ドレイク方程式は美しいか
ドレイク方程式は、美しい式なのだろうか。2002年5月、ケンブリッジ大学のオンライン数学誌『Plus』の書評は、ある本に入ったこの式について、どれほど想像を広げても美しいと言えるのか、と問い返した。どの式を美しいと呼ぶかは、選ぶ人の物差しで変わる。
本の題は『It Must Be Beautiful』(美しくなければならない)。編んだのはグラハム・ファーメロで、当時はロンドンの科学博物館で科学コミュニケーションの責任者を務めていた。副題は「現代科学の偉大な方程式」で、20世紀の科学の式を、章ごとに別の書き手が論じている。一般相対性理論やディラック方程式の章と並んで、銀河系で交信できる文明がいくつあるかを見積もるドレイク方程式にも、1章が割かれていた。CERNの雑誌『CERN Courier』の書評も、この章が目次にあることを「意外にも」と書いた。
「美しい式」を選んだ記録は、ほかにもある。数学誌の読者が定理に点を付けた採点と、物理学誌の読者が「史上最も偉大な方程式」を挙げた投票だ。筆者は3つの選び方を並べ、選んだ人がどんな理由を口にしたのかを、原典と書評、版元の紹介でたどった。
先に見通しを言えば、数学者ハーディが手がかりに挙げたのは証明の意外さと無駄のなさで、ファーメロの本では、式の短さと、意味の理解が変わっても残る式の強さが語られていた。
数学誌の読者が点を付けた定理
数学者の側では、数学誌『マセマティカル・インテリジェンサー』の読者による採点がよく引かれる。デヴィッド・ウェルズが1988年の10巻4号で24の定理を挙げて美しさの点を募り、1990年の12巻3号で結果を報告した。1位のオイラーの等式と、2014年に数学者の脳活動を測った実験のことは、オイラーの等式の起源の章にある。
では、2位から下には何が並んだのか。トリエステ大学の講義資料は、ウェルズが1997年に出した本の126〜127頁から、上位10を次のように引いている。
| 順位 | 定理 | この事典の記事 |
|---|---|---|
| 1 | オイラーの等式 | |
| 2 | 多面体の頂点、面、辺の数の関係 | オイラーの多面体定理 |
| 3 | 素数は無限にある(エウクレイデスの証明) | 素数が無限にあること |
| 4 | 正多面体は5種類しかない | |
| 5 | バーゼル問題 | |
| 6 | 閉じた単位円板をそれ自身に移す連続写像は、不動点をもつ | |
| 7 | は無理数である | |
| 8 | は超越数である | |
| 9 | 平面の地図は4色で塗り分けられる | |
| 10 | の形の素数は、2つの平方数の和にただ1通りで書ける |
表でまず目を引くのは、オイラーの多さだ。1位と2位はオイラーの名で呼ばれ、5位はオイラーが1735年に答えを出したバーゼル問題である。上位5つのうち3つが、18世紀の同じ数学者につながっている。
意外なのは、3位と7位の組み合わせである。素数の無限との無理数は、イギリスの数学者G・H・ハーディが1940年の『ある数学者の弁明』で、だれもが一流と認める「本物の」定理の見本に選んだ2つと同じだ(いきさつは素数が無限にあることの逸話の章)。50年近くあとの読者の採点でも、2つはそろって上位10に入った。10位の定理も、『弁明』に顔を出す。ハーディは第12節で、フェルマーの「2つの平方」の定理を、数論で最も美しい定理の例に挙げながら、予備知識のない読者には証明まで追えないとして、見本から外していた。
もう1つ、表の言い回しにも特徴がある。4位は「5種類しかない」、10位は「ただ1通り」と、ほかの可能性を締め出す形で言い切る。7位の無理数と8位の超越数も、分数で書けない、整数係数の代数方程式の解にならない、という否定で決まる性質だ。
物理学誌に届いた答え
では、物理学誌の読者は何を選んだのか。哲学者で科学史家のロバート・P・クリースは、英国の物理学誌『フィジックス・ワールド』でコラムを書いてきた。2004年には、「史上最も偉大な方程式」という題のコラムが5月号と10月号に載った。
クリースはのちに、10の式の物語を『A Brief Guide to the Great Equations』という本にした。英国の版元の紹介文によれば、10の式は『フィジックス・ワールド』の読者が投票で選んだ式で、なかでも最も好まれたのはオイラーの等式だった。回答者は、この等式を「これまでに書かれた最も深い数学の言明」「不思議で崇高」「宇宙の美しさに満ちている」と評したという。
コラムと本の題にあるのは、「美しい」ではなく「偉大な」である。それでも、紹介文が引く読者の言葉には、美しさが顔を出す。得票の数と、10の式の顔ぶれと順位は、紹介文には書かれていない。
物理学者が数式に向けた言葉は、ほかにも残っている。ファインマンは1960年代の講義で、オイラーの公式を「我々の宝石」と呼んだ。ボルツマンは1893年に出した『マクスウェルの電気と光の理論についての講義』第2部の序文の冒頭に、ゲーテの『ファウスト』の一節、「この記号を書いたのは神だったのか」を題辞として掲げた(マクスウェル方程式の逸話の章)。
20世紀の式を集めた本
