11 月の 4 回の木曜日
1915 年 11 月 4 日、木曜日。ベルリンのプロイセン科学アカデミーで、36 歳のアルベルト・アインシュタインが「一般相対性理論について」を報告した。重力を時空のゆがみとして書く式を、8 年探してきた。
その夏、アインシュタインは数学者のダフィット・ヒルベルトに招かれ、ゲッティンゲン大学で 2 時間の講義を 6 回した。秋に自分の式の誤りに気づき、11 月の報告で組み立て直しを始めた。ヒルベルトも同じ問題を解こうとしていた。13 日、ヒルベルトは手紙で、16 日の火曜日にゲッティンゲンの数学会で自分の解を話すので来てほしいと誘った。アインシュタインは、とても疲れていて胃も痛むので、校正刷りを送ってほしいと断った。
11 日の木曜日には補足を出した。物質がすべて電磁気でできていると仮定すれば、式をどんな座標でも成り立つ形にできる。18 日の木曜日には、水星の近日点が 1 世紀に 43 秒ずつ進むことを理論から計算し、天文学者が説明できずにいた 45 ± 5 秒のずれと「完全に一致する」と書いた。のちにアドリアーン・フォッカーには、この結果で動悸がしたと語っている。18 日の論文で、太陽をかすめる光の曲がりも 2 倍の 1.7 秒に直した。
同じ 18 日、アインシュタインはヒルベルトに、届いた理論の要点は、自分がこの数週間で見つけてアカデミーに出したものと、見る限りぴったり同じだと書き送った。翌日、ヒルベルトは近日点の計算を祝う返事を書いた。「あなたのように速く計算できたら、電子は私の方程式に降参し、水素原子は光を出さないことの言い訳に、家から一筆もらってこなければならない」。
20 日の土曜日、ヒルベルトはゲッティンゲンの科学協会に論文「物理学の基礎」を出した。重力と電磁気を、1 つの「作用」の式から導く理論である。25 日、アインシュタインは 4 回目の報告「重力の場の方程式」をした。11 日の仮定は、もういらなかった。右辺に項を 1 つ足すと、物質がどんなものでも成り立つ式になった(証明の手順 3)。
翌日、友人ハインリヒ・ツァンガーに宛てた手紙には、本当に分かった同僚は 1 人だけで、その人はこれを巧みに「自分たちのものに」しようとしている、とある。名前は無いが、伝記作家のアルブレヒト・フェルジングらはヒルベルトのことと読んでいる。12 月 20 日、アインシュタインはヒルベルトに和解の手紙を送った。「私たちの間には、ある気まずさがあった。…いまは曇りのない好意で、あなたのことを思っている」。1916 年 3 月 31 日に出たヒルベルトの論文には、アインシュタインの 25 日の論文への言及が加わり、得られた式は「アインシュタインがのちの論文で打ち立てた壮大な一般相対性理論と、私の見るところ一致する」と書かれた。
誰が先に式に着いたのかは、のちに長く論じられた。1997 年、科学史家のレオ・コーリー、ユルゲン・レン、ジョン・スタチェルは、ゲッティンゲンに残るヒルベルトの校正刷り(印刷所の日付印は 1915 年 12 月 6 日)を調べた。そこでは理論がどんな座標でも成り立つ形になっておらず、重力場の方程式もはっきりとは書かれていない、と『サイエンス』に報告した。ただ、校正刷りの 1 枚は上の 10 行ほどが切り取られていて、そこに何があったのかをめぐる議論はいまも続いている。
落ちる人は重さを感じない
1907 年、スイスのベルンの特許局で技術審査官をしていたアインシュタインは、マクスウェル方程式から生まれた特殊相対性理論の解説を書きながら、重力に手をつけた。
そのときの思いつきを、1922 年 12 月 14 日、京都帝国大学で語っている。来日中のアインシュタインが、哲学者の西田幾多郎に頼まれ、原稿なしで話した講演「いかにして私は相対性理論をつくったか」である。通訳をした物理学者の石原純の記録によれば、特許局のいすに座っていたとき、ふと、自由に落ちている人は自分の重さを感じないはずだと気づいた。重力と、加速する乗り物の中で感じる力は、区別がつかない。これを等価原理という。アインシュタインはのちに、これを「生涯でいちばん幸せな考え」と呼んだ。1911 年には、この考えから、太陽の縁をかすめる光は 0.83 秒曲がると計算している。正しい値のおよそ半分である。
1912 年、チューリッヒで、学生時代からの友人の数学者マルセル・グロスマンが、リッチとリーマンの仕事を教えた。曲がった空間の距離の測り方(計量)と曲がり方(曲率)を、座標の取り方によらずに扱う数学である。2 人は 1913 年に理論の「草案」を出した。そのころのノートには、のちに正しいと分かる形の式も書かれていたが、ニュートンの重力と合わないように見えて手放した。草案の理論では、水星の近日点のずれは 1 世紀に 18 秒ほどしか出なかった。京都の講演の記録では、2 年の苦闘のあとで計算の誤りに気づき、もとの考えに戻ると、2 週間で正しい式が目の前に現れたという。
1917 年 2 月、アインシュタインは、宇宙全体が膨らみも縮みもしないように、式に宇宙項を加えた。いまの書き方では次の形になる。
1931 年、膨張する宇宙の観測を受けて、アインシュタインは宇宙項を取り下げた(ハッブル・ルメートルの法則)。これを「生涯最大の失敗」と言ったという話は、ジョージ・ガモフの回想が主な出どころで、本人が書いたものには見つかっていない。1998 年に宇宙の膨張が速くなっていることが分かり、 は、膨張を速める正体のいちばん簡単な候補として呼び戻された。
ニュートンの重力に戻る
