天球の音楽
夜空の星は、回りながら音楽を奏でている。古代ギリシアのピタゴラス学派はそう考えたと伝えられる。
アリストテレスは『天体論』第 2 巻で、この説を紹介している。あれほど大きな星々があれほど速く動けば、音が出ないはずがない。速さの比は音楽の協和音の比になっていて、星々は調和した音を奏でている。私たちに聞こえないのは、生まれたときからその音の中にいて、静けさと比べる機会が無いからだ。アリストテレス自身は、この説を退けている。
プラトンの『国家』の最後に置かれた「エルの物語」では、宇宙を貫く軸の周りに 8 つの輪が回り、それぞれの輪にセイレーンが乗って 1 つの音を歌い、8 つの音が 1 つの調和をつくる、と語られる。
音楽と数の結びつきについては、もう 1 つの伝説がある。1 世紀から 2 世紀の数学者ニコマコスの『和声学提要』によれば、ピタゴラスは鍛冶屋の前を通りかかり、槌の音が協和して聞こえることに気づいた。槌の重さを量ると、比が 2 : 1、3 : 2、4 : 3 になっていた、という。弦の長さの比として、オクターブ・5 度・4 度が単純な整数の比になるのは事実である。しかし槌の音の高さは重さに比例しないので、この話のとおりにはならない。伝説の形で残った、数と音の発見の記憶である。
2000 年後、この古い夢を本気で追った天文学者がいた。ヨハネス・ケプラーである。1619 年の『世界の調和』第 5 巻で、ケプラーは惑星が太陽に最も近いときと最も遠いときの、角度で測った速さの比を調べ、それを音の高さに置き換えて、惑星ごとの旋律を譜面に書いた。地球の旋律は「ミ・ファ・ミ」で、この音の名前からも、私たちの住む地上を悲惨(ミゼリア)と飢え(ファメス)が支配していると分かる、とケプラーは書いている。
その同じ本の中に、いま第三法則と呼ばれる比が書かれている。
起源
ケプラーは若いころから、惑星の並びには神の設計による理由があると信じていた。1596 年の『宇宙の神秘』では、6 つの惑星の軌道の間に 5 つの正多面体がはまっているという考えを発表している。
考えを確かめるには、正確な観測が要った。デンマークの天文学者ティコ・ブラーエは、望遠鏡の無い時代に、角度の 1 分(1 度の 60 分の 1)に近い精度で惑星の位置を何十年も記録していた。1600 年、ケプラーはプラハでティコの助手になり、翌年ティコが亡くなると、その観測の記録を引き継いだ。
ケプラーは火星の記録と何年も格闘し、1609 年の『新天文学』で、2 つの法則を発表した。惑星は太陽を 1 つの焦点とする楕円を描く(第一法則)。太陽と惑星を結ぶ線が同じ時間に描く面積は等しい(第二法則)。
残る問いは、惑星どうしの関係だった。太陽から遠い惑星ほどゆっくり回る。その遅くなり方に法則は無いか。ケプラーは『世界の調和』第 5 巻 第 3 章に、見つけた日付まで書き残している。1618 年 3 月 8 日、それは頭に浮かんだ。しかし計算を誤り、間違いとして捨てた。5 月 15 日、それは再びやって来て、心の闇を打ち破った。ティコの観測に費やした 17 年の仕事と、いまの考察とが見事にかみ合ったので、初めは夢を見ているのか、結論を前提に紛れ込ませたのかと思ったほどだ、と。
ケプラーの言葉では、2 つの惑星の周期の比は、平均の距離の比の「1 倍半」(3/2 乗)に正確に等しい。2 乗にすれば、周期の 2 乗は距離の 3 乗に比例する。
ケプラーは、なぜそうなるのかは説明できなかった。説明したのはニュートンである。1687 年の『プリンキピア』第 1 巻 命題 15 で、距離の 2 乗に反比例する引力のもとでは、楕円の周期が長軸の 3/2 乗に比例することを証明した。さらに、木星や土星の衛星もこの法則に従うことを、万有引力の証拠の 1 つとして挙げた。
証明
万有引力の法則から、楕円の軌道について導く。太陽の質量を 、楕円の長半径を 、短半径を とする。
-
引力は太陽の方向を向くので、太陽の周りの角運動量は変わらない。1 kg あたりの角運動量を とすると、線が描く面積の速さは一定である(第二法則)。
-
逆 2 乗の引力のもとでの軌道の方程式を解くと、太陽を焦点とする円錐曲線になる。楕円なら、焦点を通り長軸に垂直な弦の長さの半分 (半直弦)は
-
楕円の性質から、半直弦は長半径と短半径で と書ける。手順 2 と合わせて
-
1 周の時間は、楕円の面積 を、面積の速さ で割ったものである。
-
2 乗して手順 3 を代入すると、 が消える。周期は長半径だけで決まる。
-
惑星の質量 も太陽を引くので、2 つは共通の重心の周りを回る。2 つの間の距離で考えると、 を に置き換えればよい。
-
