1 の月では、周期は約 2.45 倍の 4.9 秒になる。
フーコーの振り子。 パンテオンの 67 m の振り子の周期は約 16.4 秒である。長い振り子は 1 往復が長く、空気の抵抗による減り方も遅いので、何時間も揺れ続けて向きの変化を見せられる。
揺れを止める振り子。 台湾の高層ビル台北 101 の上の階には、重さ約 660 t の鉄の球が吊り下げられている。球の振り子の周期をビルの揺れの周期に合わせておくと、風や地震でビルが揺れたとき、球が逆向きに揺れてビルの揺れを吸い取る。
図示
シミュレーション
おもりをドラッグして引き、放すと揺れ始める。点の列は 0.1 秒ごとのおもりの位置で、端では詰まり、真下では間が開く。止まるように見える端と、すっと通り過ぎる真下が、同じ周期の中に交互に来る。「近似と比べる」を入れると、 とした振り子が点線で重なり、振れ幅を大きくするほど少しずつ遅れていく。「15 本の波」では、60 秒で 51 回から 65 回往復するように長さを少しずつ変えた 15 本の振り子が、揃ったり崩れたりする。
広がる学問
- 物理学 振り子は、復元力が変位に比例する「単振動」の代表である。ばね、音叉、電気回路の振動、分子の振動まで、同じ形の式で書ける(フックの法則)。
- 地球科学 振り子の周期から重力の大きさを測り、地球の形や地下の密度の違いを調べた。フーコーの振り子は、地球の自転をその場で見せる装置として、世界中の科学館に置かれている。
- 工学 振り子時計は、20 世紀に水晶時計が現れるまで、最も正確な時計だった。台北 101 のような同調質量ダンパーは、橋や塔の揺れを抑えるために使われる。
- 建築 高い建物には、それぞれ固有の揺れの周期がある。地震の揺れの周期と建物の周期が近いと揺れが大きくなるので、設計では周期を計算して確かめる。
- 音楽 曲の速さを刻むメトロノームは、支点の上下に重りの付いた振り子で、上の重りをずらすと周期が変わる。1815 年にメルツェルが特許を取った形が、いまも使われている。
参考文献
- G. Galilei, Discorsi e dimostrazioni matematiche intorno a due nuove scienze, Leiden, 1638.(今野武雄・日田節次 訳『新科学対話』岩波文庫)
- V. Viviani, Racconto istorico della vita del Sig.r Galileo Galilei (1654). In A. Favaro 編 Le Opere di Galileo Galilei, Edizione Nazionale, Vol. 19.
- C. Huygens, Horologium Oscillatorium, Paris, 1673.
- I. Newton, Philosophiae Naturalis Principia Mathematica, London, 1687, Book III, Prop. 20.
- M. R. Matthews, Time for Science Education: How Teaching the History and Philosophy of Pendulum Motion Can Contribute to Science Literacy, Kluwer, 2000.
- "Galileo and the pendulum clock", Royal Holloway, University of London.