ベルリンの医師
モード・メンテンは 1879 年、カナダのオンタリオ州の小さな村に生まれた。トロント大学で学び、1911 年に医学の学位を得た。カナダで医学の博士号を取った最初のころの女性の 1 人である。
1912 年、メンテンはベルリンへ渡り、レオノール・ミカエリスの研究室に加わった。ミカエリスは、液体の酸性・アルカリ性の度合い(pH)を緩衝液で一定に保つ技術にくわしい医師で化学者だった。2 人が調べたのは、酵母の酵素インベルターゼが、砂糖(ショ糖)をブドウ糖と果糖に分ける速さである。
ショ糖の溶液は、偏光の向きを右へ回す。分かれてできたブドウ糖と果糖の混ざった液は、左へ回す。偏光の回り方を時間を追って測れば、反応がどこまで進んだかが分かる。2 人は pH をそろえ、ショ糖の濃さを変えながら、反応が始まった直後の速さだけを取り出して比べた。濃さを上げると速さは増えるが、ある所から頭打ちになる。その形を 1 つの式と 1 つの定数で表し、1913 年に『生化学雑誌』に発表した。論文は 2011 年に、ケネス・ジョンソンとロジャー・グッディによって英語に全訳されている。
メンテンはその後アメリカのシカゴ大学で博士号を取り、1918 年からピッツバーグ大学で病理学を教え、1950 年に退いた。アルカリホスファターゼという酵素を組織の中で色をつけて見る方法を考え、1944 年には電気泳動で血液のヘモグロビンを分けた。絵を描き、クラリネットを吹き、山に登り、北極の調査にも出かけたと、伝記的な記事に書かれている。1998 年にカナダ医学の殿堂に入った。
当時のカナダでは女性が研究に加われなかったので国を出た、という説明がよく添えられる。しかし、それをはっきり裏づける記録は見当たらない。
ミカエリスは 1922 年から 1926 年まで、名古屋の県立愛知医科大学(名古屋大学医学部の前身)で医化学の教授を務めた。日本の生化学の草創期の研究者たちは、式の作者の 1 人から直接学んでいる。
起源
1894 年、ドイツのエミール・フィッシャーは、酵素と、酵素が働きかける物質(基質)の関係を、鍵と鍵穴にたとえた。酵素は決まった形の基質とだけ組み合わさる。
1902 年、イギリスのエイドリアン・ブラウンは、インベルターゼの反応を調べ、ショ糖が多いと速さが濃さによらなくなることに気づいた。酵素と基質がいったん組になり、その組が決まった速さで壊れて生成物を出すなら、酵素がすべて組になったところで速さは頭打ちになる。同じころフランスのヴィクトル・アンリは、この考えから式の形を導いた。ただしアンリの実験は pH をそろえておらず、データが式とよく合わなかった。
ミカエリスとメンテンは、緩衝液で pH を保ち、始まった直後の速さを使うことで、式を確かめられるデータを初めてそろえた。2 人は、酵素と基質の組がすぐに平衡に達すると考えて式を導いた。式をアンリ・ミカエリス・メンテン式と呼ぼう、という提案もある。
1925 年、イギリスのジョージ・ブリッグズと J・B・S・ホールデンは、組の数が反応の間ほぼ一定に保たれる(定常状態)と考える、より広く使える導き方を示した。いまの教科書の導き方はこちらである。1934 年には、ハンス・ラインウィーバーとディーン・バークが、式の両辺の逆数をとって直線にする描き方を発表し、定数を測る標準の方法になった。
証明
ブリッグズとホールデンの導き方を示す。酵素 E と基質 S が組 ES になり、組は元に戻るか、生成物 P を出して酵素を空ける。
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反応の図式と速さの定数。
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組 ES の増え方は、できる速さから、戻る速さと進む速さを引いたもの。
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酵素の総量 は、空いている酵素と組になった酵素の和で、変わらない。
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反応が始まってすぐ、組の数はほぼ一定になる(定常状態)。2 を 0 とおき、3 を入れる。
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とおいて、 について解く。
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生成物ができる速さは 。 とおくと、ミカエリス・メンテン式になる。
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を入れると、速さは最大の半分になる。 は「半分の速さになる濃さ」である。
