春分点の歳差と3本の主軸
厚い本を、辺に平行な3つの軸のどれかのまわりに回しながら放り上げる。長い辺のまわりと、表紙に垂直な軸のまわりなら、本は同じ回り方を続ける。ところが、表紙の短い辺に平行な軸まわりでは、回るうちに上下が入れ替わり、裏返ってしまう。外から力のモーメントは加わっていないのに、なぜ1本の軸だけが違うのか。
答えを出す式に、レオンハルト・オイラーの名前が付いている。オイラーは1765年、520ページの『固体または剛体の運動の理論』を出した。MacTutorの伝記によると、この本でオイラーは固体の運動を並進と回転に分け、今もオイラー角と呼ぶ角を使い、春分点の歳差から生まれた回転の問題を調べている。同じ1765年には、ベルリン・アカデミーの紀要第14巻に論文「変わる軸のまわりの固体の回転運動について」も載った。オイラーはそこで、どんな物体にも互いに直交する主軸が少なくとも1組あることを示している。この主軸に座標をそろえると、回転の運動方程式は3本の短い式に分かれる。
大学では、力学の後半に出てくる。京都大学の全学共通科目「力学続論」は主に1・2回生向けで、最後の単元が「剛体の一般的な運動」。オイラー方程式と対称コマ、ブーメランの運動がそこに並んでいる。軸を固定した回転なら、慣性モーメントは平行軸の定理で求められる。
回る座標で角運動量を追う
剛体に固定した座標の軸を、3本の慣性主軸にそろえる。それぞれの軸まわりの慣性モーメントをとし、角速度と、外から加わる力のモーメントも、この軸に沿ってとに分ける。
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空間に固定した座標で、角運動量の式を書く
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剛体とともに回る座標での変化に、回転で向きが変わる分を足す
手順2の第2項は、剛体に貼りついたベクトルが、時間のあいだにだけ向きを変えることから来る。剛体の上では止まって見えるが、空間から見れば回っているからだ。
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主軸の座標で角運動量の成分を書く
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手順2の第1成分を書く
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とを入れる
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第2項を右辺へ移す
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添字を1→2→3→1と回して残りの2本を得る
手順4で第1項をと書けるのは、剛体とともに回る座標なら慣性モーメントが定数だからだ。空間に固定した座標で書くと、剛体が回るたびに慣性モーメントが変わってしまう。わざわざ回る座標に移るのは、この不便を避けるためである。ただし、その代わりにが、角速度どうしの積として残る。
では、力のモーメントがないとき、主軸の1本のまわりにほぼまっすぐ回る剛体は、そのまま回り続けるのか。軸1まわりの角速度をとし、とは小さいとする。
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では、手順6の右辺は小さな量どうしの積なので無視できる
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手順7の2本で、小さな量の1次の項だけを残す
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1本目を時間で微分し、2本目を入れる
手順10の係数の符号で、行き先が分かれる。が3つの中で最大か最小なら、とは符号が逆で、係数は負になる。は単振動するだけで、小さいままだ。一方、が中間なら係数は正で、は指数関数的に増えていく。つまり、崩れるのは中間の軸まわりの回転だけ。テニスラケットの定理、または中間軸の定理と呼ばれる結果だ。
中間の軸だけが倒れる
本を、縦24 cm、横17 cm、厚さ3 cmの一様な直方体とみなす。直方体の主軸まわりの慣性モーメントは、質量と、軸に垂直な2辺、を使ってと書ける。を比べると、縦の辺に平行な軸が0.0298 m²、横の辺に平行な軸が0.0585 m²、表紙に垂直な軸が0.0865 m²。中間にあたるのは横の辺に平行な軸で、冒頭で本が裏返った軸と一致する。
この軸まわりに毎秒10 rad、およそ1.6回転で回すと、手順10の係数は正で、ずれは(は秒)のように増える。1回転にかかる0.63秒で、約33倍。初めのずれが角速度の0.1%でも、2回転ほどでと同じ大きさに達する計算だ。ただ、そこから先は手順9の近似が通用しない。筆者が手順6と7をそのまま数値で解くと、は+10 rad/sから−10 rad/sまで入れ替わった。角運動量の向きは空間で変わらないので、本のほうが裏返ったことになる。一方、残る2本の軸まわりでは係数が負になり、ずれは角振動数5.7 rad/sと9.5 rad/sで振れるだけだった。質量は係数から消えるので、本の重さは関係しない。