ファーメロの本は、投票で式を決めたのではなく、編者が式を選んで編んだ本である。『CERN Courier』の書評によると、12人の科学者、科学史家、科学ライターが、20世紀の科学の「美しい」方程式を論じている。
『Plus』の評者は、この本を、方程式を科学の詩とみるたとえの上に組まれた本だと読んだ。書評によれば、ファーメロは、偉大な方程式と偉大な詩はいくつもの点で似ているとした。書評が挙げるのは次の4つである。どちらも、何かを足したり、変えたり、取り去ったりすると損なわれる。備えのある想像力を強く刺激する。力の多くを短さから得ている。そして作り手が、美の感覚に導かれたと語っている。題の「美しくなければならない」は、アインシュタインとディラックの言葉とされる。
もっとも評者自身は、読み物としては面白いが、このたとえにはあまり納得できなかったと書き、詩の話は忘れて読むほうがよい、と書評を結んでいる。
章と式は次のとおりで、最後にワインバーグのあとがき「偉大な方程式はどう生き延びるか」が付く。
| 書き手 | 章の式 | この事典の記事 |
|---|---|---|
| ファーメロ | 量子1個のエネルギーを表すプランク=アインシュタインの式 | プランクの関係式 |
| ギャリソン | 質量とエネルギーの等価性 | |
| ミラー | シュレーディンガーの波動方程式 | シュレーディンガー方程式 |
| ペンローズ | 一般相対性理論のアインシュタイン方程式 | アインシュタイン方程式 |
| ウィルチェック | ディラック方程式 | ディラック方程式 |
| サットン | ヤン=ミルズ方程式 | |
| メイナード・スミス | 進化の数学 | |
| メイ | ロジスティック写像 | ロジスティック写像 |
| アーウィン | モリーナとローランドが示したフロンの化学反応式 | |
| モートン | ドレイク方程式 | ドレイク方程式 |
| アレクサンダー | シャノンの情報の式 | シャノンの情報エントロピー |
物理の章は、量子と相対論の式が中心である。ただ、書き手の見方は1つにそろっていない。
『CERN Courier』の評者によると、ウィルチェックとワインバーグは、ディラックの時代から式が何を表すかの理解は大きく変わったのに、式そのものは生き延びたことに目を向けている。ミラーはシュレーディンガー方程式の章で、ハイゼンベルクとシュレーディンガーの論争は「根本では美的な選択の問題だった」と書き、物理学者が行列力学よりシュレーディンガーの形を使うのも美的な理由からだとした。評者はこれに異を唱える。シュレーディンガーの形は、行列力学より使いやすく、頭に描きやすいから好まれるのだろう、という。
ディラック自身は1963年に、方程式が実験に合うことより、美しいことのほうが大切だと書いた(ディラック方程式の逸話の章)。美しさに導かれたと語る作り手と、使いやすさで選ばれたとみる読み手。同じ式をめぐって、2つの見方が並んでいる。
書評が首をかしげた章
残る5章は、生命と環境と情報の式である。ここで、2つの書評の受け止め方が分かれる。
『Plus』の評者は、本に入れるには疑わしい式が2つあり、顔ぶれに変化をつけるために選ばれたのだろうと書いた。物差しを厳しく守れば、本はほとんど物理だけになり、退屈になっただろう、とも言う。評者が名指ししたのは、この特集の冒頭で触れたドレイク方程式と、フロンがオゾン層を壊す化学反応式の章だ。評者は、化学の「式」は本当の方程式ではないとして、この章はおそらく別の場所がふさわしい、と書いた。
一方で、同じ評者はシャノンの式の章を「特によい」と褒めた。情報の革命で式が果たした役割を論じ、式が本当に主役になっている、という。『CERN Courier』の評者も、アレクサンダーのシャノンの章を読みがいがあると評した。メイの章については、見かけは単純なロジスティック方程式が、カオス的な解をもつことを紹介していると書いている。
ドレイク方程式について、『CERN Courier』の評者は項の中身にも触れた。式の値は、星が生まれる速さや、知的生命が生まれる見込みで決まる。そして、技術文明がふつう続く年数は何より知りようがない、と評者は書いている。ただ、この評者は章を退けてはいない。意外な1章が入っていることが本全体をよく表している、と受け止め、読者は楽しみながら、しばしば驚きとともに学べるだろう、と書評を結んだ。
続く年数Lを100年に縮める
最初の値は、星が生まれる数が年2個、惑星を持つ割合が1、住める惑星の数が0.4、生命の誕生から交信までを表す3つの割合を掛けたが、文明が続く年数が1万年で、は80になる。銀河系の円盤に均等に散らばれば、となりの文明まで約9,900光年ある。評者が「何より知りようがない」と書いたを100年に縮めると、は0.8まで下がり、画面に現れる文明は平均で1つに満たなくなる。のつまみの幅は10倍だが、は100万倍、は10万倍の幅で動く。
チェスの問題と、詩の1行
美しさの手がかりを、数学者と物理の側は、それぞれ言葉にしている。並べると、重なるところと分かれるところが見えてくる。
ハーディは『ある数学者の弁明』の第18節で、素数が無限にあることと、が無理数であることの証明について、こう書いた。「どちらの定理にも(定理には、もちろん証明を含めている)、非常に高い意外さが、避けがたさと無駄のなさと結びついている」。証明は、天の川に散らばる星の群れではなく、単純でくっきりした星座に似ているべきだ、とも言う。
