
出典: Wikimedia Commons・Joseph Highmore・Public domain
生涯
1667 年 5 月 26 日、フランス北東部のシャンパーニュ地方、ヴィトリ=ル=フランソワで、プロテスタントの家に生まれた。1685 年、ルイ 14 世がナントの勅令を廃止してプロテスタントへの迫害が強まると、信仰を理由に修道院に閉じ込められた。釈放されたのち、イングランドへ渡った。
ロンドンでは、生徒の家やコーヒーハウスを回って数学を教え、暮らしを立てた。ニュートンの『プリンキピア』を手に入れると、ページを切り離して持ち歩き、生徒の家へ向かう道々で読んだと伝えられる。ハレーやニュートンと親しくなり、1697 年に王立協会の会員に選ばれた。外国人であったため、大学の職には最後まで就けなかった。
1718 年の『偶然の理論』は、賭けの問題から確率の計算を組み立てた本で、1738 年と 1756 年に増補された。1733 年 11 月 13 日付のラテン語の小冊子で、硬貨を何度も投げたときの表の数の分布が、のちに正規分布と呼ばれる曲線で近似できることを示した。三角関数の累乗についての「ド・モアブルの定理」にも名を残す。1754 年 11 月 27 日、ロンドンで没した。
出典
- MacTutor History of Mathematics: Abraham de Moivre
- Royal Society Picture Library: Portrait of Abraham de Moivre (1667-1754), Joseph Highmore, 1736
- A. de Moivre, The Doctrine of Chances, 2nd ed., London, 1738