トーマス・ハリオットの肖像(画像生成 AI で描いたイメージ)
画像生成 AI で描いたイメージ(顔は伝わっていないため想像で描いた)

トーマス・ハリオット

Thomas Harriot

ローリーに仕えた数学者で、積んだ砲弾の数の表を作った

生没年
1560 頃–1621
地域
イングランド

生涯

1560 年ごろ、イングランドのオックスフォードで生まれた。1577 年 12 月にオックスフォード大学のセント・メアリー・ホールに入り、1580 年に卒業した。1583 年の終わりごろからウォルター・ローリー卿に仕え、ロンドンのローリーの屋敷ダラム・ハウスで、船乗りたちに航海の数学を教えた。1585 年 4 月にはプリマスから船出してヴァージニアへ渡り、1586 年 7 月に帰国した。

1590 年代の初め、ローリーに大砲の扱いに数学を使うよう求められた。1591 年 12 月 12 日の日付のある手稿には、三角形・正方形・長方形を底にして積んだ砲弾の数を読む表がある。1593 年からはノーサンバランド伯ヘンリー・パーシーの庇護を受け、ロンドン郊外のサイオンの家で光の屈折などを調べた。1609 年 7 月からは望遠鏡で月を観測している。ケプラーと手紙で原子論を論じたとき、球の詰め方の問題にも触れた。1621 年 7 月、ロンドンで没した。

オックスフォードのトリニティ・カレッジにある 1602 年の肖像は、1941 年にハリオットとされたが、のちの調べで描かれた人の年齢が合わず、別人とみられている。

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