トリウム229の原子核時計(13桁で測った振動数)

Thorium-229 nuclear clock transition (frequency measured to 13 digits)

1 eVの見当では足りない。100万分の1 eVで当てる光を探した。

トリウム229の原子核には、紫外線のレーザーで届く8.4 eVの段差がある。2024年にその振動数が13桁で測られ、2026年には原子核で時を刻む時計が動いた。

年代
2024年
習う
高3・物理・原子
レベル
入試(例題 5 問)
人物
ジュン・イェ、チュアンクン・ジャン、トルステン・シュム、エッケハルト・パイク、クリスティアン・タム
逸話

100万分の1 eVの的

2,020,407,384,335 kHz。トリウム229の原子核を、ひとつ上のエネルギー準位へ押し上げる光の振動数で、1秒に約2000兆回振動する紫外線にあたる。米国コロラド州ボルダーにあるJILAで、ジュン・イェらはストロンチウム原子時計に結んだ光周波数コムを使い、この値を13桁まで決めた。論文の原稿は2024年6月に公開され、9月に『ネイチャー』に載った。最後の桁に残る誤差は2 kHzである。

その年の4月に出た値でさえ、誤差は7 GHzあった。

原子核がレーザーに初めて応えたのは、2023年11月21日である。ドイツのブラウンシュヴァイクにある物理工学研究所(PTB)の実験室で、波長を変えられる卓上のレーザーから紫外線を当てていくと、トリウム229を入れた結晶が、はっきりした信号を返した。結晶を作ったウィーン工科大学のチームを率いるトルステン・シュムは、探す難しさをこう語っている。「この遷移のエネルギーを1電子ボルトの幅で知っていても、ほとんど役に立たない。見つけるには、100万分の1電子ボルトの精度で正しいエネルギーに当てなければならない」。

窓のない薄暗い実験室で、鏡やレンズの並ぶ光学台の先に金属の真空槽があり、奥に電子機器の棚が並ぶ(画像生成 AI で描いたイメージ)
2023年11月21日、ブラウンシュヴァイクのPTBで、結晶の原子核が初めてレーザーに応えた画像生成AIで描いたイメージ

ウィーン工科大学の発表によると、レーザーは結晶中のおよそ10¹⁷個のトリウム原子核に一度に当たる。濃さの違う2つの結晶で同じ光が返り、比べるためにトリウム232を入れた結晶では何も返らなかった。共鳴した波長は148.3821 nmで、レーザーを止めたあとも結晶は紫外線を出し続け、その光は平均630秒の寿命で弱まっていった。PTBとウィーン工科大学のチームは、この結果を2024年4月29日に『フィジカル・レビュー・レターズ』で発表した。シュムは「私たちにとって、夢がかなった」と語っている。

トルステン・シュム21世紀に活躍トリウムを入れた結晶を作り、原子核をレーザーで動かした
トリウム229入りの結晶X2(画像生成 AI で描いたイメージ)
トリウム229入りの結晶X22023年(初めてレーザーに応えた)PTBやJILAの測定と、ウィーンの原子核時計に使われた結晶画像生成AIで描いたイメージ

JILAが測ったのは、同じ結晶から切り出した長さ1.8 mmほどのかけらである。結晶を150 Kに冷やし、400秒のあいだ光を当てては、200秒かけて出てくる光子を数える。光源は、波長1038 nmの赤外線で作った光周波数コムだ。くしの歯のように、等しい間隔で並んだ振動数をたくさん含んでいる。歯の間隔は75 MHzある。この光をキセノンの噴流に集めると、振動数が7倍になった紫外線のコムが、148 nm付近にできる。その歯の1本が、原子核をひとつ上の準位へ押し上げる。

暗い真空槽の中で、曲面の鏡に挟まれた一点がまぶしく光り、細い白い光の筋が伸びる(画像生成 AI で描いたイメージ)
JILAの真空槽で、赤外のくしの光をキセノンの噴流に集め、7倍の振動数の紫外線を作る画像生成AIで描いたイメージ

見つかった線は、1本ではなかった。

全体を掃いた記録には6つの山があり、強い4本は数百MHzの範囲に散らばっていた。イェらはこれを、結晶が作る電場勾配と原子核の形のゆがみが作用し合い、準位がいくつかに分かれる四重極分裂と読み解いた。そのうえで3本の線の位置から、まだ見ていない5本目の線を2,020,407,693.966 MHzと予言する。その位置を掃くと、最も強い線の10分の1しかない弱い線が、2,020,407,693.98 MHzに現れた。冒頭の13桁は、4本の線を1:2:2:1の重みで平均した値である。NISTの発表によれば、波長から出したそれまでの値より100万倍細かい。イェは同じ発表で、こう語った。「何十億年動かし続けても1秒も狂わない腕時計を想像してほしい。まだそこまでは来ていないが、この研究でその精度に近づいた」。

