楊輝の肖像(画像生成 AI で描いたイメージ)
画像生成 AI で描いたイメージ(顔は伝わっていないため想像で描いた)

楊輝

Yang Hui

南宋の末に、賈憲の三角形や魔方陣を本に残した

生没年
1238 頃–1298 頃
地域
銭塘(いまの杭州、中国)

生涯

1238 年ごろ、南宋の銭塘(いまの杭州)に生まれたとされる。生涯については、ほとんど何も分かっていない。同じ時代の数学者に秦九韶と李冶がいる。師として劉益の名を挙げているが、劉益についても何も分かっていない。下級の役人だったとする見方が多いが、生徒を抱えて数学を教えていた人とみる研究者もいる。

1261 年に『詳解九章算法』12 巻を書き、『九章算術』の 246 問のうち 80 問を詳しく解き直した。ここに、二項展開の係数を 6 乗まで三角形に並べた図を引き、11 世紀の賈憲の本から学んだと明記した。賈憲の本は失われたので、その方法はこの引用によって伝わる。1262 年には初歩の本『日用算法』を書いた。1274 年と 1275 年に書いた計算法・教え方・測量の本は、のちに『楊輝算法』としてまとめられた。

3 次から 10 次までの魔方陣を載せたことでも知られる。楊輝はそれに不思議な力を認めず、数の図として扱った。生前の肖像は伝わっていない。

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