図のない力学書
単振り子の運動方程式は、張力を1度も書かずに出せる。運動エネルギーと位置エネルギーの差を振れの角で書き、決まった形に微分するだけでよい。角でも長さでも、どんな座標を選んでも、その形が変わらないからだ。
この方法をまとめたジョゼフ=ルイ・ラグランジュの『解析力学』は、1788年にパリで出た。ラグランジュは前書きで、この本に図は1枚もないと断り、要るのは規則正しく一様な手順に従う代数の操作だけだと述べている。
『プリンキピア』から、ほぼ1世紀がたっていた。科学史家クレイグ・フレイザーの解説によると、鍵は一般化座標の考えと、系全体を1つのスカラーの量で書く手法にあった。ラグランジュ自身は月の秤動の論文で、自分の方法を、ダランベールの原理に仮想速度の原理を組み合わせて式にしたものと説明している。大幅に増補した第2版は1811年に第1巻が出て、第2巻はラグランジュの死後、1815年に刊行された。
では、なぜ座標を替えても形が変わらないのか。
余分な項が引き算で消える
質量の質点が軸の上を動き、力は位置エネルギーから出るとする。位置を決める数を、そのものから別の数に替える。とがなめらかに1対1で対応するなら、関数の形は問わない。
-
速度をで書く
-
運動エネルギーをで書く
-
で偏微分する
-
時間で微分する
-
手順2をで偏微分する
-
手順4から手順5を引く
-
ニュートンの式を入れる
-
右辺を合成関数の微分でまとめる
-
はを含まないのででまとめる
急所は手順6だ。座標を曲げるとの項が現れるが、手順4と手順5で同じ形になり、引き算でちょうど消える。残るのはニュートンの運動方程式の左辺にが掛かった項だけである。しかも関数の形は、どこにも使っていない。だから座標を替えても、式の形は変わらない。
多数の質点に束縛があっても、筋は変わらない。質点の位置が、互いに独立な個の座標と時刻を使ってと書けるとする。はポテンシャルから出る力、は束縛力とする。
-
速度をの1次式で書く
-
の係数を読む
-
運動方程式にを内積して足す
-
なめらかな束縛の力を消す
手順13で、ダランベールの原理と仮想仕事の原理が働く。は束縛を破らずに動ける向きで、なめらかな束縛の力はその向きに仕事をしない。あとは1次元のときと同じ引き算になる。
-
手順12の左辺を積の微分で書き換える
-
手順11と微分の順序の交換でに戻す
-
右辺の力をと書く
手順16は手順8と同じ形なので、手順9と同じくにまとまる。
座標を替える効き目は、極座標で手を動かすとよく見える。平面の質点が、原点からの距離だけで決まるの中を動くとしよう。
-
速度を動径と接線の成分に分ける
-
を書く
-
について公式に入れる
-
について公式に入れる
手順19のは、の中のから機械的に出てきた。力を考えて足した項ではないが、向心加速度の分がきちんと入っている。半径2 m、角速度3 rad/sの等速円運動ならで、手順19からとなる。直交座標でを2回微分しても、中心へ向かう加速度は18 m/s²で、答えは変わらない。手順20は角運動量の保存そのものだ。
束縛の力を書かずに解く
単振り子は、振れの角だけで位置が決まる。、を公式に入れると、張力の出番がないまま次の式が出る。
振れが小さければ振り子の周期のになり、 mで約2.01 sである。力を図に描いて分ける手間が、エネルギーを2つ書く手間に置き換わった。
保存則も解く前に見える。手順20のようにが座標を含まなければ、公式の第2項が消え、は時間で変わらない。また、この公式はを停留させる条件にもなっていて、最速降下線で使う変分法の式と同じ形をしている。
機械の設計でも同じ式を使う。マサチューセッツ工科大学のラス・テドレイクは講義ノートで、ロボットの運動方程式をこの方法で導き、右辺に関節のトルクを置いている。関節の角度を座標にとれば、腕どうしの内力を1つずつ書かずにすむ。
ただし、の形が使えるのは、力がポテンシャルから出るときだけだ。摩擦があれば、右辺に一般化力を残すことになる。
座標を替えて同じ答えを出す
例題 1基本張力の要らない滑車
質量 kgと kgのおもりを、軽い糸で軽い滑車にかける。が下がる距離をとしてを作り、加速度を求めよ。重力加速度は9.8 m/s²とする。
