8 次元の球の詰め込み

Sphere packing in dimension 8

円周率の日に投稿された論文が、8 次元の答えを決めた。

8 次元で同じ大きさの球を最も密に詰める並べ方は E8 格子で、空間の π⁴/384(約 25 %)を占める。2016 年にヴィヤゾウスカが証明した。

年代
2016年
人物
マリナ・ヴィヤゾウスカ、ヘンリー・コーン、ノーム・エルキース、トーマス・ヘイルズ、ヨハネス・ケプラー、トーマス・ハリオット、カール・フリードリヒ・ガウス、アクセル・トゥエ、ジョン・リーチ
逸話

円周率の日の論文

2016 年 3 月 14 日、論文の公開サーバー arXiv に 1 本の論文が載った。題は「8 次元の球充填問題」。書いたのは、ベルリンでポスドク(博士研究員)をしていた 31 歳のマリナ・ヴィヤゾウスカである。

3 月 14 日は、円周率 3.14 にちなむ「円周率の日」でもある。論文が示した答えも、円周率を含む数 だった。8 次元の空間に同じ大きさの球を重ならないように詰めると、どう並べても、球が占める割合はこの値を超えない。この値に届くのが、E8 格子という並べ方である。数学者ヘンリー・コーンは、のちにこれを「円周率の日の驚き」と書いた。

コーンにとって、それは長く待った知らせだった。コーンとノーム・エルキースは 1999 年に、ある条件を満たす関数が 1 つ見つかれば 8 次元と 24 次元の問題が解ける、という方法を考えた。ヴィヤゾウスカはそのころ、まだ中等学校の生徒だった。コーンの 2022 年の紹介文によれば、初めは、誰かがすぐに解いて自分が恥をかくのではと心配した。やがて本当に難しいと分かると、誰も解かないまま、答えを知らずに自分が死ぬのではと恐れるようになった。3 次元の問題を解いたトーマス・ヘイルズも、科学誌 Quanta の取材に「見つけるにはラマヌジャンが要ると思った」と答えている。

ヴィヤゾウスカ自身は、国際数学連合が 2022 年に公開したインタビューで、手がかりをつかんだ場面を話している。夏、ボンの研究集会から帰る列車は蒸し暑かった。何をやってもうまくいかないので、問題をもう一度紙に書き出した。書き出して整理するまで頭の中はがらくたでいっぱいだ、と学校で教わったからである。すると関数方程式が現れ、これなら解けるはずだと思った。方程式は 2 つあった。1 つ目はすぐに解けたが、2 つ目には 2 か月かかった。夏に両親の家へ帰り、夜に長い式を何枚も紙に書いた。そのうちの 1 つが答えだった。

コーンらはすぐにヴィヤゾウスカと組み、24 次元に取り組んだ。1 週間後の 3 月 21 日には、コーンとヴィヤゾウスカら 5 人が、24 次元ではリーチ格子が最も密であることを示す論文を公開した。

2022 年 7 月 5 日、ヴィヤゾウスカはフィールズ賞を受けた。授賞理由の最初には「E8 格子が 8 次元で同じ大きさの球の最も密な詰め方を与えることの証明」とある。この年の国際数学者会議はサンクトペテルブルクで開く予定だったが、ロシアのウクライナ侵攻を受けてオンラインに移り、授賞式はヘルシンキのアールト大学で開かれた。1984 年にキーウで生まれたヴィヤゾウスカは、2014 年のマリアム・ミルザハニに続き、女性で 2 人目のフィールズ賞の受賞者になった。

起源

砲弾の山から 8 次元へ

同じ大きさの球の詰め方を数学として調べた記録は、16 世紀のイギリスのトーマス・ハリオットまでさかのぼる。ヘイルズの解説によれば、ハリオットはウォルター・ローリー卿の数学の助手で、積み上げた砲弾の数を求める式をローリーから頼まれた。1591 年には、底が三角形・正方形・長方形の山に積んだ砲弾の数を読み取れる表を作っている。

