
出典: Wikimedia Commons・作者不明・Public domain
生涯
1917 年 11 月 22 日、ロンドンで作家レナード・ハクスリーの子として生まれた。進化論を支えた生物学者トマス・ハクスリーの孫で、生物学者ジュリアン・ハクスリーと作家オルダス・ハクスリーは、父の最初の結婚で生まれた異母兄にあたる。本人は、2 人は兄というよりおじのようだったと語っている。
1935 年、技術者になるつもりでケンブリッジ大学に入ったが、生理学に転じた。1939 年の夏、プリマスの海洋生物学協会の研究所でアラン・ホジキンに加わり、イカの軸索の実験を始めた。その 9 月に第二次世界大戦が始まると、高射砲をレーダーで制御する研究に移り、のちに海軍省で艦の砲の研究をした。
1946 年にホジキンとの研究を再開し、1952 年に神経の信号の式を発表した。式を確かめる数値の計算の大部分は、ハクスリーが受け持った。1960 年から 1983 年までユニバーシティ・カレッジ・ロンドンの生理学の教授を務め、1963 年にノーベル生理学・医学賞を受けた。1974 年にナイトに叙され、1980 年から 1985 年まで王立協会の会長、1984 年から 1990 年までケンブリッジのトリニティ・カレッジの学寮長を務めた。2012 年 5 月 30 日に没した。