ツィオルコフスキーの公式

Tsiolkovsky rocket equation

椅子に火矢を結んだ役人の話は、1909 年より前にたどれない。

ロケットが得られる速さの変化は、噴射の速さと、燃料を積んだ重さと燃え尽きた重さの比の対数で決まる。宇宙へ行く計画はこの式から始まる。

年代
1903年(1813年にムーアも)
人物
コンスタンチン・ツィオルコフスキー、ウィリアム・ムーア、ロバート・ゴダード、ヘルマン・オーベルト
神話・言い伝え

椅子の上の万戸

明の時代の中国に、万戸(ワン・フー)という役人がいた、という話がある。椅子に 47 本の火矢と 2 つの大きな凧を結びつけて座り、47 人の従者に一斉に火をつけさせた。轟音と煙が消えたとき、椅子にも万戸の姿も無かった。ロケットで空へ昇ろうとした最初の人として、宇宙開発の本でよく紹介される話である。

この話には、中国の古い記録が見つかっていない。いまたどれる最も古いものは、1909 年 10 月 2 日の『サイエンティフィック・アメリカン』に載った記事「現代のイカロス」で、そこでは名前が「ワン・トゥ」(Wang Tu)になっている。いまの名前の形が広まったのは 1945 年である。ハーバート・ジムの子ども向けの本『ロケットとジェット』は「Wan-Hoo」、同じ年のジョージ・エドワード・ペンドレイの本は「Wan-Hu」と書き、ペンドレイは時代を「1500 年ごろ」とした。どちらも出典を示していない。中国の科学技術史を研究したジョセフ・ニーダムは、この話を疑わしいものとみなした。

それでも物語は広まり、1970 年に国際天文学連合は月の裏側のクレーターに「ワン・フー」の名を付けた。2004 年にはアメリカのテレビ番組「怪しい伝説」が、当時の材料で作った椅子とロケットで再現を試みた。椅子は発射台の上で爆発し、乗せた人形は焼けた。番組は、この話のとおりには飛べないと結論した。

火薬を使う火矢そのものは、宋の時代の中国で戦いに使われていた。そこから宇宙までの距離を初めて数で測ったのが、ロシアの独学の教師だった。

起源

コンスタンチン・ツィオルコフスキーは 1857 年にロシアで生まれ、9〜10 歳ごろ猩紅熱で耳がほとんど聞こえなくなった。学校には通えず、10 代の 3 年間をモスクワの図書館で独学して過ごした。のちにカルーガで数学と物理の教師をしながら、宇宙へ行く方法を考え続けた。

彼の手稿では、ロケットの速さの式を導いた日付は 1897 年 5 月 10 日(当時のロシアの暦)とされる。公表は 1903 年、雑誌『科学評論』に載った論文「反作用装置による宇宙空間の探究」である。この論文で彼は、燃料と機体の重さの比から到達できる速さを計算し、液体の水素と酸素を燃料にすることを論じた。何段かに分けたロケットを詳しく論じたのは、1929 年の『宇宙ロケット列車』である。1911 年の手紙の言葉として知られる「惑星は知性のゆりかごである。だが、いつまでもゆりかごの中で暮らすことはできない」は、いまもよく引かれる。

式そのものは、ツィオルコフスキーより前にもあった。イギリスの王立陸軍士官学校のウィリアム・ムーアは、1810 年の雑誌の記事でこの関係を示し、1813 年の本『ロケットの運動についての論考』で詳しく論じた。ただしムーアが考えていたのは、大砲の代わりに使う軍用のロケットの弾道だった。

アメリカのロバート・ゴダードは 1912 年ごろ、ドイツのヘルマン・オーベルトは 1920 年ごろ、それぞれ独立に同じ式を導いた。ゴダードは 1919 年の論文「非常に高い高度に達する方法」で、真空の中でもロケットが推力を出すことを実験で示した。それでも 1920 年 1 月の『ニューヨーク・タイムズ』の社説は、押し返す空気の無い宇宙でロケットが進めるはずがないと書いた。同紙が「訂正」を載せたのは、アポロ 11 号が月へ向かっていた 1969 年 7 月 17 日である。

