不確定性原理を破らない量子状態スムージング、理研と東大が初実証

過去と未来の測定記録で光の量子状態を推定する手法を、理研と東大などが初めて実証した。古典の式のままでは不確定性原理を破ることがあるため、隠れた観測者の記録を推定して状態を平均し、真の状態との純度の差を最大10.3%縮めた。

不確定性原理正規分布ベイズの定理マルコフ連鎖

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過去と未来の測定記録を統計の教科書どおりに組み合わせると、光の揺らぎの積が不確定性原理の下限を割ることがある。この矛盾を避けて光の量子状態をあとから推定する「量子状態スムージング」を、理化学研究所と東京大学などの国際研究グループが初めて実験で実証した。別の観測者がいたと仮定してその記録を推定し、物理的な状態を平均する方法で、過去の記録だけを使う推定より基準の「真の状態」に近づいた。

論文は2026年10月21日付のnpj Quantum Informationに載り、理研と東大が30日に発表した。

発表の題にある「未来」は、推定したい時刻より後に取った記録を指す。測定はすでに終わっていて、保存した波形をあとで計算にかける。これから起きることを先に見る話でも、あとの測定で過去の出来事が変わる話でもない。変わるのは、過去についての推定だけである。

分散の逆数は足し算になる

雑音の多い観測で動く物体を追うとき、ある時刻の位置をその時刻までの記録だけで推定するのがフィルタリング、あとの記録まで使うのがスムージングである。実時間で答えを出さなくてよいなら、後者のほうがほぼ必ず正確になる。

計算はベイズの定理で書ける。今の状態が決まれば、未来の記録は過去の記録によらない。マルコフ連鎖と同じこの性質を使うと

となる。2つの因子がどちらも正規分布の形なら、積の指数はの2次式で、の係数を比べると次の式が出る。

は過去から、は未来から見た分散で、がスムージングの分散である。1960年代にメインやフレーザー、ポッターらが整えた形だ。

同じ式を光に使うと下限を割る

量子の光に同じ式を使うと、どうなるのか。発表によると、不確定性原理に反する結果になることがある。

光の電場には位相が90度違う2つの成分、があり、位置と運動量と同じ不確定性関係に従う。揺らぎが正規分布の形をとる光なら、混ざり具合を示す純度は

で計算できる。はとの共分散行列で、相関がなければとなる。つまり不確定性関係はと書けて、純度が1を超える光は存在しない。

例を1つ、当サイトで計算してみる。光を閉じ込める共振器が空なら、出力はただの真空の揺らぎである。推定する側の観測者Aliceがその半分を受け取り、を測るとしよう。過去の記録から言えるのは真空だということで、、純度は1。未来の記録からは、を分散の雑音つきで1回測ったのと同じ情報が得られ、は何も分からない。逆数の足し算に入れると

となり、下限のを割る。純度はだ。真空の雑音を計算にかけただけで、だけが真空より静かな光が現れたことになる。1

なぜ破れるのか。古典の式では、過去から得たの知識に、未来から得たの知識がそのまま重なる。しかし量子力学では、ある時刻の演算子と、後の測定結果を表す演算子は可換とは限らない。だから未来の記録を、古典の確率のようには足せない。

推定する相手を隠れた記録に移す

では、どう直すのか。2015年にグリフィス大学のハワード・ワイズマン教授らが出した答えは、推定する相手を変えることだった。

Aliceが受け取れなかった光を、別の観測者Bobが測っていたと仮定する。Bobの記録はただの数の列なので、ベイズの定理で推定してかまわない。2人のそれまでの記録がそろえば、その時刻の状態が1つ決まる。これを真の状態と呼ぶ。Aliceの推定は、Bobのありうる記録についてを確率で平均したものになる。

未来の記録が入るのは確率だけで、には入らない。はどれも物理的な状態で、は0以上で和が1だから、平均も物理的な状態になる。

揺らぎが正規分布の形を保つ系なら、この平均は閉じた式になる。2019年にキアン・ラベリック博士らが示した。

は真の状態、はフィルタリング、は未来の記録から求めた共分散行列で、がスムージングの結果である。大かっこの中に、逆数の足し算がそのまま残っている。ただし足す相手は状態の揺らぎから、Aliceが真の状態の中心を推定するときの誤差に変わった。

だから破れない。は真の揺らぎに誤差の分散を上乗せした形で、とに相関がなければ、誤差を、として

が成り立つ。空の共振器ではで誤差の項が消え、純度は1にとどまる。を0に近づければ古典の式に戻る。

ただ、代わりにBobの測り方の仮定が要る。フィルタリングはBobなしで計算できるが、スムージングの結果はBobの測定角で変わる。

答え合わせのためにBobを実際に置く

仮定の中のBobだけでは、推定が当たったかを確かめようがない。発表によると、この検証の難しさが実験を阻んでいた。

そこでチームはBobを本当に置いた。推定する相手は、光パラメトリック発振器という共振器に閉じ込めたスクイーズド光で、特定の成分の揺らぎを真空より小さくしてある。共振器から出る光を2つに分け、AliceとBobにあたる2台のホモダイン検出器で測る。

