ヒエロン2世の肖像(画像生成 AI で描いたイメージ)
画像生成 AI で描いたイメージ

ヒエロン2世

Hieron II of Syracuse

アルキメデスの親族で友。シラクサを 54 年治めた王

生没年
前 306 頃–前 215
地域
シラクサ(シチリア島)

生涯

紀元前 306 年ごろに生まれた。ポリュビオス『歴史』第 1 巻によれば、シラクサの軍の兵士たちに指揮官に選ばれ、市民も彼を将軍として受け入れた。有力な市民レプティネスの娘と結婚し、メッサナに拠った傭兵の一団マメルティニを打ち破って、同盟の人々から王と呼ばれた。

紀元前 264 年に第 1 次ポエニ戦争が始まると、はじめカルタゴと組んでローマと戦ったが、翌年ローマと講和した。捕虜を身代金なしで返し、金を払うという条件だった。その後はローマの同盟者であり続けた。ポリュビオスは、ヒエロンが王の位を得るのに市民を 1 人も殺さず、追放もせず、54 年にわたって国を治め、90 歳を超えるまで健やかに生きたと書いている。

プルタルコスは、アルキメデスをヒエロンの親族で友人と書き、王がアルキメデスに頼んで守りの機械を作らせた話を伝える。冠の真偽を確かめる話は、ウィトルウィウスが伝えている。紀元前 215 年に没し、まだ少年だった孫のヒエロニュモスが王位を継いだ。シラクサの青銅貨には、髪帯(ディアデマ)を巻いたヒエロンの横顔が刻まれている。

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