美しいだけでは足りない、ともハーディは考えた。第11節によれば、チェスの問題は、手がどれほど巧みで意外でも、何か大事なものが欠けている。科学の考え方の大きな流れを変えたチェスの問題は、1つもない。定理の重みは、それが結びつける考えが、ほかの多くの考えと自然に、見通しよくつながるかどうかで決まる、とハーディは書いた。
ファーメロの詩のたとえも、短さを挙げる点ではハーディの「無駄のなさ」と重なる。分かれるのは、何を見るかだ。ハーディは証明まで含めて定理を見た。ウェルズの表の3位にも、「エウクレイデスの証明」と証明の名まで添えてある。一方、ファーメロの本では章が式の名前で並び、ウィルチェックとワインバーグは、意味の理解が変わったあとも形が残ったディラック方程式を論じた。
ここからは筆者の見立てである。物理の式の美しさは、証明の中ではなく、自然と付き合ってきた年月の中で語られている。ドレイク方程式には証明がなく、いくつかの項は今も測れない。それでも、銀河の文明という大きな問いを7つの数の掛け算1行に縮めた点では、詩のたとえの「短さ」に当てはまる。『Plus』の評者が首をかしげた式を編者が本に入れた理由は、このあたりにあるのかもしれない。
採点する側に回る
ウェルズの採点にならって自分でも点を付けてみると、自分がどの物差しで見ているかが分かる。
- 表に並んだ10の定理のうち、この事典に記事がある4つ、オイラーの等式とオイラーの多面体定理、素数が無限にあること、バーゼル問題の証明の章を読む
- ハーディの3つの言葉、意外さと避けがたさと無駄のなさを1つずつ当てて、点を付ける
- 物理の式は、ディラック方程式の起源と応用の章を読み、1928年に式が出たときの理解と今の理解で、何が変わり何が残ったかを書き出す
- ドレイク方程式は、上の画面のとのつまみを動かし、1行の掛け算に何が詰まっているかを見る
人によって点が割れたら、物差しが違っている。2002年の書評がドレイク方程式に首をかしげたのも、評者が編者と違う物差しを当てたからだろう。
言葉の残る公式
下のマスには、この事典で「名言」のタグを付けた公式が、年の順にすべて並ぶ。式や、その作り手にまつわる言葉が、それぞれの記事に残っている。2026年10月29日の時点で16本ある。
参考文献
- D. Wells, "Which is the most beautiful?", The Mathematical Intelligencer 10(4) (1988), 30-31; D. Wells, "Are these the most beautiful?", The Mathematical Intelligencer 12(3) (1990), 37-41.(書誌はCrossrefで確認)
- D. Wells, The Penguin Book of Curious and Interesting Mathematics (London: Penguin Books, 1997), 126-127.(上位10の順位は、この本を引くトリエステ大学の講義資料「The top 10 most beautiful theorems」で確認)
- G. H. Hardy, A Mathematician's Apology (1940), §11, §12, §18.(University of Alberta Mathematical Sciences Societyによる電子版、2005年)
- R. P. Crease, "The greatest equations ever", Physics World 17(5) (2004), 19; 17(10) (2004), 14-15.(書誌はCrossrefで確認)
- Hachette UK, "A Brief Guide to the Great Equations" by Robert Crease(Robinson、電子書籍版の紹介文。2026年10月29日参照)
- W. W. Norton UK, "The Great Equations" by Robert P. Crease(著者を「Philosopher and science historian」と紹介。2026年10月29日参照)
- G. Farmelo (ed.), It Must Be Beautiful: Great Equations of Modern Science (London: Granta Books, 2002).(章の題と書き手はヨーク大学のサイトにある書評の頁で確認)
- "'It must be beautiful'", Plus Magazine (Millennium Mathematics Project, University of Cambridge), 2002年5月.
- J. March-Russell, "It Must be Beautiful: Great Equations of Modern Science", CERN Courier, 2002年2月25日.