4 度見つかった法則
984 年ごろ、バグダッドの宮廷にいた数学者イブン・サフルは『燃える鏡とレンズについて』を書いた。太陽の光を 1 点に集め、離れた所の物に火をつける道具の設計書である。
光をぴたりと 1 点に集めるには、レンズの面をどんな曲線にすればよいか。それを決めるには、光が境目でどれだけ曲がるかの正確な規則が要る。イブン・サフルは、光が水晶に入る所に 2 つの直角三角形を描き、その斜辺の長さの比が、入る角度によらず一定になるという形で規則を書いた。いまの言葉に直すと、屈折の正弦法則そのものである。そのうえで、光を収差なく 1 点に集めるレンズの曲面を求めた。
この本は忘れられた。写本はばらばらになり、2 つの図書館に分かれて残っていた。科学史家ロシュディ・ラーシェドがそれを組み合わせて読み解き、1990 年に、イブン・サフルが屈折の法則を知っていたことを発表した。
ヨーロッパでは、法則はさらに 3 度、別々に見つかった。イギリスのトマス・ハリオットは 1602 年ごろ自分のノートに書いたが、発表しなかった。オランダ・ライデン大学のヴィレブロルト・スネルは 1621 年に見つけたが、やはり発表しないまま 1626 年に亡くなった。法則を本として世に出したのは、フランスのルネ・デカルトで、1637 年の『屈折光学』である。『方法序説』と同じ本に収められていた。
1662 年、オランダのイサーク・フォシウスは、デカルトはスネルの原稿を見ていたと書いた。フェルマーやホイヘンスも同じ疑いを口にしている。ただし、それを示す証拠は見つかっておらず、いまはデカルトが自分で見つけたと考えられている。英語の世界では「スネルの法則」、フランスでは「デカルトの法則」や「スネル・デカルトの法則」と呼ばれる。
起源
光が水に入ると曲がることは、古代から知られていた。水に差した棒が折れて見えることや、器の底の硬貨が、水を注ぐと見えてくることである。
これを角度として測ったのは、2 世紀のアレクサンドリアのプトレマイオスである。『光学』第 5 巻で、目盛りを付けた円板を水に半分沈め、空気から水、空気からガラス、水からガラスへ入る光について、入射角 10° ごとの屈折角の表を残した。いまに残る最古の屈折の表である。ただし表の値は、隣り合う値の差が 0.5° ずつ小さくなる、きれいな並びに整えられている。測った値をそのまま書いたのではなく、測った値をもとに、規則に合うよう計算で整えたと考えられている。
11 世紀のイブン・アル=ハイサム(アルハゼン)は『光学の書』で屈折を詳しく調べたが、角度の間の正確な式には届かなかった。17 世紀のはじめ、ケプラーも正確な法則を探したが見つけられず、小さな角度では屈折の角が入射の角にほぼ比例するという近似で、1611 年の『屈折光学』のレンズの理論を組み立てた。
法則が「なぜ」成り立つかには、2 つの説明が出た。1662 年、フェルマーは、光は 2 点の間を、かかる時間がいちばん短い道を通るという原理から法則を導いた。この導き方では、光は水やガラスの中で空気より遅くなければならない。デカルトの説明はその逆を仮定していた。1678 年にはホイヘンスが、光を波と考え、波面の各点から小さな波が広がるという考えで同じ法則を導いた(『光についての論考』、1690 年刊)。
どちらが正しいかは、1850 年、フランスのフーコーが、光が水の中では空気中より遅いことを測って決着した。
証明
フェルマーの原理で導く。屈折率 の物質の中の光の速さは である。点 は境目から高さ の所(物質 1)、点 は境目から深さ の所(物質 2)にあり、境目に沿った 2 点の距離を とする。光が境目の点 を通り、 は の真下から横に の所にあるとする。
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から までと、 から までの道のりは
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かかる時間の合計は
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時間がいちばん短い所では、 で微分して 0 になる。
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法線(境目に垂直な線)からはかった入射角を 、屈折角を とすると、図から
