生涯
1560 年ごろ、イングランドのオックスフォードで生まれた。1577 年 12 月にオックスフォード大学のセント・メアリー・ホールに入り、1580 年に卒業した。1583 年の終わりごろからウォルター・ローリー卿に仕え、ロンドンのローリーの屋敷ダラム・ハウスで、船乗りたちに航海の数学を教えた。1585 年 4 月にはプリマスから船出してヴァージニアへ渡り、1586 年 7 月に帰国した。
1590 年代の初め、ローリーに大砲の扱いに数学を使うよう求められた。1591 年 12 月 12 日の日付のある手稿には、三角形・正方形・長方形を底にして積んだ砲弾の数を読む表がある。1593 年からはノーサンバランド伯ヘンリー・パーシーの庇護を受け、ロンドン郊外のサイオンの家で光の屈折などを調べた。1609 年 7 月からは望遠鏡で月を観測している。ケプラーと手紙で原子論を論じたとき、球の詰め方の問題にも触れた。1621 年 7 月、ロンドンで没した。
オックスフォードのトリニティ・カレッジにある 1602 年の肖像は、1941 年にハリオットとされたが、のちの調べで描かれた人の年齢が合わず、別人とみられている。
関わった公式2
出典
- MacTutor History of Mathematics: Thomas Harriot
- High Altitude Observatory (NCAR): Thomas Harriot (1560-1621)
- Art UK, Art Detective: Who really is this man? (Portrait of an Unknown Man, Aged 32, allegedly but not Thomas Harriot, Trinity College, Oxford)
- T. C. Hales, "An overview of the Kepler conjecture", arXiv:math/9811071
