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B⁰中間子が100億個あっても、2つのミューオンに変わるのは1個ほどしかない。ジュネーブ近郊のCERNにある大型ハドロン衝突型加速器(LHC)で、LHCb実験がこのまれな崩壊の証拠を、1つの実験として初めてつかんだ。崩壊とは、粒子がより軽い粒子に変わって消えることをいう。LHCbの共同研究チームが2026年11月3日、CERNのセミナーで発表した。
偶然では説明しにくい度合いを示す有意度は3.2σで、素粒子物理で「証拠」とされる3σを超えるものの、「発見」の5σには届かない。測った割合は標準模型(いまの素粒子物理の土台となる理論)の予想と合っていて、新しい粒子を見つけた報告ではない。論文はarXivで公開され、Physical Review Xに投稿した査読前の段階にある。
B⁰中間子は、陽子や中性子を作るクォークの重い仲間、ボトムクォークを含む粒子である。ミューオンは電子に似て、200倍ほど重い。
1.5ピコ秒の間に道が枝分かれする
B⁰中間子の寿命は約1.5ピコ秒、つまり1兆分の1.5秒しかない。1崩壊は放射性崩壊と同じ指数の式に従う。初めに個あれば、時刻に残っている数は次の式で決まる。
が寿命で、は自然対数の底を指す。では、つまり約37%が残る。半分になる時刻は、を何乗すると2になるかを表すを寿命に掛けて、ピコ秒と出る。
では、「100億回に1回」はこの式のどこに入るのか。壊れやすさは崩壊定数でも表せて、の関係にある。ごく短い時間に壊れる確率がになる量である。行き先がいくつもある粒子では、が道ごとの足し算に分かれる。1つの道へ向かう枝分かれの割合を、崩壊分岐比と呼ぶ。
標準模型の予想では、2つのミューオンへ向かう分岐比はで、約97億回に1回にあたる。2数を入れてみよう。 /sなので、この道のは倍の約69 /sになる。
この道しかなければ、寿命は69分の1秒、約15ミリ秒になる計算だ。実際の寿命のほぼ100億倍にあたる。それだけ、ほかの道が速い。
なぜここまでまれなのか。論文によると、標準模型でクォークの種類を直接変えられる力の粒子はWボソンだけで、この崩壊は遠回りの過程を通るしかない。さらに、粒子の自転に似た性質であるスピンがB⁰中間子では0で、これも崩壊を抑える。
3.2σは裾の面積でいくつか
は、正規分布のばらつきの幅を表す標準偏差である。背景事象とは、狙う崩壊と紛らわしいほかの現象が残す記録を指す。3.2σは、背景事象だけのときに見込まれるばらつきの3.2倍ずれた、という意味になる。偶然でそれ以上ずれる確率は、釣り鐘の裾の面積で決まる。
がσの何倍かを表す数で、は曲線の下の面積を求める記号、その右が釣り鐘の高さを表す式だ。片側の裾だけを数えるのは、信号があれば事象が増える向きにしかずれないからで、Particle Data Groupの統計の解説もこの定義を挙げる。
| ずれ | 確率 | およそ | 偏差値なら |
|---|---|---|---|
| 3σ | 0.135% | 741回に1回 | 80 |
| 3.2σ | 0.069% | 1,455回に1回 | 82 |
| 5σ | 0.000029% | 349万回に1回 | 100 |
模擬試験の偏差値は平均50、標準偏差10に換算した点なので、得点が正規分布に従えば3.2σは偏差値82にあたる。偏差値100は、349万人に1人の点である。3
ただし、このを読み違えやすい。は「背景だけだと仮定したときに、今のデータ以上のずれが出る確率」である。「背景だけという仮説が正しい確率」ではなく、1から引いても「信号がある確率」にはならない。CERNの発表は3σを「信号が偶然で起きた確率0.3%」と短く言い表す。0.3%は両側の裾を足した0.27%を丸めた値とみられ、片側の定義なら0.135%になる。
1,500個ほどの別々の測定をすれば、背景だけでも平均1個ほどはこの大きさになる。測定を数多く重ねる分野が3σで満足せず5σを求めるのは、これも一因だ。
2015年の3σは確認されなかった
同じ崩壊の3σが、あとで確認されなかったことがある。LHCbとCMSは2015年の共同解析で、この崩壊に3σの証拠を報告した。ところが2020年のATLAS、CMS、LHCbのまとめは、信頼水準90%で未満という上限を出すにとどまった。2018年までのデータを使った解析でも、LHCbは1.7σで、CMSには証拠が出なかった。
上限は「真の値がこれより大きいとは考えにくい」という線で、標準模型の予想はその内側にある。崩壊そのものが否定されたわけではない。
今回は何が違うのか。2024年の改良でデータを集める速さが5倍になり、粒子の見分けもよくなった。機械学習で背景も抑えた。2024年と2025年のデータ18 fb⁻¹だけで3.0σが出て、2011〜2018年の9 fb⁻¹と合わせると3.2σになった。fb⁻¹は衝突データの量を表す単位である。4
合わせた分岐比は次の値で、約88億回に1回にあたる。統計はデータの少なさから来る誤差、系統は測り方の不確かさから来る誤差である。
予想の1.03との差は0.11で、予想の側の誤差0.39の3割ほどしかない。論文も、すべての測定が標準模型の予想と合うとまとめている。1984年にCLEO実験が出した最初の上限はだったので、40年余りで6桁下まで探してきたことになる。
ゼプトメートルの扉はまだ開いていない
ケンブリッジ大学の発表の題にある「ゼプトバース」は、ゼプトメートルほどの短い距離の世界を指す言葉だ。1ゼプトメートルは m、つまり1兆分の1の、さらに10億分の1メートルにあたる。LHCが直接探れるのは約100ゼプトメートルまでで、大学の発表によると、新しい粒子はもっと短い距離に隠れているのかもしれない。5
直接届かない距離を、なぜ分岐比で調べられるのか。CERNの説明はこうだ。粒子の崩壊は、ほかの粒子の量子力学的な影響を受ける。重すぎてLHCで作れない粒子でも、崩壊の道を足せば分岐比が動く。まれな崩壊ほど、その影響が目立つ。
今回の分岐比に、動いた様子はない。予想と合ったことで、新しい粒子が存在できる範囲はさらに狭まった。解析チームを率いたのは、ケンブリッジ大学のハリー・クリフ(Harry Cliff)博士である。「ゼプトバースの扉をたたいている」と博士は語るが、扉はまだ開いていない。