ハリオットは、ドイツのヨハネス・ケプラーとも手紙を交わした。1611 年、ケプラーは小冊子『六角形の雪について』で、物が小さな球の粒でできているとしたらどうなるかを考えた。そこで、いまなら店先のオレンジの山に見られる面心立方の並べ方を挙げ、これが最もきつい詰め方で、ほかのどんな並べ方でも同じ入れ物にこれより多くの粒は入らない、と書いた。これがケプラー予想である。詰まり具合は である。

その後の研究は、並べ方を「格子」に限るかどうかで二手に分かれた。格子とは、ある球を別の球へ移す平行移動で全体が元と重なる、規則正しい並べ方である。1773 年にラグランジュは 2 次元の格子の中で六角形の並べ方が最も密であることを、1831 年にガウスは 3 次元の格子の中で面心立方が最も密であることを示した。8 次元の主役の E8 格子は、1873 年にロシアのコルキンとゾロタリョフが 2 次形式として書き表していた。1935 年にはブリックフェルトが 6〜8 次元の最も密な格子を決め、8 次元では E8 がそれにあたった。24 次元のリーチ格子は、1967 年にジョン・リーチが発表した。

格子に限らない問題は、ずっと難しい。2 次元では、ノルウェーのアクセル・トゥエが 1892 年と 1910 年に、六角形の並べ方が最も密であることを示した。その証明は不十分だとみる専門家もいて、1940 年にフェイェシュ・トート・ラースローが厳密な証明を与えた。1900 年には、ヒルベルトが 23 の問題の 18 番目に 3 次元の問題を含めた。

1998 年、ヘイルズはファーガソンとともに、ケプラー予想の証明を発表した。約 5000 通りの場合分けと、10 万個近い線形計画の問題をコンピュータで解くことに頼る証明だった。審査は難航し、Annals of Mathematics に載ったのは 2005 年で、審査員もすべてを確かめきれなかった。ヘイルズは 2003 年、証明の全体を証明支援系というプログラムで検証する計画 Flyspeck を始め、2014 年 8 月 10 日に完了させた。

格子に限らない問題に新しい道具を持ち込んだのが、コーンとエルキースの 2003 年の論文である。誤り訂正符号の研究で 1972 年にデルサルトが作った「線形計画限界」を、球の詰め込みに移した。4 次元から 36 次元までで当時最良の上限が出た。8 次元と 24 次元では、上限が E8 とリーチ格子の値を、わずか 1.000001 倍と 1.0007071 倍しか上回らなかった。2 人は、この方法で 8 次元と 24 次元が解けると予想した。足りないのは、条件にぴったり合う関数だけだった。

証明

E8 格子の作り方と π⁴/384

E8 格子を作り、その詰まり具合を求める。

  1. 座標がすべて整数で、和が偶数の点の全体を とする。整数の点のちょうど半分なので、1 点あたりの体積(単位胞の体積)は 2 である。

  2. で原点に最も近い点は の形で、点どうしの最短距離は である。一方、座標がすべて の点 は、どの格子の点からも遠い「深い穴」になる。整数 について なので、格子の点 までの距離は

  3. 穴の深さが、ちょうど点どうしの最短距離に等しい。だから穴にも同じ大きさの球が入る。穴の点を足した集まりを とする。 は和が 8 で に入るので、 は足し算と引き算で閉じ、格子になる。

  4. 点の数が 2 倍になったので、1 点あたりの体積は半分になる。

  5. 0 でない点の長さの 2 乗は、 の側では 2 以上(0 でない座標が 2 つ以上あるか、1 つだけなら偶数で 4 以上)、 の側でも各座標の大きさが 以上なので 2 以上である。最短距離は で、重ならずに置ける球の最大の半径は

  6. 半径 1 の 次元の球の体積を とする。最後の 2 つの座標の平面で中心から の輪の上には、半径 の 次元の球の切り口が乗るので

  7. 円の面積 から 3 回使うと、8 次元の単位球の体積は

  8. 格子の詰まり具合は、1 点に置いた球の体積を 1 点あたりの体積で割ったものである。 なので

手順 5 で長さがちょうど になる点を数えると、 の側が 個、 の側が、負の符号が偶数個の 個で、合わせて 240 個ある。1 つの球に 240 個の球が接している。長さ の点は、 の約数の 3 乗の和 の 240 倍ある( なら 2160 個)。点を長さごとに数えた母関数が、重さ 4 のモジュラー形式 に一致するからである。手順 6 からは、3 次元の も出る(球の体積)。