太陽系の惑星では は の 1000 分の 1 以下なので、比例定数はどの惑星もほぼ同じになる。周期を年、長半径を地球の軌道の長半径(天文単位、au)で測れば、
ケプラーが見つけた比例が、すべての惑星で同じだった理由は、比例定数に太陽の質量だけが入っているからである。逆に、周期と長半径を測れば、中心にある物の質量が分かる。
応用
8 つの惑星。 水星は au、 年で、 になる。木星は 5.203 au と 11.86 年で 0.999、海王星は 30.07 au と 164.8 年で 0.999 である。ケプラーの時代に知られていなかった天王星と海王星も、同じ式に乗る。
ハレー彗星。 周期は約 75.3 年なので、長半径は au と分かる。太陽に最も近いときは金星の軌道の内側まで来て、遠いときは海王星の軌道の外まで行く、細長い楕円である。
静止衛星の高さ。 地球の自転と同じ 23 時間 56 分 4 秒で回る衛星は、赤道の上で止まって見える。地球について を解くと、 km、地表からの高さは約 35,800 km になる。放送や気象の衛星はこの高さを回っている。
木星の重さを量る。 木星の衛星イオは、半径約 42 万 2 千 km の軌道を 1.769 日で回る。式を について解くと、木星の質量は約 kg、地球の約 318 倍と出る。惑星や恒星の質量は、ほとんどこの方法で求められている。
銀河の中心。 天の川銀河の中心を回る星 S2 は、長半径約 1000 au の楕円を約 16 年で回る。(太陽の質量を単位として)から、中心には太陽の約 400 万倍の質量が、S2 が最も近づくときの距離(約 120 au)より内側に詰まっていることが分かった。この観測を続けたゲンツェルとゲズは、2020 年にノーベル物理学賞を受けた。
図示
シミュレーション
左では、太陽系の惑星のうち画面に入るものと、つまみで決める二重丸の惑星が太陽を回る。二重丸の惑星の長半径 と離心率 を変えると、右の図の塗りつぶした点が動き、 を変えたときだけ直線の上をすべる。 を大きくすると、太陽の近くではすっと速く、遠くではゆっくり進む。網をかけた扇形は、等しい時間ごとに描く面積で、形が違っても面積は同じである。
広がる学問
- 天文学 恒星の周りの惑星(系外惑星)の軌道の大きさや、2 つの恒星が回り合う連星の質量は、周期を測ってこの式から求める。1995 年に見つかった、ペガスス座 51 番星の惑星は周期 4.23 日で、軌道の長半径は約 0.05 au、水星よりずっと内側を回っていた。
- 物理学 ニュートンはこの法則を手がかりに、引力が距離の 2 乗に反比例することを示した。法則は、万有引力の法則を確かめる最初の大きな証拠になった。
- 工学 人工衛星の高さと周期の関係は、この式で決まる。高さ 400 km の国際宇宙ステーションは約 92 分、月は約 27 日で地球を回る。打ち上げる軌道の設計は、まずこの関係から始まる。
- 音楽 ケプラーの『世界の調和』は、天体の運動と音楽の比を、観測の数値で結びつけようとした大きな試みである。惑星の旋律の考えは、のちの作曲家や音楽の理論家にも題材を与え続けている。
- 数学 楕円の面積・半直弦・焦点の性質が、この証明の要になる。円錐曲線の研究は古代ギリシアのアポロニオスにさかのぼり、ケプラーとニュートンによって天体の運動の言葉になった。
参考文献
- J. Kepler, Harmonices Mundi, Linz, 1619, Book V, Chapter 3.(E. J. Aiton, A. M. Duncan, J. V. Field 訳 The Harmony of the World, American Philosophical Society, 1997)
- J. Kepler, Astronomia Nova, Prague, 1609.
- I. Newton, Philosophiae Naturalis Principia Mathematica, London, 1687, Book I, Prop. 15.
- アリストテレス『天体論』第 2 巻 第 9 章
- プラトン『国家』第 10 巻(藤沢令夫 訳、岩波文庫)
- A. Koestler, The Sleepwalkers, Hutchinson, 1959.
- GRAVITY Collaboration, "Detection of the gravitational redshift in the orbit of the star S2 near the Galactic centre massive black hole", Astronomy & Astrophysics 615 (2018), L15.