
出典: Wikimedia Commons・Eveleen Myers (née Tennant)・Public domain
生涯
1822 年 2 月 16 日、イングランドのバーミンガムに近いスパークブルックで生まれた。父の家は銀行家で、母はエラズマス・ダーウィンの娘である。チャールズ・ダーウィンとは、祖父を同じくするいとこにあたる。ロンドンのキングズ・カレッジで医学を学んだのち、1840 年にケンブリッジ大学トリニティ・カレッジへ進んで数学に移ったが、病気のため思うように学業を終えられなかった。
1850 年からアフリカ南西部を探検し、1853 年にその記録を本にした。1863 年の『気象図説』では天気図を工夫し、「高気圧(アンチサイクロン)」という言葉を作った。
ダーウィンの『種の起源』を読んでから、人の能力の遺伝に関心を移し、1869 年に『遺伝的天才』を出した。1873 年には、玉が釘の間を落ちる装置を設計して作らせた。1875 年ごろ、スイートピーの種の大きさを親と子で比べ、子の値が平均の側へ戻る「回帰」に気づいた。1889 年の『自然的遺伝』で、相関と回帰の考えをまとめた。指紋の形が一生変わらないことも示し、分類の方法を作った。
ゴルトンは優生学の唱え手でもあった。『遺伝的天才』には人種の優劣を論じた章がある。1883 年には「優生学」という言葉を作り、能力が高いとみなした人の子を増やすべきだと説いた。この考えは 20 世紀に、各国で強制的な不妊手術などの差別的な政策の根拠とされた。2020 年、彼の遺贈で優生学の教授職を置いたユニバーシティ・カレッジ・ロンドンは、講堂から彼の名を外した。1909 年にナイトに叙され、1911 年 1 月 17 日、サリー州ヘイズルミアで没した。
関わった公式1
器具と道具
出典
- MacTutor History of Mathematics: Francis Galton
- UCL Science Collections: Quincunx (1873, Tisley and Spiller, LDUGC-063)
- F. Galton, Natural Inheritance (Macmillan, 1889)
- K. Pearson, The Life, Letters and Labours of Francis Galton (Cambridge University Press, 1914-1930)
- F. Galton, Inquiries into Human Faculty and Its Development (Macmillan, 1883)
- UCL: UCL denames buildings named after eugenicists (2020 年 6 月 19 日)