最も密であることの道筋。 E8 より密な並べ方が無いことを、格子の場合で示す。コーンとエルキースは、次の条件を満たす関数 を考えた。 は のフーリエ変換、 は正の数である。

  1. 遠くでは が 0 以下、 はどこでも 0 以上、中心では両方が 1 である。

  2. 格子 とその双対格子 について、ポアソンの和公式が成り立つ。

  3. 格子を拡大・縮小して最短距離を にすると、左辺は 以外の項が 0 以下、右辺は 以外の項が 0 以上である。

  4. よって 1 点あたりの体積は 1 以上である。置ける球の半径は だから、どの格子の詰まり具合も

  5. 8 次元で のそういう があれば、右辺は手順 8 と同じ値になり、E8 が最も密だと決まる。

コーンとエルキースは、この不等式が格子でない並べ方にも成り立つことを示している。等号になるには、手順 11 で捨てた項がすべて 0 でなければならない。E8 の点の長さは で、E8 は自分自身の双対格子である。だから は で符号を変え、その先の で 0 になり、 は から先のすべてで 0 になる必要がある(図示)。これが「魔法の関数」である。 と の一方を思いどおりの形にするのはやさしいが、両方を同時に押さえるのは難しい。不確定性原理と同じく、関数を一方で絞ると、そのフーリエ変換が広がってしまうからである。

ヴィヤゾウスカは条件を関数方程式に書き直し、その解をモジュラー形式から作った。モジュラー形式は、 などの変換で決まった振る舞いをする、数論の中心にある関数である。コーンの解説の書き方では、 のとき次のようになる。

は準モジュラー形式、 は弱モジュラー形式から組み立てた関数である。 の因子が、 が偶数のところで 2 重の 0 を作る。最後に必要な と という不等式は、区間演算を使ったコンピュータの計算でも確かめられている。完全な証明は、ヴィヤゾウスカの論文(参考文献 1)にある。24 次元では、 の関数を同じ考えで作る。

応用

2 次元で 15.5 % 多く入る。 半径 1 の円を正方形のます目に並べると、1 辺 2 の正方形ごとに円が 1 つで、詰まり具合は である。1 段ごとに半分ずらすと、段の間が 2 から に縮み、 になる。同じ広さに 15.5 % 多く入る。

ます目のままでは、次元が上がるほど損をする。 立方体のます目 に半径 の球を置くと、詰まり具合は である。3 次元では で、面心立方の 0.7405 はその 倍になる。8 次元では で、E8 はその 16 倍。24 次元のリーチ格子は、ます目の 倍も密である。

雑音に強い信号。 8 個の数を 1 組にした信号は、8 次元の点とみなせる。送る候補を格子に並べておけば、雑音で点がずれても、一番近い候補に直せばよい。候補どうしが離れているほど、大きな雑音に耐えられる。1 点あたりの体積を 1 にそろえると、ます目 の最短距離は 1、E8 では である。同じ混み具合のまま、耐えられる雑音の振れ幅が 1.41 倍、電力で 2 倍(約 3 dB)になる。24 次元のリーチ格子では最短距離が 2 で、電力で 4 倍(約 6 dB)になる。

接する球の数。 E8 では 1 つの球に 240 個の球が接する。2 次元の六角形では 6 個、3 次元の面心立方では 12 個、24 次元のリーチ格子では 196560 個である。8 次元と 24 次元でこれより多く接することはできないことを、1979 年にオドリツコとスローン、レヴェンシュテインが、それぞれ線形計画の方法で示した。

図示

半径の等しい円を正方形に並べた場合(左)と、1 段ごとに半分ずらした場合(右)。中心 4 つを結んだ四角形にはちょうど円 1 つ分が入り、斜線がすき間になる。
d 次元で座標が整数・和が偶数の点を並べたときの、点 (½, …, ½) から最も近い点までの距離 √(d/4)。8 次元で点どうしの最短距離 √2 にちょうど届き、そこに同じ大きさの球が入って E8 になる。
魔法の関数 f(上)と、そのフーリエ変換 f̂(下)の模式図で、実際の関数はずっと速く小さくなる。f は √2 で正から負に変わったあとは 0 に触れるだけで、f̂ は 0 以上のまま √2, √4, … で 0 に触れる。

