舟の上でぶつける球
「Aから見たBの速度」は、ではなくである。読む順に引くと符号が逆になり、近づいてくる車が遠ざかる計算になる。引くのは、見ている側の速度だ。
見る人を替えると速度が変わる。この当たり前の事実から衝突の法則を導いたのが、クリスティアーン・ホイヘンスである。1695年の死後、1703年に刊行された衝突の論考の図には、岸のそばを進む舟が描かれた。一定の速さで進む舟の上で、同じ大きさの2つの球を同じ速さでぶつける。舟の人から見れば、球は同じ速さではね返るはずだ。岸から見ると、同じ出来事が速さの違う球の衝突になる。
同じ大きさの球なら、速さの違う衝突も、2つの速度の平均で動く舟から見れば左右対称になる。ホイヘンスはそこから進んで、大きさの違う物でも、近づく速さとはね返って離れる速さは等しいという規則にたどり着いた。今でいう弾性衝突の規則である。
自分の動きを世界から引く
直線上に東向きを正とする軸をとり、物体A、Bの位置を、、速度を、とする。速度は向きを符号で表すので、西向きは負の数だ。A、Bの速度はどちらも一定で、地面から見たものとする。
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Aを原点とする目盛りでBの位置を読む
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時間の間の変化を両辺でとる
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両辺をで割る
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それぞれを速度に置き換える
をAに対するBの相対速度といい、添字は「見る側、見られる側」の順に読む。ところが右辺の引き算は「見られる側、見る側」の順で、添字とは並びが逆になる。誤りの出どころは、ここだ。
では、逆に書くと何が起きるのか。東向き20 m/sで進むAから、その東を西向き15 m/sで進むBを見る場合で考える。
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、を代入する
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見る側をBに替える
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一般に、入れ替えると符号だけが変わる
Aから見るとBは西向きに35 m/sで近づき、Bから見るとAは東向きに35 m/sで近づく。どちらも相手が自分のほうへ来る向きで、話が合う。手順5で引き算を逆にするととなるが、大きさが同じなので途中では気づきにくい。だから、出した数を言葉に戻して読む。「東向きに35 m/s」なら、東にいるBはさらに東へ遠ざかることになり、おかしいと分かる。
もっとも、添字の並びは本によって違う。たとえばマサチューセッツ工科大学(MIT)の力学の講義資料は、Aから見たBの速度をと書き、見られる側を先に置く。添字だけに頼らず、どちらが見る側かを文で読みたい。
手順4を移項すると、速度の足し算になる。
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を右辺へ移す
これが合成速度だ。たとえば流れる川なら、岸から見た舟の速度は、川の流れの速度と、水から見た舟の速度の和になる。
文部科学省の解説によると、物理基礎で扱うのは同一直線上を等速直線運動する物体の合成速度と相対速度で、平面内の場合は科目「物理」に入る。平面では、同じ引き算を成分ごとにくり返す。
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成分と成分のそれぞれに手順4を書く
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2本をベクトルの式にまとめる
雨の傾きと星の位置
走ると雨が前から来るように見える。これは手順10そのものだ。速さで鉛直に降る雨を、水平に速さで進む人から見ると、雨は鉛直からの角だけ前へ傾く。
同じ傾きを、18世紀のジェームズ・ブラッドリーは星の光で見つけた。光行差である。国立天文台の暦Wikiにも、雨の日に傘を少し前へ傾けるのと同じような効果だとある。雨を光に、歩く人を公転する地球に置き換えると、地球の速さ約29.8 km/sと光の速さ約3.0×10⁵ km/sの比から、星の見える向きの傾きは最大で約 rad、角度にして約20.5秒角になる。高校の地学では、この年周光行差が、年周視差と並ぶ地球の公転の証拠である。
出会うまでの時間も、相対速度なら1回の割り算で出る。時速285 kmで走る長さ400 mの列車どうしがすれ違うと、相対速度は時速570 km、秒速にして約158 m。先頭が出会ってから最後尾が離れるまでの800 mを、わずか5秒ほどで過ぎる。2本の動きを追う必要はない。片方を止めて見れば足りる。