スムージングに使うのはAliceの全記録とBobの測定角だけで、Bobの記録は真の状態を求める答え合わせにしか使わない。

「初めて」がかかるのは、推定する相手が量子状態そのものである点だ。「量子スムージング」は2009年にツァン氏が導入した語で、光の位相のように量子系に作用する古典のパラメーターを推定する。2010年のウィートリー氏らの実験はこちらにあたる。

10.3%は純度の上がり幅ではない

Aliceの検出効率を0.43に固定して2人の測定角を振ると、純度はフィルタリングより最大で0.016±0.003上がった。いちばん揺らぎの小さい成分の分散(真空を1とする)は、最大で0.006±0.002下がった。発表の10.3±1.6%と7.6±2.6%は、この改善を、フィルタリングと真の状態の差で割った割合である。

論文の抄録には「improvement in state purification of 10.3%」とだけあり、純度が1割上がったようにも読める。実際の上がり幅は0.016だ。2つの最大は別々の測定角で出るので、同時には得られない。

推定した状態と真の状態の距離の平均も、スムージングのほうが小さかった。理論ではで、純度の差がそのまま距離になる。

次の表は公開版の図4と同じ測定角で当サイトが計算した値で、測定値とは別のものである。2

推定のしかた純度
古典の式をそのまま使う1.2350.405
真の状態0.9660.518
量子状態スムージング0.8580.583
フィルタリング0.8470.590

古典の式だけが下限の0.5を割る。スムージングの純度はフィルタリングより0.011高いだけで、真の状態までの差の約1割しか埋まらない。つまり古典の式で出る大きな改善は、見かけにすぎなかった。

もっとも、真の状態も完全に純粋ではない。2人のどちらにも届かない光が約14%あるためで、著者らは純度が1に近いことを理由に「真」と呼ぶ。

未来といっても100ナノ秒先

表と同じ計算では、未来の記録にかかる重みは約47ナノ秒ごとに倍に減り、100ナノ秒先では約12%になる。共振器の揺らぎもその程度の時間で消えるので、さらに先の記録に今の状態の手がかりはほとんど残らない。

それでも未来の記録を待つので、実時間の推定が要るフィードバック制御には使えない。理研と東大は、測定誘起型の量子コンピュータのように記録を保存してあとから処理できる場面での活用を期待する。詳しい検討は、著者らも今後の課題としている。

始まりは2020年2月、研究拠点の年次会合での雑談だった。理研の横山翔竜上級研究員は当時を「量子状態スムージングの理論に全く理解が追い付かなかった」と振り返る。実験で確かめるまで6年。

注

  1. 論文の公開版(arXiv:2509.04754)にある補足の式(49)で、ポンプ振幅、測定角、検出効率とした定常解を求めた。未来から見た分散はが、が無限大である。論文にはない例である。 ↩

  2. 公開版のMethodsの式(3)(4)と補足の式(49)の定常解で、、共振器の減衰率 MHz、、、、とした。古典の式はの値である。角度を振った改善の最大は純度で約0.015、で約0.006と出て、測定値と誤差の範囲で合う。推定した状態の純度の測定値は、真の状態との中心のずれの2乗平均に理論のを足して求めたものである。次の節の重みの減衰率は、式(6b)の係数行列の固有値のうち遅いほうのである。 ↩

出典

  1. 理化学研究所・東京大学「「未来」の観測が明らかにする光の量子ダイナミクス」(プレスリリース・2026年10月30日)
  2. S. Yokoyama ほか「Quantum state smoothing for tracking optical quantum dynamics and recovering purity and squeezing」npj Quantum Information(2026年10月21日)
  3. 同じ研究の公開版 arXiv:2509.04754(第1版・2025年9月5日。題は「Tracking Quantum Dynamics in an Optical Cavity for Recovering Purity and Squeezing via Quantum State Smoothing」)
  4. I. Guevara, H. Wiseman「Quantum State Smoothing」Physical Review Letters 115, 180407(2015年・公開版 arXiv:1503.02799)
  5. K. T. Laverick, A. Chantasri, H. M. Wiseman「Quantum State Smoothing for Linear Gaussian Systems」Physical Review Letters 122, 190402(2019年・公開版 arXiv:1901.00225)
  6. T. A. Wheatley ほか「Adaptive Optical Phase Estimation Using Time-Symmetric Quantum Smoothing」Physical Review Letters 104, 093601(2010年3月)
  7. G. Kitagawa「Revisiting the Two-Filter Formula for Smoothing for State-Space Models」arXiv:2307.03428(2023年)
  8. D. Fraser, J. Potter「The optimum linear smoother as a combination of two optimum linear filters」IEEE Transactions on Automatic Control 14, 387-390(1969年8月)

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