式の左辺は時空の曲がり方を、右辺は物質のエネルギーと運動量を表す。 は時空の距離の測り方を決める計量、 と は計量を 2 回微分して作る曲率(リッチ・テンソルとスカラー曲率)、 はエネルギー・運動量テンソルで、右辺には質量とエネルギーの等価性によって物の質量も入る。添え字は時間の 0 と空間の 1, 2, 3 を走り、式は 10 本の連立の偏微分方程式になる。
重力が弱く、物がゆっくり動くとき、この式がニュートンの重力に戻ることを確かめ、係数を決める。係数を と置き、計量の符号は とする。
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出発点の式。
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両辺に を掛けて足し合わせる。4 次元では なので、 と書いて
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これを 1 に戻すと、1915 年 11 月 25 日の論文と同じ形になる(アインシュタインの符号の付け方はいまと違う)。
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ゆっくり動く物質では、圧力は よりずっと小さく、エネルギーの密度の成分だけが残る。 なので
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3 の時間と時間の成分に入れる()。
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弱く、時間で変わらない重力では、計量は平らな時空からわずかにずれるだけである。時間の成分のずれを関数 で書く。
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計量の微分から作るクリストッフェル記号のうち、ここで効くのは次の成分である。空間の成分のずれは、この近似では効かない。
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自由に落ちる物は、時空の中でいちばんまっすぐな線(測地線)をたどる。その方程式は になるので これはニュートンの運動方程式で、 は 1 kg あたりの重力の位置エネルギーにあたる。
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同じ近似で、リッチ・テンソルの時間と時間の成分は、 を空間で微分して足したものになる。
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5 と 9 を等しいと置く。
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ニュートンの重力では、万有引力の法則にガウスの法則を使うと になる。比べると
は s²/(kg·m) と、とても小さい。時空はゆがみにくく、地球の表面でも は にすぎない。
左辺に が要るのは、エネルギーと運動量の保存のためである。 は発散が 0 なので、左辺も発散が 0 でなければならない。 だけではそうならないが、この組み合わせは、曲率がいつも満たすビアンキの恒等式によって発散が 0 になる。1971 年と 1972 年、デイヴィッド・ラヴロックは、4 次元でそうなるテンソルは、計量とその 2 回までの微分から作るものなら、この左辺と の定数倍の和に限ることを示した。宇宙項が入る余地は、ここにある。
水星の次に試されたのは、光の曲がりである。1919 年 5 月 29 日の皆既日食に、イギリスはブラジルのソブラルと、アフリカの西の沖のプリンシペ島へ観測隊を送った。11 月 6 日、王立協会と王立天文学会の合同の会合で、太陽の縁に直した値として、ソブラルの口径 4 インチの望遠鏡から 1.98 秒、アーサー・エディントンのいたプリンシペから 1.61 秒が報告された。ニュートン力学の 0.87 秒より、一般相対性理論の 1.75 秒に近い。ソブラルの大きな望遠鏡は 0.93 秒を出したが、像がぼやけたとして使われず、この判断はのちに疑われた。王立グリニッジ天文台がソブラルの写真を測り直した 1979 年の報告では、4 インチで 1.90 秒、大きな望遠鏡で 1.55 秒になった。2003 年には、探査機カッシーニとの電波のやりとりから、光の進み方を表す係数が、予言と 10 万分の数の範囲で一致した。
応用
GPS の時計。 GPS の衛星は、地球の中心から 26,562 km の軌道を、秒速約 3.87 km で回っている。弱い重力の中を動く時計は、計量の時間の成分から の割合で進む。地表と衛星の重力の差による分は
で、1 日(86,400 秒)に 45.7 マイクロ秒速く進む。動く速さによる分は で、7.2 マイクロ秒遅れる。差し引きで、衛星の時計は 1 日に約 38 マイクロ秒速い。光はこの間に約 11 km 進むので、放っておけば、電波の届く時間から測る距離が狂う。初期の衛星では、打ち上げる前に時計の進みを だけ遅く合わせた。地球の自転や形の効果も含めた値で、1 日に 38.6 マイクロ秒にあたる。基準の 10.23 MHz は 10.22999999543 MHz になる。
水星の 43 秒。 一般相対性理論では、楕円の軌道の近日点は 1 周ごとに
だけ進む。水星は軌道の長半径 m、離心率 で、1 周あたり rad になる。1 世紀(36,525 日)に、87.97 日の公転を 415.2 回くり返すので、合わせて rad、つまり 43.0 秒である。太陽と水星だけなら、ニュートンの重力の楕円は向きを変えずに閉じる。