証明

ロケットは、後ろへ物を投げ出すことで前へ進む。外から力が働かないとして、運動量の保存から式を導く。

  1. 時刻 でロケットの質量は 、速さは 。短い時間 の間に、質量 ()の燃焼ガスを、ロケットから見て後ろ向きに速さ で出す。投げ出す前の運動量は

  2. 投げ出した後は、ロケットが質量 ・速さ 、ガスが質量 ・速さ になる。

  3. 外から力が働かないので、運動量は保存する。

  4. 展開すると と が消える。とても小さい を無視する。

  5. 速さの変化を質量の変化で書く。

  6. 燃料を積んだ質量 から燃え尽きた質量 まで積分する。 の積分は自然対数になる。

  7. 地上から真上へ打ち上げるときは、燃焼時間 の間ずっと重力 に引かれるので、その分だけ減る(重力損失)。

  8. 何段かに分けたロケットでは、空になった段を捨てるたびに が軽くなり、各段の式を足し合わせる。

式に推力の大きさや燃える速さは出てこない。出てくるのは噴射の速さと質量の比だけである。対数のため、必要な速さを 2 倍にすると、質量の比は 2 乗になる。たとえば に要る比は だが、 には 、 には が要る。

この式は運動量の保存だけから出る。運動方程式を質量の変わる物体に正しく当てはめた形でもある。実際のロケットの飛行は、重力と空気の抵抗の分を足せば、この式で計画どおりに飛ぶことが確かめられてきた。

応用

地球を回る軌道へ。 地表のすぐ上を回るには毎秒約 7.8 km の速さが要り、重力と空気の抵抗で失う分を足すと、打ち上げには毎秒約 9.4 km の が要る。噴射の速さが毎秒 4.4 km の液体の水素と酸素のエンジンなら、 で、打ち上げのときの重さの約 88 % が燃料でなければならない。毎秒 3.3 km のケロシンのエンジンでは比は約 17 になり、約 94 % が燃料になる。残りの数 % に、タンクもエンジンも人工衛星も収めなければならない。1 段では難しいので、大きなロケットは 2 段か 3 段に分けて、空のタンクを途中で捨てる。

イオンエンジン。 小惑星探査機「はやぶさ」「はやぶさ2」のイオンエンジンは、電気の力でキセノンを毎秒約 30 km で噴き出す。推力はとても小さいが、噴射の速さが大きいので、毎秒 2 km 速さを変えるのに要る燃料は % で済む。何年もかけて少しずつ加速する長い旅に向いている。

火星から帰る難しさ。 帰りのロケットの燃料は、行きのロケットで運んでいかなければならない。帰りの分の燃料が行きの に入り、それがまた対数の内側で効いてくる。火星の大気から燃料を作る研究が進められているのは、このためである。

図示

燃料の割合と、得られる速さ(噴射の速さを 1 とした値)の関係。燃料を 9 割積んでも、得られる速さは噴射の速さの 2.3 倍にしかならない。斜線の帯は、1 段で低い軌道へ上がるのに要る燃料の割合(88〜94 %)。

燃料の割合 のとき、 なので、 になる。

シミュレーション

ロケットは止まって構え、燃焼が始まるとすっと加速する。燃料が減って軽くなるほど、速さの伸びは大きくなる。段の数を増やすと、空になったタンクを捨てて軽くなり、同じ燃料でも最後の速さが上がる。噴射の速さと燃料の割合を変えて、毎秒 9.4 km(低い軌道に必要な速さ)に届く組み合わせを探せる。

広がる学問

  • 物理学 運動量の保存を、質量が変わる物体に当てはめた例である。水を噴き出して進む船や、空気を噴き出す風船も同じ式に従う。
  • 工学 ロケットの設計は、エンジンの噴射の速さを上げることと、タンクと機体を軽くすることの 2 つの戦いになる。段の数と各段の大きさの割り振りは、この式を使った最適化の問題である。
  • 天文学 探査機の飛行計画は、目的地までに要る の合計で考える。惑星のそばを通って速さを変えるスイングバイは、燃料を使わずに を得る方法である。
  • 数学 式の形を決めているのは である。かけ算で効く質量の比が、足し算で効く速さに変わる。ネイピア数が宇宙開発の費用を決めていると言ってもよい。

参考文献

  1. К. Э. Циолковский, «Исследование мировых пространств реактивными приборами», Научное обозрение, № 5 (1903).
  2. William Moore, A Treatise on the Motion of Rockets, London, 1813.
  3. R. H. Goddard, "A Method of Reaching Extreme Altitudes", Smithsonian Miscellaneous Collections 71(2) (1919).
  4. H. Oberth, Die Rakete zu den Planetenräumen, R. Oldenbourg, 1923.
  5. Herbert S. Zim, Rockets and Jets, Harcourt, Brace, 1945.
  6. "A Correction", The New York Times, 17 July 1969.

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