カール・フリードリヒ・ガウスの肖像(Carl Friedrich Gauss・出典: Wikimedia Commons・Gottlieb Biermann / After Christian Albrecht Jensen・Public domain)
Carl Friedrich Gauss
出典: Wikimedia Commons・Gottlieb Biermann / After Christian Albrecht Jensen・Public domain

カール・フリードリヒ・ガウス

Carl Friedrich Gauss

数論・天文学・測量・地磁気に業績を残し、素数の分布を予想した

生没年
1777–1855
地域
ドイツ

生涯

1777 年 4 月 30 日、ドイツ北部のブラウンシュヴァイクで、暮らしの楽でない家に生まれた。幼いころから計算の才を示し、1792 年、ブラウンシュヴァイク公の援助で学院コレギウム・カロリヌムに入った。このころから素数の表を千個ずつに区切って数え、素数の現れる割合が対数に反比例していることに気づいた。1795 年から 1798 年までゲッティンゲン大学で学び、この間に定規とコンパスで正十七角形が描けることを見つけた。1799 年に博士の学位を得た。

1801 年の『整数論の研究』は、近代の数論の出発点になった。同じ年、見失われていた小惑星ケレスの位置を計算で予言し、天文学者として名を上げた。1807 年、ゲッティンゲン天文台の台長になった。1809 年の『天体運行論』では、観測の誤差の扱い方を論じた。1816 年に新しい天文台の建物ができるとそこに移り、亡くなるまで住んだ。1818 年からはハノーファーの測量を指揮し、1830 年代には物理学者ヴィルヘルム・ヴェーバーと地磁気を調べ、電信の装置も作った。

生前に発表しなかった発見が多く、素数の分布の予想も、1849 年に天文学者エンケに宛てた手紙で振り返られている。1855 年 2 月 23 日、ゲッティンゲンで没した。

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