
生涯
アメリカの数学者。MacTutorの伝記によると、1879年3月1日にアラバマ州グッドウォーターで生まれ、1898年にラインビル・カレッジを卒業した。長老派の牧師になる訓練を受け、1905年の初めから『American Mathematical Monthly』に問題を投稿し始めた。アニストンの長老派の大学で3年間教えたのち、1909年にプリンストン大学に移り、G・D・バーコフのもとで差分方程式を研究して、1911年に博士号を得た。インディアナ大学を経て1915年からイリノイ大学で教え、1929年から1934年まで学科長を務めた。1967年5月2日、カンザス州メリアムで亡くなった。
1910年の論文「新しい数論の関数についての覚え書き」で、が、すべての整数についてを割り切ることを指摘した。フェルマーの小定理と同じ性質をもつのに素数でない数で、いまはカーマイケル数と呼ばれる。1912年の論文では、こうした数を作る方法を示し、この一覧はいくらでも延ばせるだろうと書いた。無限にあることが証明されたのは1994年である。
カーマイケル数がどこで見抜かれるかはAKS素数判定法で確かめられる。