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両辺の逆数をとると、 と の直線になる(ラインウィーバー・バークの描き方)。傾きと切片から と が読める。
5 の は、働いている酵素の割合である。濃さが小さいうちは と濃さに比例し、大きくなると で一定になる。定常状態の仮定が成り立つのは、酵素が基質よりずっと少ないとき()である。1989 年にリー・シーゲルとマーシャル・スレモッドは、この条件を数学の摂動の理論で示した。
応用
頭打ちの数字。 mM、 の酵素なら、基質が 0.5 mM で 、2 mM で 50、20 mM で約 91 である。最大の 90 % を出すには が要る。濃さを 10 倍にしても、速さは 2 倍にもならない。
お酒が抜ける速さ。 肝臓でアルコールを分解する酵素の は、ミリモルの程度と小さい。血中のアルコールが 0.05 %(1 L に 0.5 g、約 11 mM)あるときでも、酵素はほぼ全部が働いていて、速さは に張りついている。このため、アルコールは 1 時間にほぼ決まった量ずつしか減らない。たくさん飲むと、抜けるまでの時間はほぼ飲んだ量に比例して延びる。抗てんかん薬のフェニトインも、量を少し増やしただけで血中の濃さが大きく上がることがあり、同じ式で説明される。
薬で酵素を邪魔する。 基質と同じ場所に入り込む物質(競合阻害剤)があると、見かけの が に大きくなり、同じ濃さでの速さが落ちる。コレステロールを下げるスタチンは、コレステロールを作る酵素をこの形で邪魔する。最初のスタチンは、三共の遠藤章が 1973 年に青かびから見つけた。
図示
シミュレーション
切れ込みのある丸が酵素、小さな点が基質である。空いている酵素は基質をすっと取り込み、塗りつぶされた姿でしばらく止まって反応し、中が抜けた丸の生成物を放す。つまみで基質の数を増やすと、空いている酵素が減り、測った速さ(右のグラフの大きな点)は曲線に沿って頭打ちになる。 のつまみは、酵素がどれだけ基質をつかまえやすいかを変える。
広がる学問
- 化学 触媒の表面で分子がつかまって反応する速さも、同じ形の式になる。表面に分子がつく量を表すラングミュアの吸着の式(1918 年)は、数式としては同じ形である。
- 生物学 細胞の中の代謝の道筋は、ミカエリス・メンテン式に従う酵素の反応の連なりとして計算される。細菌の増える速さと栄養の濃さの関係を表すモノーの式(1949 年)も同じ形をしている。
- 医学 薬の分解や、体からの消え方が濃さによって変わる薬の量の決め方に使う。阻害剤の強さを比べるのにも と が使われる。
- 工学 洗剤の酵素、果糖ぶどう糖液糖を作る酵素、血糖値を測るセンサーの酵素の電極は、この式で反応の速さを設計する。
- 数学 定常状態の仮定は、速い変化と遅い変化を分ける特異摂動の典型的な例として、応用数学の教科書で扱われる。
参考文献
- L. Michaelis, M. L. Menten, "Die Kinetik der Invertinwirkung", Biochemische Zeitschrift 49 (1913), 333-369.
- K. A. Johnson, R. S. Goody, "The Original Michaelis Constant: Translation of the 1913 Michaelis-Menten Paper", Biochemistry 50 (2011), 8264-8269.
- G. E. Briggs, J. B. S. Haldane, "A note on the kinetics of enzyme action", Biochemical Journal 19 (1925), 338-339.
- H. Lineweaver, D. Burk, "The Determination of Enzyme Dissociation Constants", Journal of the American Chemical Society 56 (1934), 658-666.
- L. A. Segel, M. Slemrod, "The quasi-steady-state assumption: a case study in perturbation", SIAM Review 31 (1989), 446-477.
- A. Endo, M. Kuroda, Y. Tsujita, "ML-236A, ML-236B, and ML-236C, new inhibitors of cholesterogenesis produced by Penicillium citrinum", The Journal of Antibiotics 29 (1976), 1346-1348.