起源

100 eVより下の段差

では、なぜトリウム229の原子核だけが、レーザーで動かせる候補になったのだろうか。

原子の中で電子が移る段差は数eVほどで、可視光や紫外線の光子1個で届く。ストロンチウム原子時計が使う光は波長698 nmで、光子1個のエネルギーは約1.78 eVにあたる。原子核の段差は桁が違う。理化学研究所の解説によると、原子核の励起エネルギーはふつう数千eVから数百万eVある。シュムも、原子や分子の中の電子と比べて、少なくとも1000倍のエネルギーが要ると語る。レーザーの光子では、とても届かない。

例外の手がかりは、1976年に出た。クローガーとライヒは、ウラン233がアルファ崩壊してできるトリウム229について準位の並びを調べ、基底状態のすぐ上にもう1つ状態がありそうだと考えた。のちにアイソマー状態と呼ばれる、長生きの励起状態である。ただ、段差は100 eVより下だろうというところまでしか言えず、値はまだ定まらなかった。1994年、ヘルマーとライヒはガンマ線の測定から段差を3.5(1.0) eVとした。

2003年、パイクとタムは、この遷移をレーザーで調べて時計の基準にする案を論文にまとめた。題には「3.5 eVの遷移」とある。

エッケハルト・パイク21世紀に活躍2003年に原子核時計を提案し、PTBでトリウムの研究を率いる

ところが、2007年のベックらの測定と、2009年にその値を見直した報告で、段差は7.8(5) eVへ大きく動いた。そこまでの値はどれも、原子核が出すガンマ線のエネルギーの差から間接に出したものだった。2016年、ミュンヘン大学のフォン・デア・ヴェンゼらは、アイソマー状態の原子核が電子を飛ばして落ちる様子を直接とらえ、段差を6.3〜18.3 eVの範囲に絞った。2019年にはザイファーレらが8.28(17) eVと測った。同じ年、岡山大学の増田孝彦らは、29 keVの放射光X線で原子核を2番目の励起状態へ上げ、そこからアイソマー状態へ落とす方法を示した。

光そのものが見えたのは、2023年の論文である。CERNのISOLDEでは、アクチニウム229を結晶に打ち込み、ベータ崩壊でできたトリウム229原子核が光を出して落ちるところをとらえた。光子のエネルギーは8.338(24) eVだった。

天井の高い実験ホールで、銀色の真空管の列が小さな真空槽につながり、そばに分光器と電子機器の棚がある(画像生成 AI で描いたイメージ)
CERNのISOLDEで、結晶に打ち込んだアクチニウム229から生まれた原子核の光をとらえた(2023年の論文)画像生成AIで描いたイメージ

段差がこれほど小さいのは、偶然の打ち消し合いによる。ウィーン工科大学とPTBなどが2026年に出した論文によると、基底状態とアイソマー状態では、原子核をまとめる強い力による結合エネルギーも、陽子どうしが電気で反発するエネルギーも、100万eVの桁で違う。2つの違いはほとんど打ち消し合い、8.4 eVだけが残った。

原子核は、原子の1万分の1より小さい。ウィーン工科大学の発表によると、そのぶんまわりの乱れにわずかしか応えず、時を刻む基準として信頼できる。NISTも、原子時計で使う電子に比べて、原子核は外から迷い込む電場や磁場の影響をずっと受けにくいと説明する。2026年の論文によると、原子核はまわりの場と弱くしか結びつかないので、室温の固体に入れたままでも時計を組める。とはいえ、結晶の電場勾配にまったく応えないわけではなく、線は5本に分かれる。

証明

1:2:2:1の重みで消える分裂

冒頭の式の2行目と3行目は、振動数をエネルギーと波長に読み替える式である。1行目の13桁は、結晶中で5本に分かれた線から取り出した。論文は1:2:2:1の重みの式を示すだけなので、読み替えの根拠に続けて、その重みで分裂が消える理由を導く。

