ロバート・ブラウンの肖像(Robert brown botaniker・出典: Wikimedia Commons・作者不明・Public domain)
Robert brown botaniker
出典: Wikimedia Commons・作者不明・Public domain

ロバート・ブラウン

Robert Brown

植物学者。花粉から出た粒の絶え間ない動きを見つけた

生没年
1773–1858
地域
スコットランド、イングランド

生涯

1773 年 12 月 21 日、スコットランド東岸のモントローズで生まれた。1795 年に軍医として陸軍に入った。1798 年ごろ博物学者ジョゼフ・バンクスと知り合い、1801 年から 1805 年まで、マシュー・フリンダーズが率いるオーストラリアの調査に博物学者として加わった。航海では 4000 点を超える植物の標本を集め、1810 年にオーストラリアの植物誌『プロドロムス』を出した。

帰国後はロンドンのリンネ協会の書記と司書を務め、1810 年からはバンクスの個人の司書として、ソーホー・スクエアの家に集められた蔵書と標本を預かった。1820 年にバンクスが没すると、その蔵書と植物の標本を受け継いだ。それらが大英博物館に移ると、新しくできた植物部門の最初の責任者になった。植物の細胞の核を見分けて記載したことでも知られる。

1827 年の夏、花粉から出た細かい粒が水の中で動き続けるのを顕微鏡で見つけ、翌年に報告した。のちにブラウン運動と呼ばれる。1849 年から 1853 年までリンネ協会の会長を務め、1858 年 6 月 10 日、ソーホー・スクエアの家で没した。

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