グレゴール・メンデルの肖像(Gregor Mendel with cross・出典: Wikimedia Commons・作者不明・Public domain)
Gregor Mendel with cross
出典: Wikimedia Commons・作者不明・Public domain

グレゴール・メンデル

Gregor Johann Mendel

エンドウの交配を数えて、遺伝の規則を見つけた修道士

生没年
1822–1884
地域
オーストリア帝国(いまのチェコ)

生涯

1822 年 7 月 20 日、オーストリア帝国のシレジアの村ヒンチツェ(ドイツ語名ハインツェンドルフ)で、ドイツ語を話す農家に生まれた。12 歳でオパヴァのギムナジウムに入り、ほかの生徒に勉強を教えて暮らしを支えた。オロモウツの哲学の学院で学んだのち、1843 年、ブリュン(いまのチェコのブルノ)の聖トマス修道院のアウグスティノ会に入り、グレゴールの名を受けた。

修道院長ナップの計らいで、1851 年から 2 年間ウィーン大学で学び、数学と物理で実験を組み立てる方法を身につけた。修道院の庭でエンドウなどの交配の実験を続け、1865 年の 2 月と 3 月にブリュンの自然研究協会で報告した。論文『植物雑種の研究』は 1866 年に出た。気象の観測も続け、1863 年に最初の気象の論文を出した。

1868 年に修道院長に選ばれ、実験の時間はほとんど無くなった。1871 年には、自分で設計した養蜂場を修道院の庭に建てた。1884 年 1 月 6 日に没し、ブルノの中央墓地に葬られた。研究の値打ちが広く認められたのは、没後の 1900 年である。

出典

  1. Mendel Museum of Masaryk University: Gregor Johann Mendel
  2. DNA Learning Center, Cold Spring Harbor Laboratory: Gregor Mendel, 1862 (American Philosophical Society, Curt Stern Papers)
  3. Gregor Mendel, Versuche über Pflanzen-Hybriden, Verhandlungen des naturforschenden Vereines in Brünn 4 (1866), 3-47

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