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4 を 3 に入れると
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を入れて で割ると
の 2 回微分は常に正なので、この点は確かに最小である。
光が屈折率の大きい物質から小さい物質へ出るとき()、 が 1 を超える入射角では、屈折する光が無くなる。光はすべて反射する(全反射)。その境目の角度、臨界角は で決まる。
応用
プールが浅く見える。 真上近くから見ると、水の底は本当の深さの の所に見える。水の屈折率は約 1.33 なので、深さ 2 m のプールは m に見える。斜めから見るほど、さらに浅く見える。
光ファイバー。 光ファイバーは、屈折率の少し高い芯を、屈折率の少し低い層で包んだ細いガラスである。芯の屈折率を 1.48、外側を 1.46 とすると、臨界角は になる。芯の軸に対して約 9° 以内の角度で進む光は、境目で全反射を繰り返し、外へ漏れずに何十 km も進む。インターネットの通信の大部分は、この全反射で運ばれている。
ダイヤモンドの輝き。 ダイヤモンドの屈折率は約 2.42 で、臨界角は と小さい(水は約 48.8°、ふつうのガラスは約 41.8°)。中に入った光の多くは全反射で閉じ込められ、上の面から出てくる。宝石のカットの角度は、これを計算して決める。
虹の角度。 デカルトは 1637 年の『気象学』で、この法則を使って、雨粒の中で 1 回反射して出てくる光が、太陽と反対の方向から約 42° の所に集まることを計算した。虹がいつも同じ大きさの円弧に見える理由である。
眼鏡とカメラ。 レンズの面の各点で光を何度曲げるかを、この式で 1 本ずつ追いかけて(光線追跡)、像がぼけないレンズの形を決める。
図示
シミュレーション
光源をドラッグすると入射角 が変わり、屈折した光と反射した光が動く。波面の間隔は屈折率の大きい物質の中で狭くなり、これが光の曲がる理由になっている。 にして角度を大きくすると、全反射に変わる。「いちばん早い道」では、いくつかの道を同時に走る点のうち、スネルの法則の道を走る点が最初に着く。
広がる学問
- 物理学 「光はかかる時間が最短の道を通る」というフェルマーの原理は、のちの最小作用の原理につながり、力学や量子力学を同じ形で書く考え方の出発点になった。
- 工学 カメラや顕微鏡のレンズの設計、光ファイバーによる通信、自動車の運転支援に使うレーザー測距は、どれもこの式の計算の上にある。
- 医学 眼鏡やコンタクトレンズの度数は、角膜と水晶体での屈折を補う量として計算する。内視鏡は、光ファイバーの束で体の中の像を外へ運ぶ。
- 地球科学 地震の波も、岩石の硬さが変わる境目で屈折する。地震波の届き方の分析から、1914 年にグーテンベルクが地球の核の深さを、1936 年にレーマンが内核の存在を示した。
- 天文学 大気は上ほど薄く、屈折率がわずかに小さい。そのため星の光は大気の中で曲がり、地平線の近くでは約 0.5° 高く見える。太陽の直径とほぼ同じなので、太陽が地平線に接して見えるとき、実際にはもう地平線の下にある。
参考文献
- Roshdi Rashed, "A Pioneer in Anaclastics: Ibn Sahl on Burning Mirrors and Lenses", Isis 81 (1990), 464-491.
- A. Mark Smith, Ptolemy's Theory of Visual Perception: An English Translation of the Optics (American Philosophical Society, 1996).
- René Descartes, La Dioptrique (Leiden, 1637).
- Christiaan Huygens, Traité de la lumière (Leiden, 1690).
- Isaac Vossius, De lucis natura et proprietate (Amsterdam, 1662).
- A. I. Sabra, Theories of Light from Descartes to Newton (Cambridge University Press, 1981).