重力波。 2015 年 9 月 14 日 9 時 50 分 45 秒(協定世界時)、アメリカの 2 か所にある LIGO の検出器が、重力波をとらえた。太陽の 36 倍と 29 倍の質量のブラックホールが合体して 62 倍になり、太陽 3 個分の質量にあたるエネルギー、約 J が重力波として出ていった。距離は約 4 億 1000 万パーセク(約 13 億光年)。届いた波が空間を伸び縮みさせた割合は最大で で、長さ 4 km の腕なら m、陽子の直径の数百分の 1 である。アインシュタインは 1916 年に、この式から重力波を予言していた。
図示
シミュレーション
「光の通り道」では、光が星の中心から通る距離 をドラッグかつまみで、星の質量 をつまみで変える。曲がる角度 は質量に比例し、距離に反比例する。破線は、ニュートン力学で光を重さのある粒と考えたときの通り道で、いつもちょうど半分しか曲がらない。「日食の星の写真」では太陽に近い星ほど大きく外へずれ、「距離と曲がる角度」には 1919 年のソブラルとプリンシペの値を置いた。
広がる学問
- 物理学 1915 年の暮れ、ロシアの前線にいたカール・シュヴァルツシルトは、点の質量のまわりの厳密な解を見つけてアインシュタインに送った。この解には、光さえ出てこられない半径(太陽の質量なら約 3 km)があり、のちにブラックホールと呼ばれた。
- 天文学 銀河や銀河団の重力は、後ろの天体の光を曲げて像を増やしたりゆがめたりする(重力レンズ)。曲がり方から、見えない物質(ダークマター)の分布の地図が作られている。宇宙の膨張を表すフリードマン方程式もこの式から出る。重力で光の波長が伸びる赤方偏移は、ドップラー効果とは別の仕組みで起こる。
- 数学 計量と曲率を扱うリーマン幾何学が、物理の言葉になった。式は非線形の偏微分方程式で、1952 年にイヴォンヌ・ショケ=ブリュアは、初期条件を与えれば解がしばらくの間ただ 1 つに決まることを証明した。
- 工学 GPS などの衛星測位は、相対性理論による時計の補正を組み込んで動いている。
- 地球科学 低い場所ほど時計は遅れる。2020 年、香取秀俊らは、持ち運べる光格子時計を東京スカイツリーの地上と高さ約 450 m の展望台に置いて進み方を比べ、予言と合うことを確かめた。計算では、上の時計が 1 日に約 4.2 ナノ秒速い。
参考文献
- A. Einstein, Sitzungsberichte der Königlich Preußischen Akademie der Wissenschaften (1915), 778-786, 799-801, 831-839, "Die Feldgleichungen der Gravitation" 844-847; (1917), 142-152.(英訳と注釈: M. Janssen, J. Renn, arXiv:2111.11238)
- D. Hilbert, "Die Grundlagen der Physik. (Erste Mitteilung.)", Nachrichten von der Gesellschaft der Wissenschaften zu Göttingen, Math.-phys. Klasse (1915), 395-407.
- L. Corry, J. Renn, J. Stachel, "Belated Decision in the Hilbert-Einstein Priority Dispute", Science 278 (1997), 1270-1273; T. Sauer, Archive for History of Exact Sciences 53 (1999), 529-575.
- The Collected Papers of Albert Einstein, Vol. 8 (Princeton University Press, 1998), Docs. 140, 144, 148, 149, 152, 167.
- F. W. Dyson, A. S. Eddington, C. Davidson, "A Determination of the Deflection of Light by the Sun's Gravitational Field, from Observations Made at the Total Eclipse of May 29, 1919", Philosophical Transactions of the Royal Society A 220 (1920), 291-333; D. Kennefick, arXiv:0709.0685.
- B. P. Abbott et al., "Observation of Gravitational Waves from a Binary Black Hole Merger", Physical Review Letters 116 (2016), 061102.
- N. Ashby, "Relativity in the Global Positioning System", Living Reviews in Relativity 6 (2003), 1; A. Einstein, "How I created the theory of relativity", Physics Today 35 (8) (1982), 45-47(京都の講演の英訳).