神の比の言い伝え
線を、全体と長い部分の比が、長い部分と短い部分の比に等しくなるように分ける。その比 は、古くはエウクレイデスの『原論』に「外中比」として現れる。1509 年、イタリアの数学者ルカ・パチョーリはこの比を主題にした本を『神聖比例論』と名づけ、レオナルド・ダ・ヴィンチが立体の挿し絵を描いた。
1611 年、ヨハネス・ケプラーは新年の贈り物として書いた小冊子『六角形の雪について』で、雪の結晶がなぜ 6 つの角を持つかを考えた。その終わり近くで、前の 2 つを足して次をつくる数の並び 1, 1, 2, 3, 5, 8, 13, 21 を挙げ、5 対 8 は 8 対 13 にほぼ等しく、8 対 13 は 13 対 21 にほぼ等しい、と書いた。数が大きくなるほど、この比は「神の比」に近づく。ケプラーは、ものを増やす力はこの並びに似せてつくられていて、花に現れる五角形はその印だ、と考えた。植物の形と、のちにフィボナッチ数列と呼ばれる並びを結びつけた早い記録である。
「黄金分割」という呼び名は、1835 年にドイツの数学者マルティン・オームの教科書に現れるのが早い例とされる。1854 年には、ドイツのアドルフ・ツァイジングが、人の体から植物まで自然はこの比に従う、と唱えた。ここから、黄金比は自然のいたるところにあるという言い伝えが広がった。
言い伝えには、確かめると合わないものも多い。オウムガイの殻の螺旋が黄金比で広がるという話はよく語られるが、実際に殻を測った研究では、黄金比よりはっきり小さい比が報告されている。顔や名画の黄金比も、後から線を引いて当てはめた例が多い。
一方で、植物の葉や種の並びに黄金比が現れることは、数えて確かめられてきた。ヒマワリの花の中心の種の螺旋は、多くが 34 本と 55 本、あるいは 55 本と 89 本の組で、隣り合うフィボナッチ数になっている。2012 年、イギリスのマンチェスターでは、アラン・チューリングの生誕 100 年を記念して、市民がヒマワリを育てて螺旋を数える試みが行われた。2016 年の報告では、多くはフィボナッチ数だったが、そうでない並びの頭も見つかった。
起源
葉が茎に付く並び方を葉序という。葉序の記録は、1754 年にスイスの博物学者シャルル・ボネが、葉が茎のまわりに螺旋を描いて付くことを詳しく書いたところから本格的に始まる。
1830 年ごろ、ドイツのカール・シンパーとアレクサンダー・ブラウンは、隣の葉までの回る角度を「1 周の何分のいくつ」で表した。ニレやイネ科は 1/2、カヤツリグサの仲間は 1/3、バラ科の多くは 2/5、ほかに 3/8、5/13 と、分子も分母もフィボナッチ数で、分母は分子の 2 つ先の数になることを見つけた。
1837 年、フランスのブラヴェ兄弟(植物学者のルイと、物理学者で結晶学者のオーギュスト)は、この分数の列が近づいていく先は分数ではなく、 という無理数の角だと考えた。これが黄金角である。ヒマワリの種のように、たくさんの部品がぎっしり詰まる所では、この角がそのまま見える。
なぜこの角になるのかについて、1868 年、ドイツのヴィルヘルム・ホフマイスターは、新しい葉は茎の先端で、すでにある葉からいちばん離れた隙間にできる、という規則を書いた。1979 年、ヘルムート・フォーゲルは、 番目の種を角 、中心からの距離 に置く式で、ヒマワリの頭の並びを再現した。
1992 年、フランスのステファン・ドゥアディとイヴ・クデールは、磁石の力で互いに反発する磁性流体の滴を、円い皿の中心に一定の間隔で落とす実験をした。滴は前の滴から押し出され、落とす間隔を変えると、黄金角に近い角で並ぶ螺旋が自然に現れた。生き物の仕組みが無くても、「前のものから離れて置く」という規則だけでこの角が出ることを示した実験である。2003 年には、植物ホルモンのオーキシンが茎の先端で集まる所に新しい葉ができ、すでにある葉がオーキシンを奪うので近くにはできにくい、という仕組みが示された。
証明
黄金角の値と、螺旋の数がフィボナッチ数になる理由を導く。
-
黄金比 は、 を満たす正の数である。
-
1 周を長い弧 と短い弧 に、 となるように分ける。 から
-
フォーゲルの式で 番目の種を に置くと、半径 の円の中に 個の種が入るので、種 1 つあたりの面積は一定になる。
-
1 回に回る割合 を連分数に展開すると、2 のあとに 1 が無限に続く。
-
途中で打ち切った分数(近似分数)は、シンパーとブラウンが葉で見つけた列そのものである。
-
回る割合がちょうど分数 なら、 番目と 番目の種は同じ向きに並び、 本のまっすぐな列の間に隙間ができる。 が分数で近似しにくいほど、隙間はできにくい。フルヴィッツの定理によれば、どんな無理数 にも を満たす分数が無限にあり、 をこれより大きくできない数の代表が黄金比の仲間である。連分数に 1 が並ぶ数は、分数で最も近似しにくい。