解説を見る
2つのおもりの速さはどちらもで、が下がるとは上がる。定数を除いて次のように書ける。
公式に入れる。
糸の張力は1度も出てこない。
例題 2大学2物体を重心と相対の座標に替える
直線上の質量、の物体を、ばね定数、自然長のばねでつなぐ。位置を、とする。(1)とに座標を替えてを書け。(2)運動方程式を求めよ。(3) kg、 kg、 N/mのとき、ばねの伸びの振動の周期を求めよ。
解説を見る
(1)、とおく。速度は次のようになる。
運動エネルギーに入れるとの項が打ち消し合い、は次の形になる。
(2)とのそれぞれについて公式に入れる。
、のときと同じ公式のまま、絡み合っていた2本の式が重心の等速運動と1本の単振動に分かれた。
(3) kgなので、角振動数と周期は次のとおりである。
例題 3大学単振り子を横の座標で書く
長さの単振り子を、角ではなく水平の位置で書く。(1)をとで表せ。(2)運動方程式を求めよ。(3)で書いたと同じ内容であることを確かめよ。
解説を見る
(1)とおくと、、である。
(2)を使う。
差を0とおいてについて解く。
(3)を2回微分し、を入れる。
(2)の右辺に、を入れると、第1項が、第2項がになり、一致する。 m、 rad、 rad/s、 m/s²なら、どちらも m/s²である。
例題 4大学回る輪の上のビーズ
半径の円い輪を、鉛直な直径のまわりに一定の角速度で回す。輪に通した質量のビーズは摩擦なしで動く。最下点から測った角をとする。(1)を書け。(2)運動方程式を求めよ。(3)最下点でも最上点でもない位置に、ビーズが輪の上で止まり続ける条件を求め、 m、 rad/s、 m/s²の角を求めよ。
解説を見る
(1)ビーズの速度は、輪に沿うと、輪と一緒に回るの直交する2成分でできている。
(2)公式に入れる。
(3)かつなので、次の式を満たす。
右辺が1より小さい必要があり、 rad/sのときだけ解がある。数を入れるとで、である。座標と位置の関係にが入っていても、公式はそのまま使える。
大学院入試で問われるラグランジアン
- 2026年度 明治大学大学院 理工学研究科 物理学専攻 基礎・専門 問題3:2本のばねで水平に動く支点に、一様な棒の振り子を付ける。支点の変位と棒の傾きでラグランジアンと運動方程式を書き、小さな振れの固有振動数を求める。大学はのちに設問(5)の文の誤りを公表し、(5)(6)は全員を正解とした。出典は明治大学「2026年度 Ⅰ期 物理学専攻 試験問題」。
- 2025年度 佐賀大学大学院 理工学研究科 物理学コース 力学:1つのばねの単振動に続けて、質量との小球を2本のばねでつなぐ。この連成振動のラグランジアンと運動方程式を書き、固有角振動数と、最も小さい角振動数の固有振動の振幅を求める。出典は佐賀大学「2025年度 入学試験問題 物理学コース 力学、電磁気学」。
- 2025年10月・2026年4月入学 千葉大学大学院 融合理工学府 物理学コース 専門科目(1) 問題I:3階建てのビルを3つの質点とばねに置き換え、ラグランジアンと運動方程式を書く。固有振動数を数値で求めたうえで、地震の揺れが大きい帯域を避ける柱の本数を決める。出典は千葉大学「専門科目(1)試験問題」。
参考文献
- J. L. Lagrange, Mécanique analytique(初版Paris, 1788。第2版1811・1815)。前書きの英訳とC. G. Fraserの解説はMacTutor「Joseph-Louis Lagrange: Analytical Mechanics」による
- G. Gallavotti, "Aspects of Lagrange's Mechanics and their legacy", arXiv:1305.3438 (2013)
- R. Tedrake, "Multi-Body Dynamics", Underactuated Robotics, MIT
- 九州大学 物理学科「履修に関して」基本シラバス(力学・解析力学、2年前期・必修)
- 東京大学 理学部「解析力学」授業カタログ(2025年度A1学期)