2 枚目は、証明の手順 2 と 3 にあたる。3 次元から 7 次元では穴が浅く、同じ大きさの球は入らない。8 次元で、穴の深さが球の直径にちょうど届く。

シミュレーション

次元ごとの詰まり具合

円の段を横にドラッグするか「正方形 ⇄ 六角形」を押すと、段のずらし方 が変わる。詰まり具合は で、正方形の 0.785 から六角形の 0.907 まで増える。次元 のつまみを動かすと、その次元で知られている最も密な並べ方の値(丸)と、知られている最良の上限(横棒)が、グラフと表と 100 マスに出る。塗りつぶした丸の 1・2・3・8・24 次元だけは上限と一致して答えが決まり、ほかの次元では斜線のマスの分がまだ分かっていない。値はコーンの表(2026 年 10 月 23 日に参照・一部は査読前の論文の値)による。

広がる学問

  • 数学 2019 年、ラドチェンコとヴィヤゾウスカは、滑らかで速く減る偶関数なら、 での値と、そのフーリエ変換の での値から組み立て直せることを示した。コーン、クマール、ミラー、ラドチェンコとの共同研究では、E8 とリーチ格子が、点どうしの距離で決まる広い種類のエネルギーを最小にする「普遍最適」な配置であることも示された。2 次元にも魔法の関数があることを数値の計算は示しているが、証明はまだ無い。
  • 情報科学 雑音のある通信路では、球の詰め込みはそのまま誤り訂正の符号になる(応用)。E8 は、8 ビットの拡大ハミング符号から作ることもできる。座標を 2 で割った余りが符号語になる整数の点を集め、全体を 倍すると、E8 と同じ形の格子になる。
  • 物理学 10 次元のヘテロ型弦理論が矛盾なく成り立つには、16 次元の偶ユニモジュラー格子が要る。そういう格子は E8 を 2 つ並べたものと、もう 1 つの 2 つしかなく、1985 年にグロスらが見つけた理論のゲージ群 E8×E8 と Spin(32)/ℤ₂ はそこから来る。2010 年には、コバルトとニオブの酸化物 CoNb₂O₆ の鎖状の磁石で、E8 の対称性からの予想どおり、2 つの粒子の質量の比が黄金比に近づくことが、中性子の散乱で観測された。
  • 化学 ケプラーが書いた面心立方の並べ方は、銅・アルミニウム・金などの金属の結晶で原子がとる並び方である。同じ詰まり具合 0.7405 は六方最密構造でも実現し、マグネシウムやコバルトの結晶はこちらをとる。

参考文献

  1. M. S. Viazovska, "The sphere packing problem in dimension 8", Ann. of Math. 185 (2017), 991-1015(arXiv:1603.04246)
  2. H. Cohn, A. Kumar, S. D. Miller, D. Radchenko, M. Viazovska, "The sphere packing problem in dimension 24", Ann. of Math. 185 (2017), 1017-1033(arXiv:1603.06518)
  3. H. Cohn, N. Elkies, "New upper bounds on sphere packings I", Ann. of Math. 157 (2003), 689-714.
  4. H. Cohn, "A conceptual breakthrough in sphere packing", Notices AMS 64 (2017), 102-115; "The work of Maryna Viazovska", Proc. ICM 2022, Vol. 1.
  5. 国際数学連合「Fields Medals 2022」の授賞理由とヴィヤゾウスカのインタビュー(2022)、EPFL の発表(2022 年 7 月 5 日)
  6. T. C. Hales, "A proof of the Kepler conjecture", Ann. of Math. 162 (2005), 1065-1185; "An overview of the Kepler conjecture", arXiv:math/9811071; T. Hales ほか, "A formal proof of the Kepler conjecture", Forum Math. Pi 5 (2017), e2.
  7. H. Cohn による最良の密度と上限の表(https://cohn.mit.edu/sphere-packing 、2026 年 10 月 23 日参照)、J. H. Conway, N. J. A. Sloane, Sphere Packings, Lattices and Groups, 3rd ed. (Springer, 1999).

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