ほかの公式の中にも、この足し算と引き算は隠れている。ツィオルコフスキーの式の導出では、ロケットから見て後ろへで出たガスの速さを、地面から見たに直す。ドップラー効果なら、音源へ向かう観測者から見た音の速さはだ。
ただし、速度の引き算は光の速さよりずっと遅い運動で成り立つ近似で、光の速さに近づくと特殊相対性理論の式に置き換わる。光行差も厳密にはその式で扱うが、がこの大きさなら違いはごくわずかだ。
2本の動きを1本に減らす
例題 1基本3台の車の見え方
直線道路を、車Aが東向きに15 m/s、車Bが東向きに25 m/s、車Cが西向きに10 m/sで走っている。(1)Aから見たBの速度(2)Bから見たAの速度(3)Aから見たCの速度を、向きとともに答えよ。
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東向きを正とすると、、、である。いつも見られる側から見る側を引く。
(1)なので、東向きに10 m/s。
(2)なので、西向きに10 m/s。(1)と大きさが同じで向きだけが逆になる。
(3)なので、西向きに25 m/s。
例題 2基本追い越しとすれ違い
長さ150 m、速さ30 m/sの列車Xと、長さ170 m、速さ20 m/sの列車Yがある。(1)同じ向きに進むとき、XがYに追いついてから完全に抜き去るまでの時間を求めよ。(2)反対向きに進むとき、出会ってから離れるまでの時間を求めよ。
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Yから見たXの動きにすると、Yは止まり、Xだけが2本の長さの和320 mを進む問題になる。
(1)相対速度の大きさは m/sである。
(2)Yの速度が反対向きなので、大きさは m/sになる。
例題 3入試川を真横に渡る
幅120 mの川が、どこでも1.5 m/sで流れている。静水なら2.5 m/sで進む舟で、岸に垂直に進んで対岸へ渡りたい。(1)舟を、水から見てどの向きに進めればよいか。(2)渡るのにかかる時間を求めよ。
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下流の向きを軸、対岸へ向かう向きを軸にとる。水の速度はである。水から見た舟の速度をとおくと、岸から見た舟の速度は合成速度になる。
(1)岸に垂直に進むには成分が0でなければならず、となる。水から見た速さが2.5 m/sなので
舟は対岸へ向かう向きから上流側へ、の角、約37°傾けて進める。
(2)岸から見た舟の速さは2.0 m/sだから、次の時間がかかる。
例題 4入試2隻が最も近づくとき
東向きに軸、北向きに軸をとる。時刻0に、船Aが原点から北向きに6 m/sで、船Bが点から西向きに8 m/sで進み始める。座標の単位はmである。(1)Aから見たBの速度を求めよ。(2)2隻の距離が最小になる時刻と、そのときの距離を求めよ。
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(1)を成分で計算する。
大きさは m/sである。
(2)Aを止めて見ると、Bはから一定の速度で動く。時刻の位置はなので、距離の2乗はベクトルの大きさの式から次のようになる。
sで最小になり、距離は mである。
見る人を替えて解く出題
- 2025年 大学入学共通テスト 追試験 物理 第2問 問5:惑星のそばを通る探査機について、惑星から見た速度に惑星の速度を足して太陽から見た速度を作り、通過の前後で速さが何倍になるかを求める。出典は大学入試センター「令和7年度 追・再試験の問題」。
- 2026年 大学入学共通テスト 追試験 物理 第2問 問2:なめらかな水平面を動く平板と、その上をすべる物体について、摩擦力の大きさから、平板から見た物体の加速度を表す式を選ぶ。出典は大学入試センター「令和8年度 追・再試験の問題」。
参考文献
- 文部科学省『高等学校学習指導要領(平成30年告示)解説 理科編 理数編』(2018)、第1部 第2章 第2節「物理基礎」3(1)ア(ア)、49ページ。第3節「物理」3(1)ア(ア)、65ページ。第9節「地学」、176ページ
- J. D. Norton, "Huygens' Boat", University of Pittsburgh(R. J. Blackwellの英訳Isis 68(1977)を引く)
- J.-W. van Holten, "On Huygens' derivation of the laws of elastic collisions", arXiv:2512.22842 (2025)
- 国立天文台 暦Wiki「光行差」
- わかりやすい高校物理の部屋「相対速度」
- S. Widnall, J. Peraire, "Lecture L7 - Relative Motion using Translating Axes", 16.07 Dynamics, MIT (2009)
- 大学入試センター「令和7年度 大学入学共通テスト 追・再試験 物理」「令和8年度 大学入学共通テスト 追・再試験 物理」