  1. 原子核が基底状態(エネルギー)からアイソマー状態()へ移るとき、吸う光子1個のエネルギーは2つの差に等しい

  2. 光の速さは振動数と波長の積なので、波長は

  3. 結晶中では、まわりのイオンが原子核の位置に作る電場勾配と、原子核の四重極モーメントが作用し合い、準位が分かれる。は原子核のスピン(基底状態は5/2、アイソマー状態は3/2)、は電場勾配のゆがみを表す数で、分裂を表すハミルトニアンは

  4. についてなので、角括弧の第1項の対角和は0

  5. とも対角和が等しく、全体の対角和は0になる。磁場がなければ、スピンが半整数の準位は2つずつ重なる(クラマースの縮退)。だから基底状態は3組、アイソマー状態は2組に分かれ、ずれの和はそれぞれ0

  6. 基底状態の組からアイソマー状態の組へ移る線は、ずれの差だけから動く

  7. 線a(3/2→1/2)、b(5/2→3/2)、c(1/2→1/2)、d(3/2→3/2)を1:2:2:1の重みで足す

基底状態の3組はどれも合わせて2回、アイソマー状態の2組はどれも3回数えられる。だから重みつきの和には、ずれの和の2倍と3倍だけが残る。
  1. 手順5から括弧の中はどちらも0なので、6で割る

が0でないと、組ごとのは混ざる。それでも組の数と、ずれの和が0になることは変わらない。論文が当てはめた値で当サイトが固有値を計算すると、基底状態の3組のずれは+209.1、−23.0、−186.1 MHz、アイソマー状態の2組は±123.5 MHzで、どちらも和は0になった。使った値は、 eb V/Ų、 eb V/Ųである。論文も、四重極より高次の効果は無視していると断っている。

同じずれの表から、5本目の線eがどこに来るかも決まる。eは基底状態の±1/2からアイソマー状態の±3/2への線で、cで上がり、aを逆にたどって下り、dで上がる道と、行き着く準位が同じになる。

線cでアイソマー状態の±1/2へ上がり、aを逆にたどって基底状態の±3/2へ下り、dでアイソマー状態の±3/2へ上がると、線eと同じ準位に着く。

逸話の章で触れた5本目の予言は、この式から出た。当サイトが当てはめの値から出したeはより309.627 MHz高く、論文の予言(309.631 MHz高い)と4 kHzの差で合う。

途中の計算

比を掛けて13桁に戻す

高校物理では、「原子」の単元で光子のエネルギーを学ぶ(プランクの関係式)。JILAは、トリウムの振動数を、ストロンチウム時計との比として報告した。その比に時計の振動数を掛け、エネルギーと波長に直すところまでを1行ずつ追う。定数は、SIで値が定義されているプランク定数(キッブルバランスの式)、電気素量、光の速さを使う。

  1. 論文の比を書く

  2. 国際度量衡局(BIPM)が2025年に勧めた値を使う

  3. 2つを掛ける

  4. 比の最後の桁に残る誤差5を、相対誤差に直す

  5. 振動数の誤差に直す

  6. エネルギーをJで出す

  7. 電気素量 Cで割り、eVに直す

  8. 波長を出す

2024年に出た3つの値を、kHzの単位で桁をそろえて並べた。点線の枠は誤差がかかる桁で、JILAの値だけが13桁目まで届いた。

手順4と5が「13桁」の中身である。13桁目に±2 kHzの誤差が残り、振動数で割った相対誤差は約1兆分の1(1.0×10⁻¹²)になる。4月の値は誤差が7 GHzあったから、350万分の1に縮んだ。論文が「およそ6桁」と書く改善だが、上には上がある。JILAの論文によると、ストロンチウム光格子時計の不確かさは8×10⁻¹⁹まで来ていて、桁でいえば、まだ100万倍ほどの開きがある。

応用

室温の結晶で時を刻む

それでも原子核で時計を作ろうとするのは、なぜか。JILAのウーイらは2026年の論文で、原子核の遷移は環境に影響されにくいので、光格子時計より桁違いに多くの原子核を結晶に入れられると書いた。温度を整えるだけの簡単な仕組みで済めば、研究室の外へ持ち出せる時計に近づく。

ただし、結晶中の原子核も、まわりから切り離されてはいない。線を5本に分けた電場勾配は、温度でも変わる。JILAのヒギンズらは2025年、同じ結晶の4本の線を150 K、229 K、293 Kで測った。線b(±5/2→±3/2)は143 Kの幅で62(6) kHzしか動かず、1 Kあたりおよそ0.4 kHzだった。論文の見積もりでは、10⁻¹⁸の精度をめざすなら、結晶の温度を5 µKの幅にそろえなければならない。2.02×10¹⁵ Hzの10⁻¹⁸は2.0 mHzで、0.4 kHz/Kで割ると、たしかに5 µKになる。

