イェール大、光で浮かせたナノ粒子で気体分子 1 個ずつの衝突を検出

イェール大学などのチームが、真空中に光で浮かせた直径 100 nm の粒に気体分子が 1 個ずつ当たる衝撃を測り分けた。数えた衝突から圧力が求まった。運動量の受け渡し、理想気体の式、ブラウン運動に関わる。

運動方程式理想気体の状態方程式ブラウン運動不確定性原理

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イェール大学ライト研究所のデビッド・ムーア准教授らのチームは、真空の中にレーザー光で浮かせた直径約 100 nm のシリカ(二酸化ケイ素)の粒に、気体の原子や分子が 1 個ずつ当たる衝撃を、1 回ごとに測り分けた。論文は 2026 年 10 月 19 日、アメリカ物理学会の論文誌 Physical Review Letters に載った。数えた衝突の数から気体の圧力が求まり、衝撃の大きさの分布は気体分子運動論の計算とよく合った。

実験の中身

チームはイェール大学の 6 人と、ローレンス・バークレー国立研究所の 1 人である。粒の質量はおよそ 1 fg( kg)で、波長 1064 nm のレーザーの焦点に捕まえてある。周りの圧力は mbar(1 mbar は 100 Pa)で、大気圧の 340 億分の 1 ほどである。粒は光トラップの中を、振動数 48 kHz で往復している。粒から跳ね返った光を干渉させて、その位置を読み取る。

そこへクリプトン、キセノン、六フッ化硫黄の 3 種類の重い気体を、1 種類ずつ少しだけ入れた。分子が当たると、粒の振動が急に変わる。粒は電気素量の 6 倍の正の電荷を帯びているので、電極から強さの分かった電気のパルスを加えられる。位置の記録を、短く押された振動子の揺れ方の型と照らし合わせて衝撃を拾い、このパルスで目盛りを合わせて、1 回ごとの衝撃の大きさを求めた。

気体を入れると、200 keV/c を超える衝撃の数が、気体の圧力とともに増えた。測れた衝撃はおよそ 200 から 600 keV/c で、大きいものほど数が急に減る。keV/c は素粒子物理で使う運動量の単位で、1 keV/c は約 kg·m/s である。1 回の測定のばらつき(分解能)は 40 から 60 keV/c だった。位置を細かく読もうと光を強くすると、光子の運動量で粒が揺さぶられる。不確定性原理の記事のハイゼンベルクの顕微鏡と同じ考え方である。このため、ふつうの測り方では、ばらつきを標準量子限界より小さくできない。この装置の限界は約 11 keV/c である。今回のばらつきはその 4 から 6 倍の大きさで、まだ限界より粗い。

衝突の数から求めた圧力は、 から mbar の範囲で、真空計の読みと誤差の範囲で一致した。分布の形からは、分子が粒の表面の温度になじんでから、でたらめな向きに飛び出す割合(熱適応係数)も求まった。値はクリプトン 0.55、キセノン 0.61、六フッ化硫黄 0.82 で、誤差はどれも ±0.1 前後である。粒の表面の温度は 3 種類とも室温(293 K)と矛盾せず、95% の信頼度での上限は 334 から 353 K だった。レーザーを吸って粒が熱くなる効果は、測れるほどではなかったことになる。

平均でしか見えなかった衝突

1827 年、ロバート・ブラウンは、水に浮かぶ花粉の中の小さな粒が止まらずに動くのを顕微鏡で見た。1905 年にアインシュタインは、この動きを周りの分子の無数の衝突の積み重ねとして説明した。ブラウン運動の式

は、粒の位置のずれの 2 乗の平均が時間に比例することを言う。この式が扱うのは衝突の平均で、1 回ずつの衝突ではない。論文も冒頭で、ブラウン運動では、見分けられない多くの衝突から粒の目に見える動きが生まれると述べている。今回は、その 1 回ずつを取り出した。ただし見分けられたのは強い衝突だけで、200 keV/c より小さい衝撃は雑音に埋もれている。

どの公式とつながるか

1 回の衝突は、運動量の受け渡しである。 運動方程式は、運動量 の変わる速さが力に等しいという形で書ける。両辺を衝突の短い時間で積分すると、左辺の力積が、粒が受け取る運動量の変化 に等しくなる。

論文によると、分子が表面にとどまる時間は粒の振動の周期(約 20 μs)よりずっと短く、衝突は一瞬の撃力とみなせる。分子が鏡のように跳ね返るなら、分子の質量を 、面に垂直な速さを として、運動量の保存から粒は を受け取る。当サイトで計算すると、室温のキセノン原子が 1 つの向きに持つ運動量の目安 は約 56 keV/c である。真正面から跳ね返っても約 110 keV/c なので、鏡のような跳ね返りで 200 keV/c を超えるのは、面に垂直な運動量が目安の 1.8 倍を超える原子が当たったときである。200 keV/c の衝撃で、質量 が 1 fg の粒の速さは から約 0.1 mm/s 変わる。

衝突を数えると、圧力になる。 理想気体の状態方程式を分子の数 で書くと で、圧力 は単位体積あたりの分子の数 と温度 で決まる。気体分子運動論では、半径 の球に 1 秒間に当たる分子の数 は、 と分子の平均の速さ に比例する。

温度が同じなら、衝突の数は圧力に比例する。論文の式のうち鏡のような跳ね返りの分を、衝撃の大きさについて積分すると、この になる。当サイトで見積もると、 mbar の室温のキセノンで、この粒に当たる原子は毎秒約 4000 個である。数えられるのは解析の下限(150 keV/c)を超える強い衝突だけだが、強さの分布も式で計算できるので、圧力を逆算できる。論文はこれを、衝突を数えて圧力を決める一次圧力計(ほかの圧力計で校正しなくてよい計器)の原理の確認と位置づけている。

これから

気体を入れないときのデータに同じ式を当てはめると、見分けられる分圧の下限は約 mbar と出た。そこにも原因不明の強い信号が少し出ており、論文は残った気体との衝突か、時間とともに変わる雑音の可能性を挙げて、特定は今後の課題としている。衝撃の測定のばらつきを小さくすれば、より低い圧力や、より軽い気体に広げられるという。圧力の絶対値は、電場の配置(5% 以内)と粒の表面積(10% 以内)の不確かさに左右される。極めて高い真空での新しい圧力の基準になる可能性も挙げているが、いまは原理を確かめた段階である。

論文によると、粒より約 倍軽い粒子の衝撃を捉えたことは、素粒子の相互作用の精密な測定に要る感度に届きうることを示す。浮かせた粒で暗黒物質のような未知の粒子を 1 回の衝撃として探す計画や、大きな物体を量子の重ね合わせの状態にする実験で、気体の衝突による乱れを見積もるのにも役立つという。暗黒物質を見つけたという主張ではない。Physical Review Letters はこの論文を編集部の推薦論文(Editors' Suggestion)に選んだ。アメリカ物理学会の解説記事は、スイス連邦工科大学チューリッヒ校のグループも、キセノン原子のビームを浮かせた粒に当てて、1 個ずつの衝撃を捉えたことを紹介している。

出典

  1. Y.-H. Tseng ほか「Optomechanical Detection of Individual Gas Collisions」Physical Review Letters 137, 173601(2026年10月19日)
  2. 同じ論文の公開版 arXiv:2604.18371(第 2 版は論文誌と同じ内容)
  3. アメリカ物理学会 Physics の解説(Viewpoint)J. A. Zielińska(サウサンプトン大学)「Detecting the Kick of a Single Gas Molecule」(2026年10月19日)

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