-
種の 番目と 番目が近くに来るのは、 が整数に近いとき、つまり が近似分数の分母のときである。だから、目に見える螺旋の本数は分母に並ぶフィボナッチ数になり、外側へ行くほど大きな組 に移る。
実際の植物で確かめられているのは、角が黄金角の近くにあることと、螺旋の本数が隣り合うフィボナッチ数になりやすいことである。黄金角でなければ生きられないわけではない。ドゥアディとクデールの実験は、新しい部品が前の部品から離れて置かれる、という規則だけで、黄金角に近い角が自然に選ばれることを示した。
応用
数の例。 角を (1 周の 3/8)にすると、 番目と 番目の種が同じ向きに重なり、8 本のまっすぐな腕と、その間の空いた溝ができる。(8/21)なら腕は 21 本になる。黄金角 との差は 0.37° しかないが、種が数百粒になると違いがはっきり見える。マツかさの鱗片は多くが 8 本と 13 本、パイナップルの目は 8 本・13 本・21 本の螺旋に並ぶ。
太陽の光を集める。 太陽熱の発電所では、地面に並べた多数の鏡で、塔の上の受け口に光を集める。2012 年、鏡の並べ方をヒマワリの種の並びにならうと、互いの影が減り、同じ量の光を集めるのに必要な土地を小さくできる、という計算が報告された。
点を均等に置く。 球の表面に点をほぼ均等に並べる「フィボナッチ格子」は、黄金角ずつ回しながら点を置く方法で、コンピュータグラフィックスの光の計算や、地球の表面の計算の格子に使われる。
図示
シミュレーション
種が 1 粒ずつ、角 ずつ回りながら、中心から外へ並んでいく。並び終えると少し止まり、また最初から並べ直す。黄金角では種が隙間なく詰まる。角を 135° に寄せると、8 本の腕と空いた溝がすっと現れる。「螺旋を描く」で本数を選ぶと、 番目と 番目を結んだ線が、 本の螺旋を浮かび上がらせる。
広がる学問
- 生物学 植物学で、茎の先端の分裂組織で葉や花がどこにできるかを決める仕組みの研究につながっている。植物ホルモンの流れと、新しい葉は既存の葉から離れてできるという規則の組み合わせで説明が進んでいる。
- 数学 黄金比とフィボナッチ数列、連分数、分数による近似のしにくさ(ディオファントス近似)が、1 つの現象の中で結びつく例である。
- 物理学 磁性流体の滴や、反発し合う粒子を円筒に詰めた実験・計算で、同じ螺旋が現れる。生き物に限らない、自己組織化の例として調べられている。
- 工学 太陽熱の発電所の鏡の配置や、アンテナの素子の並べ方など、重なりを避けて詰める設計に使われる。
- 情報科学 球面や円盤の上に点を均等に置くフィボナッチ格子は、CG のサンプリングや数値計算の格子として使われる。
- 美術 黄金比はルネサンス以後、絵画や建築の構図の理想として語られてきた。ただし、名作に意図して使われたという主張の多くは、後から線を引いて当てはめたものである。
参考文献
- Helmut Vogel, "A better way to construct the sunflower head", Mathematical Biosciences 44 (1979), 145-174.
- L. Bravais, A. Bravais, "Essai sur la disposition des feuilles curvisériées", Annales des Sciences Naturelles, Botanique 2e sér. 7 (1837), 42-110.
- S. Douady, Y. Couder, "Phyllotaxis as a physical self-organized growth process", Physical Review Letters 68 (1992), 2098-2101.
- Didier Reinhardt ほか, "Regulation of phyllotaxis by polar auxin transport", Nature 426 (2003), 255-260.
- Jonathan Swinton ほか, "Novel Fibonacci and non-Fibonacci structure in the sunflower: results of a citizen science experiment", Royal Society Open Science 3 (2016), 160091.
- Clement Falbo, "The Golden Ratio: A Contrary Viewpoint", The College Mathematics Journal 36 (2005), 123-134.
- Johannes Kepler, Strena seu de nive sexangula (Frankfurt, 1611).