もう1つの壁は、アイソマー状態が10分ほど続くことだ。光を当てて、出てくる光子を数えるやり方では、1回の測定に何分もかかる。岡山大学などのグループは2024年、SPring-8のX線を当てると、結晶に入れたトリウムがアイソマー状態にとどまる時間を、10分の1ほどに縮められると見つけた。ウィーン工科大学とPTBのシャーデンらは2025年、20 mWのレーザーで寿命を3分の1にしている。

数字を時計のずれに直してみる。1.0×10⁻¹²の精度の時計は、およそ3万2000年で1秒ずれる。2026年10月にウィーンで動いた原子核時計は、1日かけた測定で約10⁻¹⁵に届き、ウィーン工科大学はこれを3000万年に1秒ほどのずれと説明した。NISTは、その先の使い道として、GPSがあってもなくても使える精密なナビゲーションや、より確かな通信網を挙げている。

例題と解説

641秒の寿命と2.8 Hzの掃き幅

例題 1基本光子1個のエネルギーと波長

振動数 Hzの紫外線について、(1)光子1個のエネルギーをJとeVで、(2)波長をnmで求めよ。 J·s、 m/s、 Cとする。

解説を見る

(1)に入れる。

1 eVは Jなので

(2)から

約149 nmである。途中の計算の章で出した8.3557 eV、148.382 nmと少し違うのは、定数と振動数を3桁に丸めたためである。

例題 2基本ストロンチウム時計の光と比べる

ストロンチウム原子時計の光は波長698 nmである。(1)光子1個のエネルギーをeVで求めよ。(2)トリウム229の段差8.36 eVは、その何倍か。 eV·nmとする。

解説を見る

(1)から

(2)

エネルギーは振動数に比例するので、この比は振動数の比でもある。JILAが測った比4.707 072 615 078と上2桁が合う。3桁目のずれは、波長とエネルギーを3桁に丸めたことから来る。

例題 3入試寿命641秒の光の減り方

結晶に入れたトリウム229の原子核は、アイソマー状態へ移ると、平均寿命641秒で指数関数的に基底状態へ戻る。(1)半減期を求めよ。(2)光を当てるのをやめてから200秒後と1800秒後に、アイソマー状態に残る原子核の割合をそれぞれ求めよ。、、とする。

解説を見る

(1)平均寿命と半減期はで結ばれる(放射性崩壊)。

(2)残る割合はである。

200秒後は約73%、1800秒後は約6%が残る。JILAは線の形を細かく測るとき、点と点のあいだを1800秒(平均寿命のほぼ3倍)あけ、前に励起した原子核が残らないようにした。

例題 4入試コムの歯の番号

光周波数コムは、間隔で等しく並んだ、たくさんの振動数の光でできている。歯の間隔を75.25 MHzとし、ずらしの分は無視して、(1) Hzに当たる歯の番号を有効数字3桁で求めよ。(2)を1 Hz大きくすると、番目の歯は何MHz動くか。(3)番目の歯を隣の歯の位置まで動かすには、をおよそ何Hz変えればよいか。

解説を見る

(1)から

(2)番目の歯の振動数はなので、の変化は倍になって効く。

(3)隣の歯までは75.25 MHzなので

JILAも、をおよそ2.8 Hz動かして、隣り合う歯のあいだをすき間なく掃いた。

例題 5大学の四重極分裂

とすると、組のずれはと書ける。基底状態()で = 20.5 MHz、アイソマー状態()で = 39.0 MHzとする(論文の当てはめの値を、当サイトで振動数に直した)。(1)各組のずれを求め、和が0になることを確かめよ。(2)線a〜eの、からのずれを求めよ。(3)とを計算せよ。

解説を見る

(1)基底状態はなので

単位はMHzで、和は0である。アイソマー状態はなので、、で、和は0になる。

(2)を計算する。

(3)

平均はに戻り、はに一致する。実際のでは、線は図示の章に書いた位置へ動き、aとbの順が入れ替わる。それでも2つの関係は同じように成り立つ。

図示

誤差の棒と5本の線

トリウム229の段差は、見積もるたびに動いてきた。1976年は100 eVより下という見当で、2016年は6.3〜18.3 eVの範囲を示した。点線は2024年の8.3557 eVで、2023年と2024年の誤差の棒は短すぎて見えない。

