吊るす点と振動の中心
吊るす点を振動の中心に移しても、振り子の周期は変わらない。W・W・ラウズ・ボールが著した数学史(1908年刊、第4版)によると、この入れ替えを示したのは、クリスティアーン・ホイヘンスが1673年にパリで出版した『振り子時計』の第4章である。ホイヘンスはそこで、大きさをもつ物体を吊るした振り子、つまり実体振り子の問題を解いた。ボールはこの本を、質点ではなく大きさをもつ物体に力学を当てはめた最初の試みと評している。
振動の中心とは、同じ周期で揺れる単振り子に置き換えたとき、おもりが来る点である。平行軸の定理を使えば、この入れ替えが短い計算で確かめられる。
大きさをもつ物体は高校の物理にも出てくるが、扱うのは釣り合いまでだ。文部科学省の理科の解説によると、物理では剛体について力のモーメントのつり合いを扱い、重心にも触れる。慣性モーメントという語は、解説に出てこない。理数科の「理数物理」で、発展の例に固定軸のまわりの回転運動が挙がっているくらいで、回転運動を式で追うのは、たいてい大学の力学からになる。釣り合いの側はてこの原理で読める。
交差の項が消える
慣性モーメントは軸まわりの回しにくさを表す量で、各部分の質量に、軸からの距離を2乗して掛けて足す。物体を質点の集まりとみて、位置は軸に垂直な面の上で測る。重心Gを通る軸から、平行に距離だけ離れた軸Oを考える。
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軸Oまわりの慣性モーメントを書く
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Oから質点への位置を、Oから重心とその先に分ける
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2乗を展開する
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質量を掛けて足し、を和の外に出す
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重心から測った位置に質量で重みをつけた和は0
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第1項を、質量の和をと書く
手順5は重心の定義そのものである。重心を原点にとれば、質量で重みをつけた平均の位置が原点になるので、和は0になる。だから、どの軸からずらしても交差の項が消えるわけではない。ずらす前の軸が重心を通らなければ、手順4の真ん中の項は一般に残る。
は負にならないので、平行な軸のうちで慣性モーメントがいちばん小さいのは、重心を通る軸である。
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長さ、質量の一様な細い棒の中心まわりを積分する
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端を通る軸はずれている
つまり、端を軸にした値は中心を軸にした値の4倍になる。積分をやり直さなくても、ずれの2乗を足すだけで済む。
では、この定理は振り子でどう効くのか。重心が軸からだけ下にある実体振り子では、小さな振れの周期が次の式で表される。
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実体振り子の周期を書く
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平行軸の定理を入れる
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とおき、同じ周期をもつ単振り子の長さを読む
手順11の右辺は、をに替えても変わらない。重心からの点で吊るしたとき、振動の中心は重心の向こう側の点にある。そこへ軸を移すと、今度は元の軸が振動の中心になる。ボールが伝えるホイヘンスの入れ替えは、この対称性にあたる。また、相加平均と相乗平均の関係からで、周期が最も短くなるのはのとき。は回転半径と呼ばれ、全質量を重心の軸からの距離に集めても、重心まわりの慣性モーメントが変わらない長さを表す。
吊るす位置で周期を選ぶ
平行軸の定理の使い道は、まず計算の手間を省くことにある。重心を通る軸の値を1つ表にしておけば、平行な軸はどれもを足すだけで求まる。部品を組み合わせた物体なら、部品ごとに重心まわりの値を出し、全体の軸までの距離でを足してから合計すればよい。
振り子では、軸をどこに置くかを自由に選べる。手順11のは、をより小さくしていくとが効いてどこまでも長くなり、重心で吊るすと振り子にならない。兵藤哲雄の力学の講義ノートには、軸の位置を調整すれば長い周期が実現できる性質が、メトロノームの原理として挙がっている。長さ1 mの棒でも、重心から5 cm離れた点を軸にすれば mとなり、1.72 mの単振り子と同じ周期で揺れる。
吊るす点と振動の中心が入れ替えられることは、重力加速度の測定にも使える。重心をはさんだ両側で、重心からの距離が違う2つの軸が同じ周期を与えるなら、2つの軸の間隔がそのままになり、が出る。しかも、重心の位置もも知らなくてよい。ただし、棒の両端のように重心から等しい距離にある2点は、周期が同じでも間隔がにならない。単振り子の周期を表す式と由来は、振り子の周期で読める。
棒と円板を回す
例題 1基本棒の軸をずらす
質量0.60 kg、長さ1.2 mの一様な細い棒がある。棒に垂直な軸まわりの慣性モーメントを、軸が(1)中心を通るとき(2)端を通るとき(3)中心から0.30 m離れた点を通るとき、それぞれ求めよ。
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(1)
(2) mなので、となり、中心の4倍である。
(3)
例題 2大学円板の縁を通る軸
半径、質量の一様な円板がある。(1)中心を通り円板に垂直な軸まわりの慣性モーメントを、積分で求めよ。(2)縁の1点を通り、(1)の軸に平行な軸まわりの慣性モーメントを求めよ。(3) kg、 mのときの(2)の値を求めよ。
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(1)面密度はである。半径、幅の輪の質量はで、軸からの距離はどこもなので、輪ごとに足し合わせる。
(2)ずれはだから、。
(3)
例題 3大学端で吊るした棒の周期
長さ1.0 mの一様な細い棒の端を、棒に垂直な水平の軸で支えて小さく振らせる。とする。(1)周期を求めよ。(2)軸を棒の上のどこに置けば周期が最も短くなるか。そのときの周期も求めよ。
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(1)、を手順9に入れる。
長さ1.0 mの単振り子(約2.01 s)より短く、同じ周期をもつ単振り子の長さはである。
(2)なので、 m、つまり中心から約0.29 mの点に軸を置くと最も短くなる。このとき mだから、周期は次の値になる。
例題 4大学同じ周期になる軸
例題3の棒で、端で支えたときと同じ周期になる軸の位置を、棒の中心からの距離ですべて答えよ。
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端の軸は、重心から mの点にある。手順11のは、を次の値に替えても変わらない。
はの大きさだけで決まるので、答えは中心から0.50 mの2点(両端)と、中心から mの2点である。そのうち、吊るした端と反対側にある点は端から mの位置で、端で吊るしたときの振動の中心にあたる。
参考文献
- 文部科学省『高等学校学習指導要領(平成30年告示)解説 理科編 理数編』(2018)、第1部 第2章 第3節「物理」3(1)ア(ア)㋒ 剛体のつり合い、64-65ページ。第2部 第2章 第4節「理数物理」3(1)力と運動、231ページ
- W. W. Rouse Ball, A Short Account of the History of Mathematics, 4th ed. (1908), Christian Huygensの節。Project Gutenberg「eBook #31246」
- C. Huygens, Horologium Oscillatorium, Paris, 1673
- 兵藤哲雄「講義ノート5剛体の角運動量」「講義ノート7剛体の運動(軸の向き一定)」(2024年度の力学の講義)