5σまでに要るデータ
5σで確かめられれば、ボトムクォークを含む粒子で観測された最もまれな崩壊になる、とCERNは説明する。では、そこまであとどれだけか。信号の数はデータの量に比例するのに、背景のばらつきはの平方根でしか増えないので、有意度はおおまかにで伸びる。今回の、 fb⁻¹から出発すると、当サイトの概算では次の目安が立つ。
LHCbはLHCの第3期(Run 3)全体で28 fb⁻¹を記録したと説明している。今回の18 fb⁻¹を引くと、約10 fb⁻¹が残る。これを足した37 fb⁻¹で約3.7σ。5σには66 fb⁻¹ほど要る計算で、記録済みのデータだけでは足りない。中心値が予想の1.03まで下がれば、要る量は約81 fb⁻¹に増える。
この先についてCERNは、2030年に始まる高輝度LHCと2030年代半ばのLHCbの改良で、データを集める速さがさらに1桁上がる可能性があるとする。LHCbの代表を務めるウォリック大学のティム・ガーション(Tim Gershon)教授も、この改良を次の仕事に挙げる。
2015年の3σは、そのまま残らなかった。今回の3.2σが残るかどうかの最初の手がかりは、残りの約10 fb⁻¹の解析で得られるはずだ。
注
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LHCbが2026年8月に報告したB⁰中間子の実効寿命は psで、ケンブリッジ大学の発表の1.5ピコ秒と合う。この式の計算は1.5 psで丸めた。 ↩
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ケンブリッジ大学の発表には「100億回に1回」と「10億回に数回より少ない」の2つの言い方がある。B⁰中間子そのものの値は論文ので、前者が当たる。後者は中間子の予想の桁で、CERNの発表もを10億回に3回ほど、B⁰をその約30分の1と説明する。予想の値の元は、論文が引くBeneke氏らの2019年の計算である。 ↩
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論文の有意度は、信号ありとなしの尤度の差からWilksの定理で求め、模擬実験で確かめた値である。論文は片側か両側かを書いていない。表の確率は、その有意度をParticle Data Groupの統計の解説の定義で片側の裾の面積に直したもので、論文の数ではない。5σの確率は同じ解説の値と一致する。偏差値の例は当サイトの換算である。 ↩
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標準模型の予想どおりなら、18 fb⁻¹の解析対象に入る信号はB⁰中間子で個と論文は見込む。 ↩
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接頭語のゼプトがであることは国際度量衡局の一覧で確認できる。論文は、この種の崩壊で調べられるエネルギーを最大100 TeVとしていて、 MeV·fmで長さに直すと約 mとなり、同じ桁になる。換算は当サイトによる。 ↩
出典
- ケンブリッジ大学「Physicists knock at the door of the zeptoverse」(2026年11月3日)
- LHCb「Evidence for the decay B0→μ+μ– and improved measurements of Bs0→μ+μ–」(2026年11月3日)
- CERN「LHCb finds evidence of one-in-ten-billion particle decay」(2026年11月3日)
- LHCb Collaboration「Evidence for the decay B0→μ+μ− and improved measurements of the decay Bs0→μ+μ−」arXiv:2611.00230(LHCb-PAPER-2026-053・2026年10月30日投稿・Physical Review Xに投稿した査読前の論文)
- CMS, LHCb Collaborations「Observation of the rare Bs0→μ+μ− decay from the combined analysis of CMS and LHCb data」Nature 522, 68-72(2015年・公開版 arXiv:1411.4413)
- LHCb Collaboration「Analysis of neutral B-meson decays into two muons」Physical Review Letters 128, 041801(2022年・公開版 arXiv:2108.09284)
- CMS Collaboration「Measurement of the Bs0→μ+μ− decay properties and search for the B0→μ+μ− decay in proton-proton collisions at √s = 13 TeV」Physics Letters B 842, 137955(2023年・公開版 arXiv:2212.10311)
- M. Beneke, C. Bobeth, R. Szafron「Power-enhanced leading-logarithmic QED corrections to Bq→μ+μ−」JHEP 10(2019)232(公開版 arXiv:1908.07011)
- LHCb「Run 3: Sitting on a Goldmine」(2026年10月30日)
- LHCb「Precision measurement of the B0 and B+ lifetimes」(2026年8月1日)
- Particle Data Group「Statistics」Review of Particle Physics(2024年)
- 国際度量衡局(BIPM)「SI prefixes」
この記事は、人が監修しながらAIを活用して執筆した。執筆・監修: 佐々木 航(株式会社Game)。