1994年の3.5 eVは、いまの値より5 eV近く低い。2003年の提案も、この値をもとに書かれた。誤差の棒が縮むたびに、レーザーで探す範囲が狭まっていった。

結晶中で分かれたトリウム229の準位と、5本の線a〜e。準位のずれは、論文の当てはめの値から当サイトで計算した。破線のeは、最も強いbの10分の1の強さしかない。

線の振動数は、からa −100.5、b −85.6、c +62.6、d +146.6、e +309.6 MHzずれる。aとbは15 MHzしか離れていない。

シミュレーション

歯をすべらせて線に当てる

画面の上半分では、横軸にからのずれをとり、コムの歯を点線、5本の線を太い縦線で描いた。つまみで繰り返し周波数を最大2.81 Hzずらすと、歯の番号が約2.7×10⁷あるので歯は1本ぶん(約75 MHz)すべり、どの線も一度ずつ歯と重なる。重なった線は光り、下半分に光の強さが記録される。a〜dの4本が見つかると、1:2:2:1の重みで平均した冒頭のが、読み出しに出る。線の位置は、論文が当てはめた値から当サイトで計算した。繰り返し周波数の基準値と光の強さは、当サイトの模型である。

広がる学問

定数を疑う物理、結晶を読む化学

  • 物理学 物理定数が時間とともに変わらないかを確かめるとき、原子核時計と原子時計の振動数の比を測り続ける。ウィーン工科大学のビークスらとJILAのチームは2025年、JILAが測った四重極モーメントの変化1.791(2)%をもとに、微細構造定数がわずかに変わったときの振動数の変わり方をと書き、と見積もった。2026年の論文によると、比べる相手のイッテルビウムイオンの時計でははおよそ1で、同じ変化が原子核では数千倍に増えて見える。
  • 化学 結晶の中でトリウムがどう収まっているかを調べるとき、四重極分裂から原子核の位置の電場勾配を読む。JILAは2024年、フッ化カルシウム結晶で = 109.1(7) V/Ų、を得た。主な4本のほかに見えた弱い2本の線について、論文はトリウムの収まり方の違いから来ているかもしれないと書き、こうした測定が密度汎関数理論の計算と照らし合わせる基準になると述べる。
  • 工学 持ち運べる原子核時計を作るとき、148 nmの紫外線を出すレーザーと、少ないトリウムで済む材料を組み合わせる。JILAのジャンらとUCLAのチームは2024年、マイクログラム単位のトリウム229で作ったフッ化トリウム(ThF₄)の薄膜でも、原子核をレーザーで励起できると示した。放射能は、これまで使ってきた結晶より最大で3桁小さくて済む。薄膜は光の回路や微細加工の技術と組み合わせやすい、と論文は書く。
いまの研究と事業

動き出した原子核時計

  • 2026年 ウィーン工科大学と物理工学研究所(PTB): 室温のフッ化カルシウム結晶による吸収を使い、148 nmで連続して光るレーザーの振動数を線bに合わせ続ける原子核時計を作った。光は1187 nmのレーザーの振動数を3回2倍にしたものでとなり、オーストリアの計量機関(BEV)にあるイッテルビウムイオン時計と比べて、安定度はだった。論文の目安の式に、線幅 = 100 kHzと1秒のSN比17を入れると、測った値に近いになる。出典はToscani De Colほか, Nature 658(2026), 897-902とウィーン工科大学の発表(2026年10月8日)。
  • 2026年 清華大学など(中国): カドミウム蒸気を使って148.4 nmの連続光を10 µW出すレーザーで、線bに合わせた原子核時計を動かした。別々に育てた2つの結晶の線bを301.4 Kで測ると、JILAの記録から同じ温度に直した値との差は−0.50(122) kHzと+0.06(122) kHzだった。1.22 kHzの誤差をで割ると、当サイトの計算で6×10⁻¹³にあたる。出典はHuangほか, Nature 658(2026), 903-908。
  • 2026年JILA(ジュン・イェら): 濃さの違う結晶で、線幅と中心振動数が温度や時間でどう変わるかを調べ、温度の1次の効きが0になる196(5) Kを見つけた。振動数をと書くと、のそばでは温度が少しずれても振動数はほとんど動かない。195 Kでは、2つの結晶の振動数が7か月のあいだ220 Hz(1.1×10⁻¹³)の範囲でそろった。出典はOoiほか, Nature 650(2026), 72-78。
  • 2026年 理化学研究所・筑波大学・大阪大学など: トリウム229の1価のイオンを、イオントラップでたくさん作り、アイソマー状態の半減期を0.46±0.08秒と測った。中性の原子なら10万分の1秒ほど、3価のイオンなら1,400秒ほどなので、崩壊定数で比べると、1価は3価のおよそ3000倍速く崩壊する。8.4 eVの段差は外側の電子の結合エネルギーと同じくらいで、研究グループは、電子が関わる「電子架橋遷移」の存在を強く示唆する結果だと発表した。出典は理化学研究所ほか「電子を操って原子核の半減期を大きく変える」(2026年4月14日)。

