
出典: Wikimedia Commons・Unknown (Mondadori Publishers)・Public domain
生涯
1868 年 3 月 22 日、アメリカのイリノイ州モリソンで、牧師の家に生まれた。オハイオ州のオバーリン大学で古典を学び、1891 年に卒業した。在学中から予科の生徒に物理を教え、物理はほとんど独学で身につけた。コロンビア大学には物理の大学院生としてただ 1 人で入り、1895 年に博士の学位を得た。数か月ドイツで学んだあと、1896 年にシカゴ大学に職を得た。
シカゴでは、油の小さな滴に付いた電気の量を測る方法で、電子 1 個の電荷の値を定め、1913 年に発表した。光電効果の精密な実験では、アインシュタインの式が成り立つことを確かめた。ただし、光が粒であるという考えそのものを確かめたとは考えていなかった。この 2 つの仕事で、1923 年のノーベル物理学賞を受けた。
1921 年にカリフォルニア州パサデナへ移り、カリフォルニア工科大学の執行委員会の議長として、1945 年まで大学を率いた。この間、宇宙線の研究に力を注いだ。1953 年 12 月 19 日に没した。