力のモーメントがなければ、手順6と7から2つの量が保存される。回転の運動エネルギーと、角運動量の大きさの2乗である(例題1)。角速度は、2つの式が描く楕円体が交わる曲線の上しか動けない。中間の軸に近いところでは、その曲線が反対向きの軸のそばまでつながっている。裏返りは、この道筋をたどって起きるのだ。
2つの慣性モーメントが等しい物体では、回り方がまた違う。なら手順7の2本目からは一定で、残りの2成分が剛体から見て一定の速さで回る(例題2)。投げた円板がゆらぎながら回るのは、この運動だ。手順1の式は、質点のニュートンの運動方程式を回転に移した形にあたる。同じ運動を角度とその運動量で書き直せば、ハミルトンの正準方程式の形にもなる。
円板、薄い板、斜めの棒
例題 1基本保存される2つの量
のとき、オイラー方程式から、回転の運動エネルギーとが時間によらないことを示せ。
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手順6と7の3本に、それぞれを掛けて足す。
次に、3本にそれぞれを掛けて足す。
中かっこの中は、展開すると6つの項が2つずつ打ち消し合う。どちらの量も変わらない。
例題 2大学ゆらぎながら回る円板
半径、質量の一様な薄い円板では、面に垂直な対称軸のまわりが、直径のまわりがである。力のモーメントがないとき、(1)が一定であることを示せ。(2)とを求め、剛体から見てが回る角速度をで表せ。(3) rad/sのときを求めよ。
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(1)手順7の2本目でなので、。は一定である。
(2)とおくと、手順6と7の1本目は次の形になる。
解は、で、は大きさのまま角速度で回る。薄い円板ではなので、。
(3) rad/s。剛体から見ると、ゆらぎの向きは自転と同じ速さで回る。
例題 3大学薄い板を投げ上げる
縦15 cm、横7.0 cm、厚さ0.80 cmの一様な板がある。(1)3本の主軸の慣性モーメントを大きさの順に並べ、中間の軸を答えよ。(2)中間の軸のまわりに rad/sで回すとき、手順10の係数の値を求めよ。(3)小さなずれがで増えるとして、ずれが1000倍になるまでの時間を求めよ。とする。
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(1)(単位はm²)で比べる。縦の辺のまわりは、横の辺のまわりは、板に垂直な軸のまわりは。中間は横の辺に平行な軸である。
(2)軸1を横の辺の軸、軸2を縦の辺の軸、軸3を板に垂直な軸とする。共通のは約分で消える。
(3) s⁻¹なので、 s。1回転に0.42秒かかるので、1回転半ほどでずれが1000倍になる。
例題 4大学斜めに付いた棒の軸受け
長さ m、質量 kgの一様な細い棒の中心を、回転軸に固定する。棒と回転軸のなす角をとし、軸を rad/sの一定の角速度で回す。棒の太さは無視する。(1)棒に固定した主軸を選び、角速度の成分を書け。(2)軸受けが棒に加え続けなければならない力のモーメントの大きさを求めよ。
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(1)主軸1を棒の向き、主軸2を棒と回転軸を含む面内で棒に垂直な向き、主軸3をその面に垂直な向きにとる。、 kg·m²。角速度は剛体から見て一定で、成分は。
(2)なので、手順6と7は、と、次の1本になる。
N·mで、向きは棒と軸を含む面に垂直だ。この向きは棒とともに回るので、軸受けは回転と同じ周期で向きの変わる力を受ける。回転軸が主軸からずれた回転体の軸受けに、このような力がかかる。
参考文献
- L. Euler, Theoria motus corporum solidorum seu rigidorum, A. F. Röse, 1765(E289)。書誌はEuler Archive「Theory of the motion of solid or rigid bodies」
- L. Euler, "Du mouvement de rotation des corps solides autour d'un axe variable", Mémoires de l'académie des sciences de Berlin 14 (1765), 154-193(E292)。Euler Archive「On the rotational motion of solid bodies around a variable axis」
- J. J. O'Connor, E. F. Robertson, "Leonhard Euler", MacTutor History of Mathematics, セント・アンドルーズ大学
- 京都大学 全学共通科目「力学続論」シラバス(2026年度 後期、配当学年は主に1・2回生)