参考文献

  1. C. Zhang et al., "Frequency ratio of the 229mTh nuclear isomeric transition and the 87Sr atomic clock", Nature 633 (2024), 63-70(arXiv:2406.18719は2024年6月26日・オンライン2024年9月4日); NIST「Major Leap for Nuclear Clock Paves Way for Ultraprecise Timekeeping」(2024年9月4日); BIPM「Recommended values of standard frequencies: Strontium 87 atom」(2025年).
  2. J. Tiedau et al., "Laser Excitation of the Th-229 Nucleus", Physical Review Letters 132 (2024), 182501(2024年4月29日・CC BY 4.0); R. Elwell et al., "Laser Excitation of the 229Th Nuclear Isomeric Transition in a Solid-State Host", Physical Review Letters 133 (2024), 013201(arXiv:2404.12311); TU Wien「Atomic Nucleus Excited with Laser: A Breakthrough after Decades」(2024年4月29日).
  3. L. A. Kroger, C. W. Reich, "Features of the low-energy level scheme of 229Th as observed in the α-decay of 233U", Nuclear Physics A 259 (1976), 29-60; R. G. Helmer, C. W. Reich, "An excited state of 229Th at 3.5 eV", Physical Review C 49 (1994), 1845-1858; E. Peik, Chr. Tamm, "Nuclear laser spectroscopy of the 3.5 eV transition in Th-229", Europhysics Letters 61 (2003), 181-186; B. R. Beck et al., Physical Review Letters 98 (2007), 142501; B. R. Beck et al., "Improved value for the energy splitting of the ground-state doublet in the nucleus 229mTh", LLNL-PROC-415170(2009).
  4. L. von der Wense et al., "Direct detection of the 229Th nuclear clock transition", Nature 533 (2016), 47-51; B. Seiferle et al., Nature 573 (2019), 243-246; T. Masuda et al., "X-ray pumping of the 229Th nuclear clock isomer", Nature 573 (2019), 238-242; S. Kraemer et al., "Observation of the radiative decay of the 229Th nuclear clock isomer", Nature 617 (2023), 706-710.
  5. J. S. Higgins et al., "Temperature Sensitivity of a Thorium-229 Solid-State Nuclear Clock", Physical Review Letters 134 (2025), 113801; T. Ooi et al., "Frequency reproducibility of solid-state thorium-229 nuclear clocks", Nature 650 (2026), 72-78(オンライン2026年1月28日); T. Hiraki et al., "Controlling 229Th isomeric state population in a VUV transparent crystal", Nature Communications 15 (2024), 5536; 岡山大学ほか「結晶中のトリウム229原子核アイソマーをX線で制御することに成功」(2024年7月17日); F. Schaden et al., Physical Review Research 7 (2025), L022036.
  6. L. Toscani De Col et al., "A thorium-229 optical nuclear clock with feedback loop", Nature 658 (2026), 897-902(オンライン2026年10月7日・CC BY 4.0); B. Huang et al., "A nuclear clock synchronized to 229Th", Nature 658 (2026), 903-908(オンライン2026年10月7日・CC BY 4.0); TU Wien「The First Stand-Alone Nuclear Clock is Ticking in Vienna」(2026年10月8日).
  7. K. Beeks et al., "Fine-structure constant sensitivity of the Th-229 nuclear clock transition", Nature Communications 16 (2025), 9147; C. Zhang et al., "229ThF4 thin films for solid-state nuclear clocks", Nature 636 (2024), 603-608; Y. Shigekawa et al., "Lifetime of the singly charged 229Th nuclear isomer", Nature Physics 22 (2026), 832-837(オンライン2026年4月14日); 理化学研究所「「原子核時計」の実現に前進」(2024年4月18日); 理化学研究所ほか「電子を操って原子核の半減期を大きく変える」(2026年4月14日).

姉妹サイト

株式会社Game が運営するメディアです。